AWC お題>行列のできる店(改編)  《マスカット》


        
#1287/1336 短編
★タイトル (QKD     )  00/ 9/12   3:27  (180)
お題>行列のできる店(改編)          《マスカット》
★内容
最近、妙に背中に視線というか殺気を感じるのは何故だろう? 俺は薄気味の
悪いこの感覚を気にし始めていた。 何かとりついたかな? 俺はくだらない
冗談を自分に呟きながら、重苦しいようなその感覚を忘れようと努力した。


そんな或る日、俺は一軒の蕎麦屋に入った。そこは何時来てもそうこんでも
なく、そう美味くもない蕎麦屋だった。「天ぷら蕎麦ね、親父さん」
俺は新聞を手に茶をすすりながら注文した。妙な視線を感じて振り返ると、
店の外が何やら騒がしい。
うるさいなぁ、静かに食わせてくれよーと俺は思った。


手伝いの若いニキビ肌の女の子が蕎麦を持ってきた。俺は割り箸を取って
七味をたっぷりと入れるとずるずると食い始めた。ん? やっぱり妙な視線を
感じる。ふと見ると店の親父と女の子がてんやわんやで店の外で何やらして
いるではないか? なんだか騒がしい店になっちまったなぁ。早く食って帰ろ
うと俺は蕎麦をかきこんだ。


「勘定、此処に置くよ」と俺が言って立とうとすると、親父が駆け寄ってきて
俺の手を握って涙声で言った。

「ありがとう、ありがとう、あんたのおかげで店がこんなに・・・」

はぁ? この親父何言ってるんだ?
俺は勘定をそそくさとすますと店の外に出た。


「此処なんですね!行列のできる蕎麦屋ってのは。ねぇあなた!」

初老の男が俺にむかって言った。さっぱりわからんと俺は思った。
この店は静かな店の筈だったがなぁ。



まぁ、いいか・・・俺はぶらぶらと散歩がてら散髪に行った。散髪ってのは
俺の楽しみだ。すいている時間帯にゆっくりと半ばまどろみながら時を過ごす
唯一と言ってもいい場所だからだ。


髭をあたってもらっていた時だった。床屋の親父が慌てて外に出て行った。

「おい、おまえ!」親父は奥さんを呼んで慌てふためいていた。

見れば外にはいっぱいの人があふれ並んで待っているではないか!
おかしな事だな・・・俺はちょっと気味が悪くなっていた。
二度も同じ場面に出くわしたからだ。



散髪を終えて俺が外に出ると、今度は中年の親父が俺に言った。

「此処ですね行列のできる床屋ってのは。ねぇ、あんた!」

またかよー気持ち悪いなぁと俺はさっさとその場を離れた。



そんな出来事の後、俺はほとんど家から出なくなってしまった。
おかしな事だが、俺が行く店には必ず行列ができるようになり、新聞やTV
にまで紹介されるようになったからだ。どうなってんだ? 俺は自由をなくし
た苛立ちのようなストレスを抱えて暮らす羽目に陥った。


そんな毎日に飽き飽きして、どうにでもなれ!という気分で久しぶりに
俺は外出をした。駅前の人通りの多さに疲れた俺は、小さな路地へと
入って行った。



おや、あんた! あんたですよ、ちょっとこっちに寄ってきなさい」

なんだ?と俺は思った。見れば、年寄りの易者が俺のほうを見ている。

「あんたさん、凄い幸運な星をもってなさる。こりゃぁ、長い事いろんな人
を見てきたわしだが、驚いたなぁ」

「本当かい?それ?」俺は疑ってはみたが、反面、悪い気はしなかった。

「まぁ、その幸運が良い事にいかせればいいですな」易者はニヤリと笑った。



それからしばらく経った時・・・俺の田舎の親父が突然病気で死んでしまった。
おふくろが泣きながら電話をしてきた。

「あんたは長男なんだから、帰ってきて葬儀の段取りとか決めてくれる
やろねぇ」

か細く涙声で言うおふくろを思うと胸が苦しくなった。
俺は夜行に乗るとすぐさま田舎に帰った。



葬儀の段取りをまず決める必要があったので、俺は適当な葬儀屋に電話をした。
なるべく暇そうで小さな所にしたかった。大きな所は色々いらぬ物まで押し
つけて葬儀費用をぼったくるからだ。幸い、小さいが親切な葬儀屋があった。
俺は早速その葬儀屋に出かけた。



「この度はご愁傷様でした」

丁寧に頭を下げると茶をすすめながら葬儀屋は色々と段取りを話し始めた。
半時ほどもたった頃だったろうか・・・葬儀屋がびっくりした顔で
外を見て立ちつくした。



見れば、外には黒ずくめの客が行列をなしていた。


俺は叫びたいような恐怖にかられて、それをただじっと見た。
葬儀屋は客達に汗まみれになりながら指示をしていた。
俺はいたたまれなくなり、その場から逃げるように立ち去った。


「どうしたんだい? おまえが段取りしてくれるんじゃなかったのかね?」

おふくろは不安そうに言った。

俺はおふくろが心配しないように、静かに言った。

「あのな、従兄弟の正雄がいいとこを知っていたで、正雄に頼んである
からな、心配せんでええぞ」「そうかい」おふくろは安堵した顔を見せた。


親父の葬儀も終わり、俺はなんとも気味の悪い気持ちを引きずりながらも
仕事があるので帰京した。アパートに入ろうとすると、俺の部屋の前に
濃い目の背広を着た、いかにもいかめしい奴らが立っていた。



「あんたが、この部屋の人ですか?」

静かだが妙に威嚇する言い方で男の一人が言った。

「そうだけど、何か?」

突然、他の2人が俺の腕をねじ上げるとその手に手錠をかけた。

馬鹿な!! 何故なんだ!!



「あんたを過失致死の疑いで逮捕するからな、いいな」

「どういう事だよ!俺が何をしたってんだ?」

俺は刑事とおぼしき奴等に叫んだ。

「あんたが行く店には行列ができるんだってな。あんた、田舎に帰った時に
葬儀屋にも行列を作ったな。わかっただろ、もう。あんたは、そうやって
死ななくてもいい人間までいっぱい殺した事になるんだよ。さぁ、
もういいな、行くぞ」



刑事に引かれて車に乗る俺に、誰かが声をかけた。振り向くとあの易者だった。

「あんた、その幸運を生かす事できんだのぉ、惜しい事じゃったな」


俺は初めてその時気づいた。そうか・・・俺は店を間違えたんだ。
今度刑務所を出られる時には、献血にでも行くかな、そうすりゃちょっとは
世間の役にたつってもんだ。俺はただ笑って易者を見た。


                                       00/09/12(火)

☆★☆★☆★☆★☆★《マスカット》 QKD99314 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

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