AWC 伊井暇幻訳・南総里見八犬伝01−3


        
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★タイトル (ZBF     )  95/ 2/24  10: 7  (116)
伊井暇幻訳・南総里見八犬伝01−3
★内容

 義実らは追手に遭遇したが、どうにか虎口を脱した。村はずれの白屋(あばら
や)に宿を求めた。家の主人は義実を源氏の御曹司と知り、深く同情を寄せて、
もてなした。主従は落ち着き先を相談したが、追手の待ち受ける領地には帰れず、
さりとて寄るべき身内もない。
 安房へ行くことにした。源氏にとって、安房は縁起の良い土地だった。昔、源
頼朝は平家追討の兵を挙げたが、緒戦の石橋山合戦で敗れてしまった。頼朝は、
相模から海を渡って安房へと逃げた。安房で協力者を得て、勢いを盛り返した。
遂に西へと攻め上り、天下をとった。
 翌朝、義実たちは出発の際、馬や高価な馬具を主人に与え、恩に報いた。華や
かで目立つ衣装を捨て、身を窶し、笠を被って潜行した。周囲はすべて、敵地だ
った。ツテを求めて相模に入り、漸く三浦に辿り着いた。此処で、何を思ったか
堀内が、海辺の村に留まると言い出した。仕方なく義実と杉倉は先行した。
 二人きりとなった主従は満足な路銀も持たず、空腹を抱えて彷徨わねばならな
かった。かねて目星を付けていた漁村で、安房へ渡る船を探すが見付からない。
疲れ果てた二人は堀内を待つため、路傍の松の根本に腰掛けた。見渡せば、果て
しなく続く波間に、眠る白いカモメが翻弄されている。振り返れば、峻険な鋸山
が聳え立っている。切り立った崖に、獣道が危うく張り付いているのが見える。
主従は暗澹たる思いを胸に、黙りこんでいた。背後で、子供が群れ騒ぐ声が聞こ
える。白水郎(あま/海人)の子供たちが、家の軒に干した魚を、取り込んでい
る。


 腹を空かせた杉倉は、白水郎(あま)の子たちに呼びかけて、「やい白水郎っ
子よ、尋ねるが、安房への船は ないものか。探し回って疲れ果て、おまけに腹
も減ってきた。礼は出来ぬが食い物を、分けてくれたら有り難い」。十四、五歳
の悪餓鬼が、アオバナ啜り進み出て、「何云いやがる、ベラボーめ。永らく続い
た戦争で、舟は殆ど奪われた。漁師が漁に出られずに、喰うや喰わずの時節柄。
どうして見知らぬオマエらに、施しをしてやるものか」義実主従を見下して、大
きな声で嘲笑う。余りに無礼な物言いに、怒り狂って杉倉は、「この不埒者、許
さぬぞ。理由があって名乗れぬが、この方こそは源(みなもと)の、由緒正しき
御曹司。遣らぬと云えば済むものを、人の弱みに付け込んで、嘲笑するとは何事
ぞ」、白水郎子(あまこ)は少しも怯まずに、「源氏の君と誇っても、戦に負け
れば 水呑みの 百姓にすら劣るもの。これでも食らえ」と土塊(つちくれ)を、
義実に向かい、投げつける。義実 ハッシと受け止める。杉倉 刀に手を掛けて、
白水郎子に向き直る。義実 静かに話しかけ、「止めろ 杉倉、大人げない。無
礼と思えば憎くなる。吉兆と思う ものならば、腹も立たねば気にもならぬ。唐
の故事にも云うように、土を投げられ受け取るは、一国を得る予兆だぞ」。
 春秋時代の中国で、晋の重耳は若い頃、ある計略に引っかかり、国を追われた
 そのときに、一人の野人に食を乞うた。野人は食をもたらさず、土を与えて嘲
った。重耳は家臣に宥められ、怒りを治め堪忍し、旅を続けて幾星霜、ついには
晋に返り咲き、国の領主に収まった。謂(おも)えば土は、国の基(もと)。
 さすれば礼の一言も、白水郎(はくすいろう)子に申そうと、杉倉 辺りを見
回すが、うち騒いでた幾人もの、白水郎子(あまこ)は一人も見あたらず、煙の
ように消え失せた。

 二人で首を捻るうち、一天俄にかき曇り、ザンブリザンと、雨が降る。二人は
見事な枝振りの、松の下へと雨宿り。深い緑の松の葉は、いかなる寒い冬とても、
色を変えない 常緑樹。天には寒いときもある。雨を降らせるときもある。しか
るに変わらぬ主従の絆。二人は互いに寄り添って、相手に雨がかからぬよう、何
とはなしに争って、風上に立ち 爪先立ち、ついには二人が濡れ鼠。
 そのとき早く かのとき遅く、目の前の磯の その下から、一直線の水柱、雲
を貫き立ち上がる。群がる黒い雲間から、大きな音と稲光、海の上へと落ちてく
る。馬の頭に項(うなじ)は蛇、角が鹿なら眼(まなこ)は鬼、鷹爪 生えた虎
の手に、鱗を装う白龍が、海を躍り出、南の空へと飛んでいく。

 ハと気が付いた義実が「杉倉 お前は何を見た」心配そうに尋ねると、首を傾
げた杉倉は「何かの股が見えました」。「そうか お前も 見えたのか」考え込
んだ義実は、ようやく家臣を振り返り、「俺には大きな白龍の、尾と足だけが見
えたのだ」、言葉を継いで義実は、「安房は此処から南にある。龍も南に飛んで
いく。謂(おも)うに これから船出する、安房の国こそ日本(ひのもと)の、
尾というべきか それとも足、言わずと知れた地の果てだ。尾と足だけが見えた
のは、天下はとれぬが、安房一国、俺の手中に収まると、天が報せてくれたのだ。
お前が見上げた龍の股、その意味を言えば お前こそ、俺の大事な股肱の臣。土
塊(つちくれ)といい、龍といい、どうやら運が向いてきた」ニッコリ笑って義
実は、股肱の臣に笑いかける。

 龍には数多(あまた)の種があって、善悪、強弱、それぞれに、白龍、紫龍(し
りゅう)、悪龍、毒龍。天の使いの白龍の、吐く気は地中に潜り込み、金(こが
ね)になると、いう説あり。龍は天子の象徴で、九つの子を 産むという。また
法華経に、一説あり。仏法守護の神である、竜王の娘(こ)は八歳で、深い悟り
に達したと。高僧知識は疑って、女は決して悟りには、達することができないと、
寄ってたかって、決めつけた。すると少女は全裸となり、仏に祈れば不思議にも、
股間にファロスが生えてきた。

 閑話(あだしごと)はさておいて。二人で海を眺めれば、夕焼け空も暗くなり、
浦の細波(さざなみ)黄金色。哀しい声で杉倉が「途中で別れた堀内は、何処(い
ずこ)の方へと行ったやら。必ず来ると言いながら、すでに日も暮れ宵の口。貧
しくなれば妻子さえ、離れていくという浮き世。さては我等を見限って、裏切り
 逐電いたしたか」。首を振りつつ義実は、「いや 堀内は忠義の臣。事情があ
って遅れても、我等を見捨てる筈がない」。黙りこくった二人の主従、ぼんやり
空を見上げれば、闇夜に漸く月が昇る。何処(どこ)からともなく歌声が、潮風
に乗り、聞こえてくる。竜の娘の姫君が、貧しい男と愛し合う、古い歌人の古い
歌。

  契りあれば 卯の葉葺きける浜屋にも 竜の宮媛 かよひてしかな

 目前に着いた小舟から、一人の男が飛び降りる。義実の前に平伏し、「遅れま
した」と言う人は、堀内蔵人貞行氏(くらんどさだゆきうじ)。「先から続く戦
乱で、舟も少ない時節柄。何処かで舟を手に入れて 差し上げようと探すうち、
ようやく舟は雇えたが、腹が減っては戦が出来ぬ、食糧 整え回るうち、急に嵐
に見舞われて、船出が遅れ、やっとこさ、追い付いた次第」と 申し上げる。
 「うむ」と頷く義実の 辺(ほとり)で杉倉 土下座して、「申し訳ない
堀内氏、実は貴様を疑った。落ちぶれ果てた 若を捨て、何処(どこ)かに逃
げたと、疑った。嗚呼、それどころか 堀内氏、俺が気付かぬ舟の手配、見事
ととのえられたとは。嗚呼、恥ずかしい、面目ない」。アハハと笑って堀内は、
友の肩へと手を置いた。
 主従三人(さんにん)、再会を、喜び合っているときに、舟の中から船頭が、
「月も頃合、潮も良し。いざ船出を」と、呼びかける。主従三人(みたり)が
乗り込んで、見つめる先は安房の国。スイと漕ぎ出す舟の影、南の闇に、溶け
ていく。

曲亭主人原作「南総里見八犬伝」肇輯巻之一第一回
 「季基は義実を逃がして討死し
    白竜が安房を目指して飛立つ」おわり
第二回に続く

蛇足:輯、巻、回、副題は、次から各回の冒頭に掲げます。また、この副題は
   対句の体裁をとっています。故に、主語、述語、修飾語の文節は文字数
   を揃えることになっています。この体裁を重視し、文字数を合わせるた
   めに原文の副題を書き換え、訳しました。因みに、原文の第一回の副題
   は「季基、訓(おしえ)を遺して節に死す 白竜、雲を挟みて南に帰
   (おもむ)く」です。忠実に書き下すか訳すか迷ったのですが、「いー
   かげん訳」を標榜する本シリーズでは、体裁を採って書き直すことにし
   ました。なお、出来得る限り、副題は十三字ずつの二行、という形をと
   ります。




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