AWC JETBOY第7話(3)


        
#3827/7701 連載
★タイトル (EXM     )  94/ 9/11   9:29  (150)
JETBOY第7話(3)
★内容

                                      3

 公家の蹴鞠のごとくボールが中盤を行き来する。
  開始から5分はこのような展開で試合は流れた。追い詰められたときの選手の習
性を利用した、ボールを持つ選手を数人で囲んで奪う戦術を徹底し、アントラーズ
の中盤の攻撃を断とうとするゾーンプレスを徹底して速攻に移ろうとする横浜フリュ
ーゲルスと、井上渚にディフェンダー(DF)2人とミッドフィルダー(MF)本
田を密着させて、ロングパス一発のゴールを阻止しようとする鹿島アントラーズと
の緊迫した展開のなかに22人の選手達は閉じ込められていた。
 井上誠は、フリューゲルス守備陣の砦となった。
 「田宮さん、初登場の井上誠選手、アントラーズの猛攻を凌ぎきっていますね」
 テレビ神奈川の香川アナウンサーの視線は背番号5に集中していた。
 「読みが完璧です。サントスやジーコの足許を見事にくい止めています」
 確かに中盤の地点でアントラーズの攻撃は寸断されていた。
 「今日のフリューゲルスはゾーンプレスの掛かりがいま一つです。しかし、誠君
の守備範囲に入ってしまうと、アントラーズの方が人数的には有利なのですが、慌
ててしまって、ボールがコントロール出来なくなってしまいますね」
 真っ白いスッポンがアントラーズを脅かしていた。誠が赤いユニホームに食らい
つくと決して離れず、一瞬の油断を突いてボールを奪い取ってみせる。周りにボー
ルを持つ選手が居ないときには、アルシンドや黒崎へのラストパスを防ぐ壁となっ
ていた。小兵だがその守備範囲は広大だ。
 誠の巧さは読みの巧さだけではない。
 菊地の笛が激しく鳴り響いた。
 アントラーズの背番号8、チームキャプテンのサントスが右足をおさえて黒い頬
に苦悶の表情を浮かべている。サントスは足許にボールを持っていた。それを強奪
された際に足首の自由を奪われ傷ついたのである。誠の激しさにアントラーズは手
を焼いていた。
 井上誠が、サントスに手を差し延べた。サントスの足首に在ったボールを滑り込
んで奪い取ったのだが、結果として反則となってしまった。
 しかし幸いなのは、直接フリーキックの距離が30ヤード程度で済んだことだろ
う。反則自体は決して褒められるものではないが、あの時サントスを止めなかった
らアントラーズは間違いなく先制点を奪っていた。
 アントラーズの直接フリーキックによってゲームは再開される。
 蹴るのはサッカーの神様ジーコだ。
 渚までもが引き下がって、防御の壁となった。
 アントラーズサポーターが『守れ森』をかき消すくらいに『ジーコ』を連呼する。
 怒号が最高潮になった。
 ジーコが狙った!
 フリューゲルスのゴールキーパー森が右方向に飛ぶ!
 一撃が、フリエサポーターの悲鳴をつんざいてゴール左上目掛け飛ぶように見え
た。
 ボールは、森の手元へは飛ばなかった。弧を描き森の背中の方へと逸れていく。
ジーコは1点を確信しただろうか。
 しかし、フリューゲルスの『大きな壁』がアントラーズサポーターの歓喜の瞬間
をお預けにしてしまった。
 ボールは最前線へ、そして一気に渚の胸へと届いた。フリューゲルスの奇襲に今
度はフリエサポーターがどよめいた。
 あっと言う間に、アントラーズの最終ライン大野と奥野を抜き去って、小さなス
トライカーの眼前にあるのはゴールキーパー古川ただ一人。誰もいないフィールド
を駆けていく。100メートル走のように緑の芝生を駆け、足許にボールを抱えて
いることを感じさせない。
 渚の右足が、力の限りにボールを叩いた。
 「どうだ!」
 ゴールキーパー古川の右横目掛けて突っ走るシュート、これを両腕で阻止せんと
するが、渚の弾道は古川の腕をかすめていった。
 渚の初シュートは、すなわち初ゴールとなった。
 そして、その好機を作ったのは、ジーコのフリーキックを右足一本で防ぎきった
誠のロングキックであった。
 「やったぁ!」
 渚は、ゴール裏の観客席へと体を預けた。喜びは、このとき最高潮となった。
 横浜ジェッツの大応援団が大旗を翻して気勢をあげる。純白に染まった観衆達は
待ち望んでいた渚のゴールに涙さえも惜しみなく流す。
 フリエサポーターの陣取るゴール裏の最前列からようやく渚は身を起こし、改め
て、横浜ジェッツ陣取るフリューゲルス側サポーターに向かって手を振った。
 1万を占めるフリエサポーターのナギサコールは次のゴールをねだるように、小
さなストライカーに向けられた。
 一方で、この歓喜から取り残された男が一人居た。敗者は無残なものだ。アント
ラーズのゴールキーパー古川のうなだれた顔は、アントラーズの今後を暗示してい
るようにも思われた。
 開始7分のこのゴールは、井上渚のJリーグ初ゴール、かつフリューゲルスの先
制点としてアントラーズイレブンの右脳に刻まれることになったろう。

                ★

 「渚ちゃん、かっくイイ! 」
 スポーツライターの中立性という禁を破り、取材証をマフラーみたいに振り回し
て陶酔状態に自ら陥った志村の姿はフリエサポーター以外の何者でもない。他の記
者達や矢島の白眼視なんぞ意識の外に追い出している。
 「あのぉ、先輩。そんなにはしゃいでいて記事書けるんすか? 」
 「心配するな矢島。ナンバータイムズの記事は、フリューゲルス大勝!ナギサ・
ゴールでVに向けてまっしぐらって書いてやっからよ」
 「やれやれ……… 」
 しかし矢島の顔も笑いを堪えている。誠と渚を売り込んだのは広告代理店博士堂
の一社員矢島宏樹だ。渚のゴールはすなわち、彼女を育てた沖縄シーサーズが食ら
わした1点でもあった。
 試合は、そのジェットボーイズの二人を中心に展開されつつあった。
 アントラーズが慎重にボールを持つようになった。ディフェンシブハーフの誠を
破るために慎重なパス出しを心掛けているように思えた。
 「まこちゃん、はやく潰しちゃえ」
 誠がボールを奪いにいこうとするが、アントラーズは焦らずに、誠の頭上を超え
るロングパスを出す機会を探していた。期待の若手、秋田の2番のユニフォームが
少しずつ前へと詰め、意味の無い横パスを出す。パスの受渡しには、渚のマークに
付いていた大野が付き添う形となる。
 大野と相馬が幾度の短いパス回しをしてみせる。しかしそれでも前に出さない。
背番号5をからかいつつ、フリエサポーターのブーイングにもめげずに前に出す機
会を静かに伺っていた。
 「おい、鹿島の芋兄ちゃん! どうした!」
 記者席のワープロのテンキーを叩きつつ、志村が攻めないアントラーズに罵声を
飛ばした。
 渚も流石にいらついたのか駆け足で秋田の方に向かった。アントラーズの最終ラ
インを行き来するボールを我が手にするためだ。
 その渚が動いた刹那、切り拓くパスが秋田から、ミッドフィルダー本田へと出さ
れた。それに対してバウベルが、本田からパスを奪い反撃に転じようとした。
 だが、バウベルの目の前に立ちはだかったのはサントスであった。そしてサント
スは、まず同点を狙う。
 最終ラインに張りついているのはアルシンド、黒崎、そして守備から攻撃に一気
に転じた秋田。アントラーズ絶対有利の情勢である。
 瞬時の閃きだろうか。ラストパスはペナルテイエリア中央に目掛けて高く舞い上
がった。
 ロングパスの落下点に入ろうとする森。
 アントラーズ攻撃陣がジーコを含めて森のところに一気に攻め上がる。数の有利
はアントラーズにある。
 競り勝ったのは、アントラーズ黒崎の頭だ。ヘディングの一発はゴール目掛けて
そこに納まろうとする。
 しかし、閃きの才に関してはフリューゲルスが一枚上手であった。
 「ああああっ!……… え? 」
 これは志村の反応である。
 惚けるアントラーズサポーター達だが、より一瞬、その出来事に言葉を失ったの
はフリエサポーター諸君であったかもしれない。なるほど、これは神業と呼ばれる
にふさわしい。
 ボールは、ゴールネットに突き刺さるはずが、はるか向こうのサイドラインを越
えていたのだから、ゴールネットに釘付けになった視線をボールに戻すのに少し戸
惑ったかもしれない。
 静寂のあと、ジェッツが叫んだのは、「マコト」という称賛であった。
 ゴール前に倒れているのはアントラーズの背番号3賀谷であった。主審はこの接
触プレーに反則の笛を吹かなかった。黒崎のヘディングの次にボールに触れたのは
誠だからだ。その際、黒崎の決定打にダメを押そうとした賀谷が誠のところに飛び
込んできたのである。接触プレーにおける細かい事情は主審にも把握出来ていない
ようであった。結局、競り勝ったのは誠、うずくまっているのは賀谷であった。担
架をもった数人の係員と、アントラーズの関チームドクターが慌てて賀谷のところ
に駆けつける。
 マコトコールは未だ続き、高らかな声援は止まない。一方のアントラーズサポー
 関ドクターが手を交差させた。
 その瞬間、アントラーズサポーターから大ブーイングが起こった。賀谷の傷は深
かった。負傷退場だ。背番号3が担架にのせられたままベンチへと運ばれていった。
代わりに新進気鋭の相馬が入る。
 サントスやアルシンド、本田に大野にジーコが主審を取り囲んで猛烈に抗議する。
あれはPKにはならないのかと。井上誠はレッドカードじゃないのかと。
 けど、主審の判定がくつがえるはずもなく、食い下がった大野に警告が出た。
 怒りの気が、特にゴール裏スタンドから漂ってきた。
 その賀谷の負傷は同時に、鹿島アントラーズというチームに大して大損害を与え
た。それは精神的なものであった。誠いるところに災難ありの意識が今までの憎悪
と激しく化学反応を起こしてイレブンにさらなる強烈な印象を与えた形となった。
賀谷のかわりに相馬が入ることにより、今後の選手交代が難しくなることや賀谷の
具合如何によっては次節の戦いが苦しくなることも考えられる。
 試合時間はロスタイムを含めて15分を経過した。
 誠とアントラーズの戦いがこの試合の最大の焦点となって浮かび上がってきた。






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