#1016/1336 短編
★タイトル (ARJ ) 98/ 3/10 23:50 (153)
お題変奏>「復活、」 みのうら
★内容
君がこれを読む頃には、僕はもうここにはいないだろう。
最初に、君が最後まで僕を心配してくれたこと、心をかけてくれたことに感
謝する。君が僕を、君の考えるような形で止められなかったと、傷つくだろう
ことが今の僕には一番つらい。
本当に、君には迷惑をかけてしまった。心からすまないと思っている。だか
ら、僕のことで自分を責めるのはどうかやめてください。
君が長い間僕と友達でいてくれて、僕がどんなに救われたか、君にはきっと
想像もできないだろう。君のおかげで今日の僕があるのだ。それを理解して欲
しい。また、僕は君がとても好きだった。忘れないで。
子供の頃、小学生だっただろうか。君とよく遊んだあの公園。夕焼けに浮か
ぶ一番星を、今も覚えている? 並んで、暗くなるまで眺めていたのを。
何度も話したけれど、とうとう君は信じてくれなかった話を、今一度、ここ
に書きます。僕が去った後は、父にも母にも見せず、どうか君一人の胸にしま
って置いて欲しい。こうなった以上、彼らをこれ以上苦しませたくはない。け
れど、君にはどうか知っていて欲しい。信じようと信じまいと、だ。彼らは僕
を、このままここにとどめ置くことで必死だ。そうなったら、僕は本当に狂っ
てしまう。狂気は宇宙の深淵に一人取り残される孤独だ。
そう、君の考えが楽になるように、こう言おう。
「死を目前にした人間が、親友に嘘をつくだろうか?」
もちろん、死を前にして、狂気にとらわれることもあるし、狂気から死を選
ぶこともある。君は、僕が狂っていたと思う? おそらくは疑っているだろう。
しかし、どこかで信じてくれている。きっとそう。
そろそろ話を始めよう。ただ聞いてくれればいい。そして最後に一つだけ、
僕の願いを叶えて欲しい。
君が僕の異変に気づくかなり前から、僕は僕自身の異変に気づいていた。最
初にどんな形で現れたのか、それは覚えていない。
心臓はなぜ動いているのだろう。そんな問いかけを覚えているかい? 自分
でもよくわからずに口にしたけど、今ではその心臓の思いが僕の想いだ。
心臓は、僕の気持ちを知らないが動いている。僕が動けと命じたわけではな
いのに。僕の身体は、そういったものたちでつくられているが、心臓に心がな
いと誰が言えるだろう? 僕らに聞き取る能力がないだけかもしれないのに。
僕の耳に、というより頭の中に直接、思いもしない考えがぽかんと浮かぶよ
うになった。最初はなれない学校、新しい環境のせいかと考えた。そのころ、
ずいぶん本や漫画を読んだし、その記憶がごっちゃになってるとも。
それから、よくマンションの屋上によく行った。なぜかはわからなかった。
ただ、なんとなくだ。なんとなくそこへ行かねばならないように、追い立てら
れるほどでなく、だが確実に行かねばならなかったのだ。
高いところでは、よく「それ」が聞こえた。というか、見えた。……いや、
やはり聞こえたのかもしれない。うまく言えない。パズルのように細かく砕か
れた物語が、徐々に僕の中で組み立てられていた。最初はなんだかわからなか
ったが、だんだん概要が見えてくる。パズルを枠から組み立ててるうちに、ど
この景色かわかるみたいにだ。
受験疲れかもしれない。隣の学校でも一人、飛び降り自殺があった。君と同
じ学校に通っていなければ、僕もあんな風になったかもしれない。今のように、
遠くまで見える目的を抱えて、君への感謝を抱いてはいられず、何もわからな
いまま、流されてしまったかもしれない。僕はそんなに人付き合いがうまい方
じゃなかった。君がいてくれたから、世間ともうまくやって来られたんだ。
受験疲れじゃなかった。パズルの最後のピースがはまったとき、僕は変わっ
た。
みんなが驚いたのを、小気味よく思ったよ。ちょっとした騒ぎだったろう。
地味で目立たなかった僕が、いきなりあんな風に変わったのではね。女子校っ
てのは恐ろしいとこで、たったの3日目で、僕の下駄箱は手紙とプレゼントの
坩堝になってしまった。
僕がいきなり活動的になったのは、身体の細胞を、効率よくコントロールす
るためだった。生まれてからずっと、ろくに運動もせずに、なまりきった身体
を隅から隅まで活性化させ、僕の思うように動かさなければならない。それも、
もう時間がない。
僕の意識に従って、身体はぐんぐん本来の力を取り戻した。教師や両親にと
っては驚くべき変化だっただろうが、僕の身体には、もともとそれだけの能力
が備わっていた。だが、残念ながら精神が伴わなかったのだ。
もう違った。僕にはしなければならないこと、行かねばならない場所、培わ
ねばならない心身があった。幸い僕の身体はまだ若く、様々なトレーニングに
耐え、付いてきてくれた。
僕が一人称を「僕」に変えたのもこのときだ。君はひどくいやがったが、ど
うも僕の身体と精神の変化が、どうにも僕を僕と呼ばせてしまうのだ。これに
は自分でも少しとまどったが、元の一人称に帰ると、自分が自分ではなくなっ
たような気がして、いやだった。
僕は僕になることで、新しい自分を完全に受け入れたんだろう。
僕には、やらねばならないことがあった。
ここにはまだ光も届かぬ遠い星。その星からはるか昔、全宇宙に移民団が飛
び立った。大航海時代のように、この壮大な宇宙に比べれば筏のような船団だ
ったが、その筏はある方法で行き来することができた。1世代にも満たない短
時間で、母なる星から移民星へ、宇宙のどこからでも到達することができた。
彼らにとって、宇宙の距離など問題ではなかったのだ。その日が来るまでは。
その日は、じわじわと近づいてきた。ここで言うなら科学者……と政治家?
の間くらいにある人々が最初に異変を予知した。原因はわからない。今の僕
が持っている脳では、うまく理解できない、説明できない。母なる起源の星が
爆発してしまったのか。
種族としての寿命であるし、またそうでもない。宇宙の隅々までをわたって
しまった限界であり、そうでもない。もっと何か……行き当たり、いや折り返
し地点だろうか。とにかく僕らはそうなってしまったのだ。その時僕は、のび
きったゴムの端にいた。
ゴムは急速に縮み始め、移動手段は失われていった。生存に必要は要素が欠
けている星にまで、豊かな資源をつぎ込んで開発していた我々は、そのライフ
ラインが切れてしまったら、とても生きてはゆけない。それに我が種族は、全
体が一つであり、また一人が全員でもあるような……なんと言えばいいか、そ
の、君の身体の細胞一つ一つに意志があり、また細胞全体が君である。腕を切
り落としても君は君だが、腕はもう君ではいられない。この説明が一番近いか
も。
僕らは早急に、星へ帰りたいと思った。星で何があったのか、正確に知り得
ていたのかどうか、それすらも今の僕では考えられないのだが、どうしても帰
らねばならない。座して死を待つなどもってのほかだった。
星からのエネルギーで運営されていた僕らの基地、植民星はみるみるうちに
本来の寿命を取り返し、死への階段を駆け下りていた。
次善の策が検討された。光の早さに限りなく近い移動速度で戻ることはでき
た。しかし、そうやって幾世代を経て帰り着いた故郷を、我々はふるさとと呼
べるだろうか。我々の記憶、意識、文化。それはふるさととつながっていれば
こそのもので、血を伝えることにそれだけの意味があるだろうか。我々の子孫
の運命は彼らのもので、決して我らのものではない。
なぜだろう。他にも理由はあったのだ。光より早く、帰らねばならない。我
々に残された手持ちの札は、何だっただろう。
僕だ。そして、僕ら。
一番近い言葉で、精神だろうか。超能力? それもずいぶん違うけれど、我
々はまだ未完成だったその力を使って宇宙を渡ろうと決めたのだ。筏よりもな
お頼りない、一本のわらにすがって海を行くのだ。
我と我が身を全て推進力に変え、この宇宙に発生した文明の、ある一定以上
の精神活動を行っている文明が出している電波……精神波か、それを伝って、
移動する。
我々の基地である星が超新星化する、その瞬間をとらえて、僕らは飛び立っ
た。爆発のエネルギーを半分も吸収して、僕らの旅は始まったんだ。
一番近い文明圏まで、光の……倍のスピードで到達できた。次はもっと早く。
そして次。浅瀬に浮かぶ岩を飛び移るように、僕らは移動した。エネルギーを
失ったものは脱落し、あるいはその星の文明にとらわれ、自己を失って取り込
まれて行った。
時折エネルギーが少なくなると、その星の生物に身を宿し、補給する。その
星の文明種族として精神活動を行い、さらに星の海を渡る糧を得るのだ。
そうしてやって来た何番目かの星が、ここだ。
僕はここに生まれてきた。宇宙を渡る旅人としてでなく、君の友達として。
だが、もう潮時だ。僕は十分に肥え太った渡り鳥で、飛び立つときを待って
いる。僕は仲間のうちで最後にここを離れる一人だろう。
僕らは少なくなってしまい、星にたどり着く頃には精神生命体(これも近い
言葉じゃない)として再現できないかもしれない。今回、人類以外の生命に宿
ってしまった仲間をいくたりか見つけた。仲間同士、互いに気持ちをやりとり
することも、今では難しくなっているようだ。スピードもずいぶん落ちて、光
に追い越される日も近い。
精神が、魂がすり減っている。変な表現に思うかもしれないけど、そうだ。
僕はふるさとの星に、僕の一族として復活することはかなわないかもしれない。
それにはあまりにも長い年月が過ぎてしまった。どんな形で、どんな熱量、活
動するエネルギーとしてたどり着けるだろうか。
いっそ、この星に残ってしまおうと何度思っただろう。君と手をつないだあ
の公園で、この数ヶ月僕は何度も気持ちを確かめたけれど。
頬をなでる風のやさしさに、僕は決めた。
僕が、たとえふるさとの大地を、一瞬だけ吹きすぎる風でしかなくても。
僕はきっとあそこに帰るのだ。
今日からあと三年の後、あの公園で、もう一度夕焼けに浮かぶ宵の明星を見
てくれないだろうか。その右斜め上に現れる星、それが僕だ。
君に初めて出会う日の、数百、数万年前の僕なのだ。