AWC 伊井暇幻訳・南総里見八犬伝02−2


        
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伊井暇幻訳・南総里見八犬伝02−2
★内容

 安房は僅か四つの郡で構成する小国だ。この四郡を源頼朝を扶けた三人の武士
の末裔が治めていた。麻呂家が朝夷(あさひな)郡、安西家が安房郡、そして東
条家が長狭(ながさ)平郡(へぐり)の二郡を治めていた。このうち東条家に於
いては、支族で平郡・滝田城主の神余長狭介光弘が、実質的な支配者だった。安
房の半分を手中にした神余家は、安房の国主(こくしゅ)を僭称していた。

 神余光弘は、英雄でもないのに色を好み、酒に溺れる暗愚の領主だった。光弘
は数多い愛人の中でも、玉梓(たまずさ)という美女を溺愛した。神余家中は、
「女謁内奏は侫人の資(虚偽であっても上司に近い異性に評価されることが出世
の条件だ)」を地でいく退廃ぶりをみせた。玉梓の御機嫌をとっていれば罪を犯
しても罰せられず、却って取り立てられた。不興を買えば、濡れ衣を着せられ処
断された。光弘は玉梓の言うなりだった。
 その中で時を得、目覚ましく出世した一人の男がいた。山下柵左衛門定包(さ
だかね)である。定包は身分の低い者の息子であった。醜い父に似ず美貌で、光
弘の近習に取り立てられた。定包は、玉梓に贈賄し媚び諂(へつら)い、出世し
ていった。玉梓は、美貌の定包を憎からず思うようになった。二人は、光弘の目
を盗み、深い関係となった。
 愚かな光弘は、愛人が寝取られたことも知らず、愛人が裏切っていることも知
らず、定包を重臣に取り立てた。ついに家老の筆頭として、全権を委ねた。権力
の獲得に類稀なる才能を発揮した定包は、理の当然ではあるが、権力の行使に就
いて全く才能を持たなかった。国は乱れ、民は疲弊した。定包の欲望は、更に膨
らんだ。主君を殺し、玉梓を奪おうとした。
 定包は当初、玉梓を出世の道具として扱っていた。しかし、濃く妖しい色香を
漂わせる玉の肌に接するうち、逆に虜となった。玉梓は白く細い首を仰け反らせ、
甘く粘る喘ぎをあげ、まるで蛇のように定包に絡み付き、ネットリと締め付けた。
定包は、玉梓を独占しようとした。しかし、光弘は玉梓を手放そうとしない。定
包は謀反を企み、機会を窺った。
 華美を好んだ定包は、見栄えのする白馬に打ち跨り自らの所有物となった領内
を巡察することに、卑しい悦びを見出していた。領民は、白馬に乗った定包を
「白妙の人食馬(悪婦・玉梓のヒモである最低の人物)」と渾名(あだな)した。
 同病相憐れむ。今度は定包が、自分に心を売る侫人どもを取り立てる番だった。
家中は更に混乱した。定包に諂う者は次々に出世し、敵対する者は次々に殺され、
または自ら野に下った。良貨は悪貨に駆逐された。しかし此処に、一人の侠者
(おとこ)がいた。家臣たちが神余の禄を食みながら主家の堕落に荷担していた
とき、一人の農民が世直しを志したのだ。

 滝田の近くの蒼海港(おおみこ)に、武芸に秀でた百姓一人。姓は杣木(そま
きの)、名は朴平(ぼくへい)、主君の家が乱れるを、我慢できずに親友の、無
垢三(むくぞう)という百姓を、密かに呼んで、打ち明ける「かの定包の悪行は、
天下に知れることだけど、侍たちは卑怯にも、見ざる聞きざる言わざると、頬っ
かむりをキメこんで、人食馬を のさばらす。我らに武芸と仁義とを、教えてく
れた お師匠は、命を賭けて ご主君の 光弘様を諌めたが、却って追放された
という。残るは内股武士ばかり。我ら二人の百姓が、命を捨てて定包を、殺せば
民も安堵する。どうだ ひと口、乗らねぇか」。ジッと考え無垢三は、「オイラ
も前から定包を、殺してやろうと思ってた。生馬さえも目を抜かれ油断ならない
世の中だ。滅多な相手に話したら、薮蛇だろうと黙ってた。なのに お前は こ
の俺に、秘密を明かしてくれたのだ。信じてくれた この上は、言うことなんか
ありゃしない。トコトンお前に付いていく」。
 二人は堅く契り合い、こっそり密議を重ねたが、壁に耳あり障子に目あり、二
人が山下定包を、狙っていると噂が立つ。神余の家の者どもは、争い合って定包
に、忠義面して御注進、尾鰭を付けて 気に食わぬ 部下や 張り合う同僚が
関与してると、ほのめかす。しかれど流石 定包は、媚び諂いの一人者(いちに
んしゃ)、侫人どもの手の内は、一から十まで お見通し。朴平ならびに無垢三
の、二人で立てた計画と 目星をつけて、ひと思案。百姓二人を捕らえるは、容
易であるが益がない。暫く思い沈んだが、いかなる非道な奸計が、彼の脳裏に浮
かんだか。水も滴る美しい 顔を醜く歪めて笑う。
 明くる日 山下定包は、主君の前に罷り出た。神余の当主・光弘は、賊臣・山
下定包の勧めの侭に放蕩し、珍膳美酒の酒池肉林、夜毎の宴(うたげ)に飽食し、
体はダルく気が滅入り、ムクんだ顔も蒼白い。心配顔を装ってオタメゴカシに定
包は、「如何(いかが)しました、御主人様。蒼くなりたる御尊顔。心配事でも
ありますか」。「不自由はない筈なのに、どうしたものか、気が晴れぬ。何か良
い知恵ないものか」「さすれば狩りは如何(いかが)です」。光弘 手を打ち喜
んで、「なるほど狩りか、それが良い。さっそく民に触れを出し、狩りの用意を
させようぞ」。ところが山下定包は、はやる主人を押し止め、「あいや お待ち
を、待ちなされ。民の暮らしは苦しくて、狩りの用意をさせたなら、恨みを買う
かもしれません。触れなぞ出さず お忍びで 狩りをなされて その後に、百姓
どもが気付くなら、民の負担を軽くする 君の慈愛を思い知り、忠節つくすよう
になる」。しきりに頷く光弘は、「おぉ 定包よ、お前こそ、神余の大黒柱ぞよ」。

 してやったりと定包は、急ぎ勇んで退出し、村の庄屋を呼び集め、「たまの休
みがとれたので、狩りに出ようと思うのだ。この定包の狩りのため、百姓たちに
申しつけ、用意をしてはくれないか」。話を聞いた庄屋たち、いつもと違って柔
らかく言葉を選ぶ定包に不吉な影を見取りつつ、目配せし合って考える。田植え
の準備に忙しい、大事な時期に狩りだとは、迷惑千万だけれども、しかして此処
で断れば、何をされるか分からない。頷き合って仕方なく、「仰せの通りに致し
ます」。

 人食馬(ひとくいうま)が狩りに出る お触れを知った無垢三は、朴平の家に
飛んでいき、「ようやく憎き定包を、殺す機会がやってきた。狩りに行くなら警
備さえ、手薄になるというものだ」。話を聞いて朴平は、隠しておいた武具を出
し、茶碗にザバと酒を注ぐ。無言の侭に無垢三に、グイと突き出す固めの杯。三
々九度に飲み交わし、ヒシと抱き合う義兄弟、手に手に得物を握りしめ、未練を
残して見つめ合う。ウンと頷き立ち上がり、駆け出す先は朝靄に、霞む緑の落羽
(おちば)岡。

 一方、賊臣・定包は、近習・岩熊鈍平と アレヤコレヤと共謀し、主君の馬に
毒を盛る。何も知らない光弘は、側近だけを引き連れて、狩場と決めた落羽岡へ、
意気揚々と馬を駆る。ところが馬が喘ぎだし、漸く毒が回ったか、道の半ばで死
に絶える。武芸を知らぬ光弘は、ドウとばかりに落馬して、みっともなくもケガ
をする。待ってましたと定包が、自分の白馬(はくば)を差し出して、「今から
城へ換馬を、取りに行くのは時間の無駄。私の馬に打ち乗って、先に お進み下
さい」と、柔和な声で申し上げる。ウワベの忠義に喜んで、暗愚な神余光弘は、
白馬に乗り換え先に行く。ニヤリと笑う定包は、進む白馬を見送って、一言ポツ
リと「馬鹿殿め」。

 機嫌を直した光弘は、借りた白馬に揺られつつ、狩場を目指し進んで行く。し
かるに先行く近習が、二股道で立ち止まる。訝(いぶか)り苛立ち光弘は、「道
を知らない筈もない。何故(なにゆえ)足を止めるのか」。恐る恐るに近習は、
「何やら胸が騒ぎます。乗馬が突然死んだのも、不吉な予兆と思えます。右へ行
ったら落羽(おちば)岡、左へ行けば青麦村。落羽はラクバと訓めまする。頼朝
公も落馬して死んだと伝えられまする。落羽(おちば)岡へは、また今度。今日
のところは、青麦へ」。せせら笑って光弘は、「臆病者もおるものだ。詰まらぬ
縁起を担ぐなら、落羽は鳥が落ちる意味。多くの鳥を射落とすとは、狩りの獲物
が多い予兆。却って縁起が良いだろう。落羽へ行くぞ」と言いながら、先へ先へ
と進んでいく。

 落羽の岡の茂みでは、鑓をしごいた無垢三と、矢をつがえたる朴平が、「人食
馬」を待ち受ける。果たして白馬に跨(またが)った、華美な衣装の侍が、従者
を連れて近付いた。「白馬に乗るのが定包だ。主君を差し置き神馬なる、白馬に
乗るとは烏滸がましい。八幡菩薩になりかわり、神罰あててくれようぞ」。ヒョ
ウと放った矢は見事、白馬の武者の胸板を、グサリと刺して貫いた。ウンとも言
えず侍は、馬から落ちて事切れる。続いて二の矢、三の矢と、次々従者を射落と
せば、たちまち隊は総崩れ、蜘蛛の子散らして、逃げていく。

 茂みから出て朴平は、白馬の側に近寄って、侍の顔を覗き込む。悪臣・山下定
包を、討ち果たしたる筈なのに、白目を剥いて斃(たお)れたる、武士は主君の
光弘公。呆然とする朴平の、背後で起こる鬨(とき)の声。。木立の陰から定包
が、ニタリニタリと現れて「神余の領地で生きている 土民のクセに主(しゅ)
を殺し、タダで済むとは思うまい。者ども、かかれ」と下知(げち)をする。此
処に至って朴平は、罠にかかったと地団駄を、踏んでも既に後の祭り、覚悟を決
めて、太刀を抜く。横に控える無垢三と、チラと視線を取り交わし、捕手(とり
て)の中に飛び込んだ。

 侠者(おとこ)二人が髪振り乱し、連獅子の如く、猛り狂う。獅子に似合うは、
牡丹(ぼたん)花。刃(やいば)が煌めく その度に、捕手の噴き出す鮮血が、
まるで牡丹の花のよう。とはいえ敵は次々と、新手を繰り出し取り囲む。侠者と
いえど生身の体、鉄でもなければ石でもない。肩を打たれて手を折られ、株(く
いぜ)に転んだ無垢三に、捕手がドッと、群がって、狂ったようにメッタ突き。
今際(いまわ)の際に無垢三は、かすれた声で「朴平よ……」。ハと手を止めた
朴平の 腹をズブリと鑓が刺す。止めを刺そうと切りかかる 捕手に慌てて定包
は、「待て待て、聞きたいことがある。生け捕り 城に連れ帰る」。

 生け捕りにされた朴平は、傷の手当もされないで、城の牢屋で休みなく、石抱
き、鞭打ち、生爪剥ぎ。白面を卑しく歪めた定包は、鍛え上げたる朴平の、赤銅
(あかがね)の膚に焼鏝(やきごて)を、ジリリジリリと押し付ける。侠者(き
ょうしゃ)を痛め辱め、隅々までも蹂躙し、邪悪の愉悦に酔いしれた。血と汗に
ヌメる肉体を、軋ませ仰け反る朴平は、喘ぎ呻いて叫びつつ、この上もない屈辱
と、苦悶のうちにナブられて、夜明けを待たずに責め殺さる。さて定包は 朴平
が 白状したと偽って、前より自分に諂わぬ 硬骨の士たちが暗殺に 関係した
とデッチあげ、無実の罪で処刑した。

 もはや異見を言う者も、刃向かう者もいなくなり、傍若無人の定包は、神余の
家臣を呼び寄せる。城の広間の上座にて、得意な顔の定包は、君主の交替儀礼を
真似、神余の当主の礼服に 掛緒(かけお)の長い折烏帽子(おりえぼし)。し
かも広間の周りには、これ見よがしに武装した、兵(つわもの)どもが並び居る。
 家臣が揃って定包は、「我らが主君の御館(おやかた)様、いまだ世継ぎもお
られぬに、卑しい土民の手にかかり、無念の御最期、遂げたまう。さて皆様に相
談だが、これから御家を如何(いかが)する」。言葉の終わるか終わらぬうち、
広間を囲む兵(つわもの)が、こぞってズイと膝を進め、抜き身の鑓を煌めかす。
肝を冷やした群臣は、這いつくばって震えだす。
 漸くにして主だった 家臣が数人、進み出て、「御館様が討たれたとき、時を
移さず仇(あだ)を討つ 山下殿の御手柄は、家中で知らぬ者はない。山下殿を
主(しゅ)と仰ぎ、身命かけて、お仕えする」。済ました顔で定包は、「私は不
肖の者なので、辞退したい」とウソぶけば、重臣たちは白けつつ、言葉を継いで
「どうしても、主君になってもらいたい」、「そこまで言うなら仕方ない。気は
進まぬが、この城を預かりましょう」と承知した。
  領主となった定包は、主君の愛妾(あいしょう)玉梓を、妻に迎えて手に入れ
た。更には滝田の城の名を、妻の名前に引っかけて、玉下城と改めた。税を重く
し、法を乱し、益々(ますます)民を苦しめた。もとより卑しい心根は、優越感
を持ちたがる。安西(あんざい)、麻呂(まろ)の両家へと、使者を送っ言いつ
ける。「不肖・山下定包は、安房一番の領主たる 主家を継いだが 安西と 麻
呂の両家は不思議にも、挨拶ひとつ寄こさない。かくなる上は此方から、挨拶に
行くべきなのか」。裏を返せば安西と 麻呂に対して挨拶に、来るよう脅しをか
けたのだ。すなわち二人の大名に、臣下の礼をとるように、強要したというワケ
だ。

 蛮勇を誇る匹夫にて、人を侮る暴君の、麻呂の五郎の信時(のぶとき)は、無
礼な手紙に腹を立て、謀将・安西三郎の 館山城(たてやまじょう)へ馳せ付け
て、「思い上がった定包を、滅ぼすならば、今のうち。二人が力を合わせれば、
定包なんぞは一ひねり。噂に聞けば定包は、百姓二人を罠にかけ、主君を殺した
不忠者。いま攻め込めば必ずや、寝返る者もいるだろう」。はやる五郎を押し止
め、安西三郎景連(かげつら)は、「手を汚さずに二郡もの、領地を奪う才覚は、
侮ることはできないぞ。この場はアチラの顔を立て、少しばかりの進物で、機嫌
をとっておくべきだ。急いては事を、し損ずる。暫く様子を窺って、静観するの
が上策だ」。麻呂の五郎は承知せず、激しい議論を繰り返す。
 其処へ家臣が駆けてきて、「里見の当主と名乗る者、わずか二人の供(とも)
を連れ、推参(すいさん)いたしております」と、言葉忙(せわ)しく言上する。
驚く安西景連は、「里見の当主は先頃の、戦(いくさ)で死んだと聞いている」。
家臣は続け、「又太郎冠者義実(またたろうかじゃよしざね)と 名乗った武士
は、十八、九。季基(すえもと)殿の嫡子とか。結城の戦の敗北で、堀内 杉倉
 両名が、連れて此処まで来た様子。ひたすら殿に会いたいと、申していますが
如何(どう)しましょう」。首を捻って景連は、「思いもかけない話だな」、麻
呂の五郎を振り返る。

巻之一おわり
巻之二へ続く




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