#1089/1336 短編
★タイトル (BZM ) 98/ 8/21 0: 6 ( 28)
お荘閨@「夢」 いなみ
★内容
投げ出すように学会誌を実験台においたひょうしに、台の隅にあった薬さじがはじき
とばされた。床に落ちて硬質な音をたてるとさじはどこかへ行ってしまった。
仕方なく、僕はほこりっぽい床にかがみこんで、実験台の下へ手をのばした。手探り
をしているうちに探していたものとは違う何かにつきあたった。どうやら木の箱のよう
だ。
ずるずると引きずり出してみる。持ち上げると異様に重い。華奢なとってのついた救
急箱のような箱だ。実験台の上にのせ、さびた掛けがねをはずし、そっとふたを開けた
。
彼女が僕の前に立つ。彼女の左手の小指にはサファイヤとプラチナの指輪。9月生ま
れの彼女に、爛熟した夏の終わりのバラ園で贈ったあの指輪。
「まだ後悔していないの?」
彼女をおいてプライドの牢獄に入ったのは僕。見える彼女を捨てて見えないものを探し
にでかけたのは確かに僕だから。
「後悔?していないさ、もちろん」
「そう、それならいいの」
彼女は指輪を僕に投げつけた。僕の目の前でサファイヤが砕け散り、プラチナは輝く銀
色の滴となって飛び散った。無機質なきらめきの中で、全てが暗転した。闇に沈み込み
ながら、僕は泣いていたような気がする。
目をあけると実験室とよく似た病院のベッドの上にいた。起きあがろうとして、横に
同僚がいることに気が付いた。
「忘れ物をとりにきたら、おまえがぶっ倒れていた。何故かしらないが水銀のビンが割
れていて、あたりにコロコロ中身が散らばってて・・・」
医者は何も問題がないようだと言っていたらしい。どうやら実験のミスでよくない気体
が発生したようだった。「僕を見つけた時、バラの匂いとかしていなかったか」
「バラの匂い?何も感じなかったけど」
病院の白い漆喰壁を見ながら、僕はバラの香りに包まれたうたかたの面影を思い出す。
初投稿です。宜しく御願いします