#1095/1336 短編
★タイトル (KSM ) 98/ 9/ 7 0:54 (144)
お題>『おちゃめな婆ちゃん、千里を走る』----PAPAZ
★内容
インターネットをする上で、一番のネックはテレホーダイが深夜だけ定額というこ
とだろう。仕事柄、夜遅く帰宅することが多いため、個人的には都合のよいシステム
に見えるが、実際問題、夜更かしするという点には変わりがない。つまり昼間は頭が
ボーとしてるわけだ。仕事中も同じこと。
それなら、やめてしまえばいいのだろうが、ネット依存症に染まった現在、禁煙よ
り難題になっている。
悪い点ばかりではない。
ネットを楽しむツールは無数にあるが、その中でもICQと呼ばれるツールは群を抜
いて便利だ。ICQなしのネット生活など、すでに考えることもできない。
ICQサーバーにログオンすれば、ログオンしている人がウィンドウに表示され、自
由にメッセージを送れる。つながっていない時も同様だ。例えるなら、簡易メーラー
というところか。
これが祖母の生存確認の手段として役に立っている。知り合いの登録している57
人のうち一人は祖母だ。ログインしているということは、まだまだ元気ということ。
今年80歳の大台に乗るとは思えないほど、精力的な証だ。
とはいえ、年は年。
夜毎、ICQにつなぐ度に「ばあちゃん、まだ生きてるんだなあ」、と安心すること
ができる。それだけでも、インターネットの価値はあるというものだ。
帰宅すると、家の明かりはすべて消えている。娘はすでに床に入って、妻とスヤス
ヤ、時にはギリギリと歯ぎしりをたてながら、眠っている。
私は、といえば、パソコンに電源を入れ、椅子に座りながらOSが立ち上がるのを待
っている。見飽きた起動ロゴが通り過ぎ、壁紙の海賊が表示され、ハードディスクの
アクセス音がやむと、指が少し震えた。
明日から三連休、今宵は気兼ねなくサーフィンできるというものだ。
なにを探そうか? どこへ行く? いろいろ考えているときが楽しい。
もっとも、今日はすることが決まっている。ゲームのデモ版をダウンロードしなけ
ればならない。60MBという容量はダイアルアップユーザーの私にとって、数日がかり
の作業なのだ。
WINDOWS98が安定すると、さっそく回線を接続した。プロバイダがパスワードを確
認すると自動でダウンローダーが立ち上がり、FTPサイトに接続し昨日の続きを落と
し始める。ICQも接続と同時に起動する。ブラウザを立ち上げようと思ったが、AWCの
お題がまだ書き上がっていないので、先にテクストを開いた。
「ハロー」と早口の英語がスピーカーから飛び出た。ICQにメッセージが入ったの
だ。タスクトレイでメールを模したアイコンが点滅している。
ダブルクリックすると、小さなウィンドウが開く。
『こんばんわ。(^_^) 何か良い話はないかねえ』
古から、祖母の出だしの言葉は変わらない。
『娘は元気に学校、行ってるよ。ばあちゃんの送ってくれたピアニカ、毎日ちゃんと
練習している。平々凡々、それが良いことかな?』
『授業参観はどうだったかえ?』
『写真、送るよ。ちょっと待ってて』
ICQはFTPとしての機能も持っている。デジタルカメラでとった映像をICQを通して
送る。ネットで送ることを前提としているので、色数を落とし軽くしている。わずか
数十キロバイトのサイズ、送るのは一瞬だ。
『おお、かわいいねえ。……ちょっと緊張してるんじゃないのかえ』
『そうらしいよ』私は軽く笑った。細い目がいっそう細くなってる写真だ。困ったよ
うに眉間にしわをよせているところが、我が娘ながら愛らしい。
『ところで、音声認識のソフト買ったんだけど、孫でも使えるんじゃないのかねえ』
『ViaVoice98だね。使い勝手はどう?』
祖母の視力も落ちてきてるという話だし、それなりに役立つだろう。なかなか良い
選択だと思う。
『うちのセロリではサクっという感じかねえ。変換に1秒ぐらいかかるけど、まあ実
用レベルじゃろう』
セロリというのは、インテルで出しているセレロンのことだ。このCPUを祖母は
オーバークロックさせて使っている。
『じゃあ、うちでも使えるかもね』
言葉とは裏腹に、自分のK6-300でも快適に動作すると確信している。
『プレゼントとして送ろうか?』
『無理しなくてもいいよ。結構、高い物だし……』
しばらく話が途切れ、私は小説を書き始めた。お題を書くはずが、前に書いた作品
の続編に手を染めていた。
『ハロー』と早口の英語が飛び出す。最初の頃は、カッコー、と聞こえ、とまどった
ものだ。
『今日は、ずいぶんゆっくりだねえ。仕事、休みなのかい?』
『うん、明日から三連休さ』
『それはよかった。孫もよろこんでるじゃろう』
『明日は学校あるから、遊びにつれていくのは明後日からだねえ』
『それは楽しみなこって』
『ははっ、一番楽しいのは、休みの前の日だね』
『それはどうして? (@_@) 』
『一日目は、まだ二日あるからいいけど、二日目は後一日しか休みないだろう? そ
れって寂しいよ。三日目は、今日で終わりだ――やはり寂しい。でも、今日はまるま
る三日休みあるわけだから、のんびりとしていられる』
『ふーん。夢を見ている間が楽しい、というわけかいの』
『そんなところかな』
『話は変わるけど、今度、インテルからメンドシノがでるじゃろう』
『ああ、2次キャッシュ積んだセレロンだよね、確か』
『――もう飽きた。パソコンの拡張って切りがない (>_<) 』
『確かにね、いえてる』
実際、CPUの性能アップはアプリケーションの進化より速い。新しいデバイスは登
場するし、進歩についていこうと思えば切りがない、というのは本当だ。
『でも、拡張ってばあちゃんの趣味だよね。やめちゃうの?』
『まあ年だし……だから、プレゼントに送るわ』
ファイルが送られてきた。解凍してビュアーで見ると、宝くじが一枚写っている。
私はブラウザを立ち上げ、それが当選しているかどうか確かめた。
組も番号も間違えようがない。1億とはいわないが、100万円あたっている。
『あたってるよ、これ!』
『はずれた宝くじが贈り物になるかのう』
それはもっともだ。
『もらって、いいの?』
『かまわんが、それをどう使うつもりじゃ?』
『まず、嫁さんに指輪を買う。娘には本を買ってあげるねえ』
『で、自分には?』
『まずISDNにするよ。ダイアルアップじゃ、遅いからねえ。モデムじゃだめだよ』
『ふむふむ』
『そして、ソケット7最速を目指して改造する。メモリも100MHz対応のものを256MB
くらい入れたいし、CPUはAMDのK6-3をいれる』
『おお、それで?』
『8倍速のCD-Rを購入したいし、ビデオカードももっと速い物にしたい!』
ケースも変えて、ミドルタワーからフルタワーにしよう。言葉には出さなかったが
夢は膨らんでいった。
『旅行もいいなあ。近場で温泉、ゆっくりのんびりしたい』
『(V)。\。(V) フォッフォッフォッ』
婆ちゃんは顔文字を使うのが好きだ。
『本当にいいのかなあ。ありがとう』
『いえいえ、どういたしまして。一番、楽しい時間だったじゃろう?』
『?』
『一番楽しいのは休みの前の日なんじゃろう? 休んでしまえば、楽しみは半減す
る』
『何をいいたのか、よく分からないけど?』
『だから、休日を味わうより楽しいのが、休日の前の日なら、宝くじの賞金をもらう
より、もらう前に使い道を考える方が楽しいわけじゃ』
理屈が通っているような、通っていないような。
『だから、プレゼントは賞金の使い道を考える、という夢なんじゃ』
『……送られてきた画像は?』
『フォトレタッチで数字を書き換えたんじゃ。あはははっ。本当にあたっていたら、
自分で使っているわい。そんなの考えるまでもないじゃろう?』
『……』
『そろそろ落ちるわ。夢の続きを楽しんでおくれ。
(^-^)ノ~~マタネー☆'.・*.・:★'.・*.・:☆'.・*.・:★』
祖母がICQからログオフした。
私はしばらく呆然としていた。狐に化かされた気分とは、このことをいうのだろう。
確かに休日の前日が一番こころ楽しい。しかし、それは実際に休めるという保証があ
るからだ。100万円という賞金の使い道を考えるのも楽しかった。だが、それも実
際に手にはいると思っていたからだ。これでは、捕らぬ狸の皮算用ではないか。
頭の中で狐と狸が踊っている。
楽しい夢だったぶん、落胆も激しかった。
とりあえず、祖母にメッセージを送る。
『Ω\ζ゜)チーン…』
*
後日、祖母から手紙が送られてきた。
中には宝くじが一枚と、短い文章が添えられていた。
私が、当選番号を確認したのは当然のこと。
その結果については、もちろんいうまでもない。
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お題、『場所指定――夢の中』かろうじて、クリアーしてると思ってます。
だめかなあ?
書き上げるのが、遅れてしまいました。m(_)m