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JETBOY第7話 (1)
★内容
第7話「紅い血潮との戦い」
−−三月十二日、横浜フリューゲルス−鹿島アントラーズ−−
「誠、大丈夫?」
渚が心配している。
「たまんないなぁ」渚までが誠の気分に染まってしまいそうである。
誠の口は珍しく閉じていた。普段もそれほど饒舌なわけではないが、この日は
起きてからずっとこんな調子であった。
「あぁあ、うざったい」
頭痛がすると言って、めずらしくピル以外の薬を口にした。
ここにいるのは誠と渚のふたりだけ。三つ沢球技場の職員がわざわざ二人のた
めに、フリューゲルスの選手とは別の控室を用意したのである。
「ミズノの別注のやつ、ちゃんと出来ているかな」
誠は、長椅子に寝ころんで「試合なんかしたくない」を連発する。
「飲む? 」
憂鬱に効く薬を誠に手渡した。
薬の名前は、キクマサムネ。アルコール度35%の劇薬である。渚の用意は実
に周到であった。誠のことなら大抵のことに対応出来るのである。
「じゃ、少しだけ飲もうかな? 」
といいつつ、ラッパ飲みで一気に半分くらい飲んだ。顔が桜色に染まり、瞳が
機嫌を取り戻していった。
「ついでに、ちょっとだけ、いいだろ」
一気に酔いの回った誠の手が渚の大事なところに伸びた。
嫌な顔をする渚のことはお構いなしに、その顔は先程の不機嫌を追い払ったよ
うに渚の青いパンツへとのびていく。
「ちょっとぉ、試合前よ。疲れちゃう」
渚の左手が誠のスケベ心を追い払った。
「けちぃ、けちけちけちっ! 」
誠の顔が憂鬱にまた戻った。
「これでハットトリックなんて、本当にやる気かしらねぇ」
渚はため息をつく。
誠の憂鬱の理由は二つあった。一つはさておき、もう一つはユニホームの背番
号のことであった。
ミズノ社から手渡された誠の背番号は5。渚の背番号は予定通りの9であった
が、この5という背番号は、誠にとって半分の重さしかないものであった。
今日の背番号10は昨年と同じく、代表経験36試合をこなした元ブラジル代
表の肩書を持つカルロス・エドゥワルド・マランゴンことエドゥーのものであっ
た。
メンバー発表の時の「約束が違う!」と怒鳴り散らした剣幕の凄さには、さす
がのエドゥーも怯えていたほどであった。
10番は、誠にとって特別な番号であった。
そしてフリューゲルスの5番が点を奪うこと、これは滅多に無い。
5番の役割はそれなりに重要である。誠は守備の要所に置かれることになった
のだ。悪い言い方をすれば、誠は攻めさせてもらえない。
「監督の思惑は判るけど……… 」
渚も理解しつつ、しかし納得があまりいかない様子である。
ギイッ。
扉の開く音がした。
「まこちゃん、渚ちゃん、練習始めるぞ」
トレーナーの呼ぶ声がした。
「今すぐ行きます!」
ぐったり寝込んでいる誠を右腕で引きずり起こし、左腕の時計を見せた。
プロの舞台だ。試合前の練習に顔を顔を出さないわけにはいかない。
「判ったよぉ、渚っ」
重いまぶたをこすって、練習用のミズノのジャージを着込む。
「さぁ、勝ちに行くぞ!」
誠は頬を叩いて気合を入れた。
そして、誠にさらなる気合を入れる野太い声がした。
「マコト、ウイジンだぞ」
二人の控室にルイス・ネグーロ・カルロスが顔を見せた。物騒な顔だが、よく
見ると単なる好々爺さんである。
大きな右手を誠の頭上に乗せて、思いっきりかき回した。
「オチツイテ、ガンバッテ」
「ハットトリック、キメたげるよ」
おかえしに左手の甲にキスをした。
そして、二人はグラウンド目掛けて弾丸のように走った。
「ガンバッテ!マコ、ナギサ! 」
「オッケィ」
グラウンドとは反対の方向にルイスは消えていった。
そして二人は、止まらない旋風のように関係者を押し退ける。薄暗い関係者通
路を駆け抜けると、次第に真っ白い光が強くなっていく。
「さて、いくか」
誠が、はじめて三つ沢の芝を踏みしめた。
数秒後、大観衆の叫びが誠の三半規管に刻みつけられた。
「すげぇや!」
今日の三つ沢のサポーター達は本当に凄かった。気合の入り方が違っていた。
三つ沢公園の青空と同じ色のフラッグが、鹿島アントラーズのディープレッドを
押し出すように景気よくスタンドのなかで咲き誇る。
「みんな、元気だね」
渚は歓声を素直に喜ぶ「よぉし! 」
背番号9の小柄な体がグラウンドに入り、横浜ジェッツ陣取るサポーターズシー
ト目掛けて自慢の脚力を披露した。近づくたびにその歓声が益々ヒートアップし
ていくのがわかる。
観衆は、二人を待っていた。
昨年のフリューゲルスは善戦したものの、同じ横浜を本拠に置く横浜マリノス
の後塵をはいし、フリエ(フリューゲルス)のサポーター達は雪辱に燃えている。
誠は、先程の憂鬱が嘘のように、背伸びを一つして、そしてスターティングイ
レブンと一緒に準備運動に入った。
マコ・コールがグラウンドにもはっきりと聞こえる。
風が誠のバンダナの端をふわりと揺らした。
止まらないマコ・コール、ナギサ・コールに二人は両手を大きく振る。
そして、ちらりと鹿島サイドのグラウンドの方を見た。
誠の瞳のなかにはジーコの姿があった。
「ジーコッ、病院送りにしてやるっ」
スタンドからは大喝采。わざと聞こえるように誠が言ったのである。
今日の誠のポジションは右のディフェンシブハーフ(守備的中盤)である。此
処での仕事はただ一つ。ジーコからボールを奪い、自軍の攻撃につなげることだ。
だから、ファンに向かって挑発のポーズを決めてみせたのである。ジーコには
それが聞こえたのだろうか。
「誠、ジーコさんの事悪く言ったら駄目」
渚がストレッチをしつつ言い諭す。
しかし、誠の目線にあるジーコは今日の敵であった。
中盤60フィート以内の右サイドの戦いで、誠対ジーコの対決が何度見られる
ことだろうか。