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★タイトル (WMH ) 93/ 8/22 5:33 ( 98)
おかしまんΩ[1]/有松乃栄
★内容
岡史満(おか・しまん)。二十一歳。どうってことないやつ。どうってことな
い上に、人一倍何事にも不器用な、困ったやつである。
岡史満の何をやらせてもダメさは、兵庫県芦神宮(ろじんぐう)市花宮周辺で
はかなり有名であった。それは、岡史満の世渡りのまずさが有名なのではなく、
無能なくせに、自らをスーパーヒーローであると名乗っている、特異さからであっ
た。
しかし、風土的なものが原因かはわからないが、この町は彼をごく一般的な“
スーパーヒーロー”として受け入れていた。
もちろん、スーパーヒーローと言えども、彼に特殊能力(例えば高いビルもひ
とっ飛びできるとか、馬鹿力であるとかいう類)などある筈もなく、また土地柄、
のどかで平和ということもあって、彼の活躍を見た者は一人もいないのであった。
否、活躍の場、そのものがないのである。
それでも人々は一部の友人を除き、口を揃えて、彼のことを“オカシマン”と
マン付けで呼ぶのであった。が、彼の本名が読んだままに岡史満ということもあっ
て、本当にオカシマンとカタカナで呼ばれているのか、フルネームで呼ばれてい
るのかを、確かめる術はなかった。
だいたいは、そんな感じである。
☆★☆★☆
「暑いねえ。暑い通り越して、熱いかもしんないね」
福良愛子(ふくら・あいこ)が言った。
「ありきたりな、内的言葉遊びを使う奴やな。そんなに暑いんやったら、なん
でわざわざクーラーのない、俺の家に来るか?」
「だって、暇だもん」
うざったるい、かったるい、けだるい。そんな蒸し風呂のような、史満の部屋
の中での、花宮南商店街の一人娘、福良愛子と、岡史満の会話である。
「暇や、暇やって、そうやってまた、『日本全国暇音頭』でも歌う気やろ」
日本全国暇音頭とは、福良愛子が作った、暇を表現するのに最もふさわしい曲
である。暇よ、暇なの、暇なのねへん、という鼻からぬけたような声で、歌うの
がコツだ。
「私はそこまでワンパターンじゃないよ。そこで、新しいのを考えたのよ」
「なんや?」
団扇をバタバタと上下させながら、史満が聞いた。
「題して『暇ラップ』」
「クレラップみたいやな。なんか。暑苦しそうやから、手短に歌ってくれ」
「いくわよ。
暇ぁ、暇ぁ、なんでこんなに暇なのか、それは私もあなたも暇すぎて、やる
べきことまったく見つからない、ないー。人生楽ありゃ、苦もあるさ、だけど、
暇は積もれば暇となるーっと」
「レゲエのリズムトラックで来たか。やっぱ、暑苦しいわ」
「『暇タンゴ』って言うのも、考えたんだけどさ……」
「いらんっ!」
史満が、激しく愛子を制した。
「そこまで、きつく言わなくても……。まあいいわ。ところで、シマちゃん」
「なんや。アイコン」
お互いが、お互いのあだ名で呼びあう。
「人のこと、マイコン(石原良純)みたいに呼ぶの、やめてくれない?」
「そう言うんなら、俺も嶋大輔みたいやないか」
「いいじゃない。つっぱるだけが男のー、たった一つの勲章ー」
「やかましい!」
音楽著作権に触れるネタはやめておこう。
☆★☆★☆
史満の部屋、塀星館(へいせいかん)201号室を出て、路地を通り抜けると
すぐに、花宮南商店街がある。
そこの北端から数えて三軒目に、福良書店はあった。
一応、入口は自動ドアになっているものの、小さな本屋である。愛子は、名目
上そこの看板娘ということになる。
別にサンドイッチ・ウーマン……とか、そういうことではない。
この花宮南商店街で、最も子供から大人にまで好かれている女性、それが福良
愛子なのである。
昼休みを終えた愛子は、史満を引き連れて店に帰ってくる。
そして、一人奥へ入り、そそくさとエプロンをつけ、積まれたダンボール箱を
一つずつ、荷開きしていく。
「シマちゃん、暇なんだったら手伝ってよ」
史満は、
「まあ、いいけどな」
と、了解し、無人になっていたレジの前に立つ。史満は別に、ここの店員でも
アルバイトでもなんでもないが、無職で、毎日暇な日々を過ごしているので、こ
うやって補欠要員として借り出されることが、度々あった。
史満がボーッと、レジのボタンを見つめていると、後ろで自動ドアが開く音が
した。
「まいどぉ。あれ、史満さん」
「よ」
店内に入ってきたのは、成覚院依音(せいかくいん・いね)、花宮北商店街ヒ
ノデ煙草店の娘だ。タバコ屋のイネさんというと、年寄りを想像しがちだが、彼
女はまだ二十歳のピチピチギャル(死語)である。
「すみません、『月刊濃い顔』入ってますか?」
依音にそう言われて、史満はそんな雑誌あったかいなと思いつつも、奥の愛子
に尋ねる。
「シマちゃん、そこの後ろの棚の一番下にある筈だから、探して」
「あいよ」
色々な取り置き用の雑誌の中から、一際目立った表紙写真の雑誌を取り出す。
「これやな」
「そうですー。これこれ。月刊濃い顔。毎月、楽しみなんですよ」
表紙は、夏八木勲のタキシード姿。巻頭グラビアは、草刈正雄に、名高達郎と
いうとんでもなく、濃い顔だらけの雑誌である。
史満は、依音の開くページを覗き込みながら、
「そのままの雑誌やのう」
と、そのままの突っ込みをいれた。
まあ、それだけの一日であった。
(つづく)