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「卒論」L910088中川正昭
★内容
1.自力他力と男女両性具有
唯物的思観が幅を効かせ、逆に宗教的思観
(唯神的思観)は衰退する。20世紀はこう
いう時代でありました。
何故、宗教に対する関心が、近代以前より
も薄くなってしまったのか。とくに、現代の
日本は、神道の束縛から自由になった一方、
宗教を軽視し、国民の半数は特定の信仰をも
っておりません。
宗教に対する執着が薄くなったこと、それ
がこの国の民主的な発展の一つの原因となっ
たことは否めません。経済的効率においては、
神道という足かせがとれたことによって、我
々は自由な発言を持ち、それが活発な言論の
応酬となり、宗教的偏見がないことが、ある
意味で容易な国際化をなし遂げたことにつな
がっている面もあります。
しかし、我々の国日本は大人となりえたの
でしょうか。
経済においては既に大人であることは言う
までもないことですが、国民の精神は、いま
だに子供であるように思われ、それを立証す
るような社会問題も多々起こっています。
精神的病床が日本を蝕んでいます。
信仰を持たないことが、この国の精神に悪
影響をもたらした可能性は大きいと思われま
す。戦前の国家神道には教育勅語という精神
的規範があり、それが国民の道徳となってい
ました。しかし、天皇の神性が喪失して以降
は神道の権威及び宗教の力は著しく失われ、
左翼的民主的教育が宗教を生活の規範に置く
ことを信教の自由を盾に避けたために、宗教
の本質は生活から消えていったのであります。
檀家という言葉も大都市の核家族的社会では
失われつつあります。
何故、若者は宗教に依らなくなったのか。
それは現代人の唯物思観の結果なのでありま
す。崇拝の対象に帰属するよりも、金銭的な
ものに対してのみ関心を抱き、理論のみが何
よりも優先されたからです。
しかし理論で人間の感情を制御することは
出来ませんでした。ソヴィエト共産主義の崩
壊も理論が感情に敗北した結果なのでありま
す。ロシアにロシア正教が復活したように、
我々には宗教が必要なのであります。
ただし、旧仏教やキリスト教は地盤は安定
しているものの、一般社会から遊離したとい
う一面を否定することは出来ず、創価学会に
しても、教義が権力闘争によって安定せず、
本来の宗教の役目から遠いと言わざるを得ま
せん。
新興宗教の勃興には、理論性と即得利益と
いう背景があります。親鸞の時代と現代では
宗教の捉え方というものも違います。浄土真
宗も、宗教の一形態として、説得力のある教
義の解説ができるようにならねばなりません。
近年、ユングの東洋思想が仏教を学ぶうえで
用いられることが度々あります。浄土真宗が
親鸞の一分派としてでなく、万国共通して認
められるためには、他者の目から見た真宗の
姿というものが示されねばなりません。
自力と他力、浄土真宗の教義のなかでもか
なりの位置をしめる部分ですが、その関係は
太陽と月、能動的と受動的といったように対
称的に表現されるもので、自力と他力は、ア
ニムスとアニマという言葉に置き換えること
が出来る。また、日本の旧来の仏教は、中国
の易経の影響も多分にうけているので、自力
を「男性的、創造的なるもの」他力を「受容
的、女性的なるもの」と解釈することも可能
であります。自力と他力は実際の浄土真宗の
教義の上においては、対になるものとだけで
解釈することは出来ませんが、現代的解釈に
よって、伝導する場合には、西洋的一仮説的
二分法を用いるのが最も適していると思われ
ます。
自力と他力について親鸞が思いはじめたの
は、叡山の修行の結果であります。自力行に
よって煎ウケ道門の悟りを得ることが出来なかっ
た、このことによって親鸞は真の仏教の姿を
頭に思い描くことが出来るようになったのだ
と思います。
親鸞が浄土門を見いだすことが出来た理由
として考えられるのは、親鸞が自己を省み、
自分の足りない部分を補おうとしたからです。
六角堂に籠もって九十五日目の夜の「六角夢
想」の場合でも、これは親鸞が恵信尼と契り
を交わしたことの一つの伏線となることでも
ありますが、「行者宿報にて、設い女犯すと
も 我玉女の身となりて犯されん 一生
の間、能く荘厳して 臨終に引導して極楽
に生ぜしめんと」というように、親鸞の夢の
なかに「弥陀仏の姿が現れ、親鸞の迷いを解
何故、親鸞の夢のなかで阿弥陀仏がそのよ
うなことをおっしゃられたのかという疑問に、
対して、親鸞の精神的ななかにあるアニムス
に対してアニマがその欲求を満たしていなか
ったからだと考えたいのです。親鸞が、女性
に対する愛欲を捨てきることが出来なかった
が故に親鸞に欠けていたアニマの部分が親鸞
自身の夢のなかに現れたのであります。
史実に、親鸞が優秀な僧侶であったことが
記されています。常行三昧や回峰行という聖
道門の難行を経験し、煩悩を断ち切り、我執
を離れ、真理を見ることの出来る智慧の眼を
開こう、修行に励もうし、しかしながら二十
年の叡山の修行は得るところが無かったので
す。苦行の結果は、迷いを深めてしまう結果
となりました。
親鸞を聖人としてでなく、人間として考察
したとき、親鸞の心は常にアニムスのみの欲
求が満たされて、アニマに至っては、殆どな
いがしろされてしまったというわけです。ア
ニムスが能動的な行為を指し示すという定義
が心理学上でなされているなら、自力という
行為それはアニムスの行為であり、叡山での
修行そのものは自力行であるので、次第に親
鸞の心の中のアニマが欲求不満の状態に陥っ
てしまったからなのです。
人間は基本的に男女両性具有的であります。
J.シンガーは著書「男女両性具有」にお
いて、「いかにすれば男女両性具有的となる
ことが出来るのかと問う人もあろう。しかし
われわれは男女両性具有的となるのではない
のであって、すでに男女両性具有的なのだと
いうのが、これに対する回答である」と説明
しています。親鸞の迷いというのは、アニマ
とアニムスの不均衡によってなされていると
いえるでしょう。アニムスが自力だとしたら、
親鸞の精神に均衡をあたえるもの、また、地
球全体の思想を均衡にするものを突き詰めて
いったとき、それはアニマの充足、つまり他
力の仏教であると言えるのです。
無量寿経第十八願に、「たとひわれ仏を得
たらんに、十方の衆生、至心信楽して、我が
国に生ぜんと欲ひて、乃至十念せん。もし生
ぜずは、正覚をとらじ。ただ五逆と誹謗正法
をば除く」という称名念仏之願がありますが、
念仏をとなえること自体は大変な労力を必要
とするものではありません。聖道門仏教がア
ニムスの働きに大変よるものである一方、こ
の第十八願を至上の願とする浄土真宗はアニ
スムの働きよりもアニマの働き、「受容的、
女性的なもの」にたいへん寄っているのだと
思うのです。
女性といえば、第三十五願「たとひわれ仏
を得たらんに、十方無料不可思議の諸仏世界
に、それ女人ありて、わが名字を聞きて、歓
喜信楽し、菩提心を発して、女身を厭悪せん。
寿終りてののちに、また女像とならば、正覚
を取らじ」という女人往生の願がありますが、
一般に親鸞教義においては、これは誤りであ
って、女人も往生出来ると記されています。
これこそアニマとアニムスの比較によって考
えるべき事項でありますが、女性が男性の姿
に変わって往生するということ自体、これそ
のものが男性社会の主張が最も現れているこ
とではないかと思います。当時のインド社会
の色合いというものをアニマとアニムスとい
う観点で計るとき、一概に厳しい気候の中で
生存し統治するためには、主体性もしくはバ
イタリティというものが必要になっていきま
す。創造的なもの、アニムスを満たさないこ
とには生存することは出来ないのです。特に、
砂漠の民にとって、極めて男性的なイスラム
教の教えが広まったことは必然であるといえ
るでしょう。荒涼とした風景のなかでは極め
てアニマとアニムスの差が小さい浄土真宗を
普及させることは叶わないのかもしれません。
日本という国は、冬はそれほど寒くもなく、
夏は、本来なら高温多湿でありながら凌ぎや
あります。
日本の女人往生に関しては、日本の政治的
な思想背景が影響を与えていると思われます。
とみに民俗的な視点でみれば、女性の生産性
が男性よりも乏しいということも影響してい
るのかもしれません。そういう社会的背景の
影響を多分に受け、日本の古式仏教の女人往
生観は極めて女性に厳しいものになってしまっ
たのだと考えられます。また神道が、女性の
月経をケガレと捉えたことや台所や居間をケ
ガレのもととなるケが充足している空間であ
ると定義したことも女性の仏教における地位
にとって必要なのかもしれません。
親鸞はそのへんのところを全て見通してい
たと思われます。称名のなかに阿弥陀仏の慈
悲や教えが全て集約され、唱えるだけでいい
ということは、女性にとって実に負担が軽い
ことであります。
この場合のアニマとアニムスの力関係はと
いうと、法身回向が女性のアニマに入るので
アニマの充足、それは豊かな心を育むという