#1087/1336 短編
★タイトル (SGH ) 98/ 8/13 21:11 (153)
夏休日記 沖田 珂甫
★内容
♪ぶんぶんぶん ハチがとぶ
蜜バチだったら、まだ可愛気もあるだろう。
うちの実家は、山林だった場所を20年前に宅地造成したところにある。実
家はその一番奥まった区域に位置している。これは父が生前、
「このへんなら、住宅が増えても静かだろう」
という考えで選んだものだ。
確かに、20年経って家屋が増えてた今でも、交通量の増加は最小限であろ
う。私の部屋から見える風景は、昔も現在も”緑一色”だ。植生が変わって、
私が住んでいたころは雑木林だったものが竹林になってはいるが。
こんな環境だから、帰省すると薮蚊は言うまでもなく、歓迎したくない様々
な”自然”が待ち受けていることがある。今年はスズメバチが飛び回っていた。
それも、最近都市部に進出著しい「キイロスズメバチ」ではなく、それより一
回り大きいオレンジ色の種類である。名前は忘れた。キイロスズメバチは以前
ちょっと調べたから覚えていただけだ。
刺激しなければ害はない、と頭では分かっているが、母は来年還暦だ。刺さ
れて死なれでもしたら面倒だ。会社員時代に同僚の母親が刺されて入院する騒
ぎもあったし。千キロ以上離れてるから帰って来るだけでも一日仕事なのだ。
どこぞの地方都市では保健所が駆除してくれるそうなのだが、同僚が住んで
いた横浜市ではそういうサービスはやってなかった。業者の紹介はしてくれた
けど。結局、業者が手一杯で駆除がいつになるか分からないというので、同僚
のうちのキイロスズメバチの巣は、焼肉食べ放題という報酬で私が駆除した。
暇でもあるし、ハチ退治をすることにした。
今回は巣の位置が分からないため、まず捜索から始めることにした。
材料は、
・お肉少々
・ビニール紐少々
である。
肉を団子にして、ほぐしたビニール紐を30cmくらい結び付ける。これを
ハチが巣に持ち帰る時に追いかける訳だ。昔は綿を撚って細糸にしてやってい
たらしい。今回ビニール紐をほぐしたのは、手近にあったから代用したのだ。
消毒用の綿があったのだが、撚って糸にするのは面倒だったのだ。
刺された時のために、バーナータイプのライターと、接触鍼用の鍼を持って
行くことにする。ちなみに、鍼は直径4mmほどである。どうやって使うかは
簡単に予測できると思うが、刺されたら、鍼を真赤に焼いてその箇所を焼くの
だ。素人がやると火傷の痕が残ったりするので、良い子は絶対真似しちゃいけ
ない。東洋医学で「火鍼」「烙鍼」などと呼ばれる鍼法である。
ちなみに、刺された場合の正しい対処方法は、
・流水で傷口を洗いながら毒を絞り出す。
・すぐに病院に行く。
である。
スズメバチの毒に対しては、市販薬で有効なものは無い、と言っても良い。
もちろん、アンモニアも効かない。アンモニアが有効なのは蜜バチだけだ。
口で毒を吸い出すのもやらない方が良い。どうしても、飲み込む可能性が捨
てきれないからだ。経口の場合は問題になることは少いはずではあるが。
最近ではアウトドアショップなどで毒を吸い出すリムーバーを売っているが、
気休め程度には有効である。
脱線ついでに、刺されるとどうなるか、過去の経験を書いておこう。
まず、鋭い痛みが襲って来る。一瞬、動けなくなるほど強い痛みである。
痛みはすぐにズキズキという感じになる。同時に腫れてくる。刺されて数分
もすると、場所によっては、本当に漫画のようにぷっくりと腫れあがる。
刺された箇所は、熱を持ってそれから4〜5日は痛む。人によっては発熱す
ることもある。
痛みが治まりだすと、今度は猛烈に痒くなる。掻くと痛いので冷すしか無い。
気にならない程度に回復するには、一週間くらいはかかる。
病院に行って、点滴を射ってもらえば、翌日には回復するはずである。
スズメバチに刺されたかどうかは、刺された部分の近くに顎で噛みつかれた
傷跡があるかどうかで判断できることがある。また、噛みついて離れずに何度
も刺すことが多い。
自分の命と引き換えに一度だけ刺す蜜バチとは大違いである。スズメバチは
何度刺しても死んだりしない。
話は本線に戻る。
とりあえず、囮の餌を3個作り、30cm位のビニール紐をほぐして縛り付
ける。出来上がったものは5mmくらいの肉団子というか、脂肪団子にビニー
ルの細い糸がくっ付いているだけのものである。
2階の私の部屋の前がスズメバチの巡回コースのようなので、窓の外に並べ
て待つことにする。
1個目は失敗。トンボが持って行った。……トンボも肉食だわな、確かに。
餌をトンボには持てないくらいにすれば大丈夫かな? と考え、残った2つ
を一つにしてみた。この大きさでは、無駄なような気もするが、2個目は首尾
良くスズメバチが食い付いた。
本来は、ハチの後を走って追いかけるのだが、不精して眼で追うだけ。気温
35度の中を走り回る自虐的な趣味はない。
目測で2〜30mくらいまで追ったが、見失った。方向も分かったし、餌を
もう2つ作って次を待つ。今度は見失ったあたりまで予め行っておけば良い。
サングラスと灰銀のライダージャケット、ジーンズという格好で表に出る。
サングラスは、スズメバチは黒い部分を攻撃するという話を、昔聞いたこと
があるので、眼を守るためである。頭を守るためにヘルメットを被ろうかとも
考えたが、暑いのでパス。ジャケットとジーンズではスズメバチの針にはなん
の役にも立たないが、気休めくらいにはなるし、薮の中に入るだろうから、蚊
除けである。
10分もしないうちに次の目印が飛んで行った。薮の中に入って行ったが、
餌を持っているのだから、巣に一直線に戻るであろうと考え、まっすぐ進むこ
とにする。
10mくらい入ったところで、5〜6匹のスズメバチが飛び回っているのが
見えた。巣が近いはずだ。ゆっくり近づくと、周りでスズメバチがカチカチと
顎を鳴らして威嚇しだした。刺激しないようにゆっくり後退する。安全と思わ
れる位置まで下がって偵察開始。
5分もしないうちに、最後の糸が飛んで来た。
巣は、10mくらい離れた木の幹にくっ付いていた。高さは2mちょっと。
サッカーボールくらいに見えるが、もう少し大きいかもしれない。
周りが開けている、というのはあまり有難くない。土の中などなら簡単に駆
除できるのだ。もっとも、土の中に巣を作るのは黒いスズメバチだったような
気もする。今回追いかけてきた奴はオレンジ色だった。
駆除方法は、以前は硫黄を焚いていたらしい。亜硫酸ガス攻撃である。硫黄
なんて手元にないし、亜硫酸ガスは人体にもしっかり有害である。以前、横浜
で私が使ったのは、ゴキブリ駆除用のバル*ンだった。
しばし観察することにした。
飛び回っているのは、十数匹くらいだが、巣の中には当然、まだ居るはず。
数十匹は居てもおかしくない。
しばらく、ぼ〜っと飛び交うスズメバチを眺めていた。
夜になって、スズメバチが飛び回らなくなってから、巣を落とそうかな。
風上から殺虫剤をまくか。
ハチの子を取ったら、バターで炒めて、仕上げに醤油をたらしてビールのつ
まみにしよう!
思考の方向が微妙に逸れたりもした。
ついでに話も逸れるが、私は食べ物の好き嫌いがほとんど無い。基本的には
毒でなければ、なんでも食べる。ハチの子はもちろん、毛虫のテンプラという
ものまで食べたことがある。
唯一敬遠しているのは、〆鯖だけである。鯖も焼いたり煮たものは大丈夫だ
し、刺身なんか大好きである。〆鯖だけはメンタル的に駄目なのだ。
閑話休題。
不思議なもので、眺めていると恐怖心が薄らいできた。変なもので、ブンブ
ンという羽音も可愛く思えてきたりする。考えてみれば、彼らは害虫駆除をし
てくれているんだし、そもそも人間が後から彼らの領域に侵入してきたのだ。
結局、なにもしないことにした。
食べるため以外の殺生は止めておこう。
こんな事を考えるのは、齢を重ねたからだろうか。
ただ、面倒臭くなっただけかもしれない。これからも蚊取り線香は焚くし、
ゴキブリを見ると迷わず殺虫剤かけるのは間違いないから。
放置して、誰か刺されたらどうするのか?
運が悪けりゃ、死ぬだけさ。
−終り−