#1322/1336 短編
★タイトル (PRN ) 01/08/05 15:02 ( 48)
お題>かげろう「終わり」 陽印月破
★内容
おとこが部屋に入ってきた。丸太のように太い足で乱暴にドアを閉めた。
だんだん気持ちが不安に傾いていく。六畳の部屋に私は独りだから。
いんきそうなおとこは視線を沈めたまま「あの〜」といった。
はい? 業務用の笑みを私は浮かべた。
かなり昔ことで恐縮ですが、とおとこがいった。
げひんな声だ。私は耳をふさぎたくなった。
ろくでもない話なのは百も承知です。
うるさいくらい何度もおとこはそうつぶやいてから、
おしらせしなければなら無いことがあるのです! と、いって腕を振り回した。
だいたんにもおとこは机前まできて、私の手を握りしめた。
いきなりだったので、身構える暇もなかった。
はらを割って話します。おとこは私の目を見つめて離さなかった。
かまいませんよ。市の何でも相談員という仕事柄そう応える。
げんせいで会うのはこれが最後ですが、とおとこがいう。
ろくでもないと感じたのは間違いではないらしい。
うんめいですよ。
おとこが小声でささやき、唇を重ねようとした。
だめです! と私は叫びたかったが、呼気が漏れただけだった。
いすくめられた私は身動きもできなかった。
はっきりといえるのは、おとこの目が優しかったということ。
かなり長い時間、おとこは私の唇の感触を楽しんでいた。
げっそりとした、そう男がわたしから離れると、やせ衰えていたのだ。
ろうそくの燃え残りみたい物ですよ、私はね。と、おとこがいった。
うんめいってやつは無常でねえ、と話を継ぎ足した。
おとこに昔……どこかであった記憶がある。私は想い出をあさり始めた。
だめもと、って言葉があるけど、やはりダメだったようですね。
いいかげん思い出してもよさそうなものですが。
はたちになったら私と結婚するといったでしょう? 男は一気にまくしたてた。
かなり昔、そう私が幼児のころ、誰かとそんな約束をした覚えがある。
げんきのかけらもでませんよ。といいながらおとこはうつむいた。
ろくに声も出ない私は、声にならない声を漏らした。
うんめいですよね、死に神があなたに恋をしてしまい、結婚するなんて。
おとこは寂しそうな、それでいて暖かな声で私にふれてきた。
だんだんとおとこの影が薄くなっていく。
いいんですよ。結婚が人生の墓場なら、私は本望です。
はなしながらもおとこの姿は消えていく。やがて痕跡すら消えてしまった。
かなしみが私を支配した。
げっそりとした顔が脳裏に浮かぶ。
ろくでもないのは、私の方だったのに・・・。
うそをついたのは私の方だった。ただアイスクリームが欲しかっただけ。
おさない私は見知らぬ男をだましたのだ。胸が痛む。
シニガミカア。いつのまにか、かすれてはいるが声が戻っていた。
まだ唇に感触が残っている。私はおとこに恋をしたのだろうか?
いきているうちには答えがでないかもしれない。
−完−
(代理アップbyジョッシュ)