#1001/1336 短編
★タイトル (PRN ) 98/ 2/14 23:49 ( 75)
スイート〜勇敢な恋の詩 ・番外〜 穂波恵美
★内容
白いワンピースに、オフホワイトのベレー帽。
アイボリーホワイトのダッフルコートの背中で、栗色の髪がふわふわと空気を
孕む。サイドの一部だけを三つ編みにして、先端に結ばれているのリボンの色も、
白。
久しぶりに逢うからと、かなり気合いを入れてお洒落してきてくれたんだろう、
などと今更ながらに気が付いた。
ブーツがコツコツと音をたてる。普段の彼女の歩き方なら、絶対にたてないよ
うな音。
「美雪、いい加減機嫌直せよ」
振り向かない背中を眺めながら、秋穂は三回目の呼びかけを試みる。
「…………」
半ば予想してはいたが、やはり答えは返ってこない。ただ、聞こえている証に
美雪の足取りが速くなった。
秋穂は肩をすくめて、小さく息をはいた。
ちょっと、他の女に気を取られただけではないか、と秋穂は思う。美雪曰く、
「ちょっとじゃないもん」と言うことになるらしいが。どちらにしても、たかが
ぶつかっただけの名前も知らない女のために、これ以上美雪と気まずい雰囲気で
いるなどごめんだった。二月、ようやく長期休暇に入ったからと、はるばる北海
道から帰ってきた恋人と逢えたのに、デートがだんまりで終わってしまうのでは
あまりに悲しい。
街の人混み、それに紛れないように美雪の小さな背中を追う。
歩道の端、カップルが、何が楽しいのか小さく笑い声をあげていた。二人の隣
をすり抜け、小柄な少女の姿を探す。
美雪は、ショーウィンドウに手をついて、じっと立っていた。
「美雪……?」
「……嘘つき」
「はぁ?」
ポツリと洩らされた台詞に、秋穂は思わず間の抜けた返事をする。
美雪は、それにかまわずショーウィンドウをじっと見ている。秋穂も、美雪の
背中からディスプレイされたマネキン人形に視線を移す。
今日がその日だからか、ピンクや赤、金色で構成された空間は妙に華やかだっ
た。
「なんだよ、何が言いたいんだ?」
「……紫野さんて、綺麗な人?」
突然出てきた弟の彼女の名に、秋穂は瞬間コートの内ポケットを探ろうとした。
美雪を迎えに行く直前、玄関で預かったものを、そこに入れっぱなしにしていた
のを思い出したのだ。もしかしたら、さっき美人とぶつかったときに……。
「ね、答えてよ」
「まあ、綺麗と言えば綺麗かな……」
ポケットはみごとに空だった。事情を何となく察して、秋穂はなんと言おうか
思案しはじめたとき、美雪がくるりと振り返った。手にしていたベージュのバッ
クから、何かを取り出す。
「これ、落としたよ」
美雪の掌の上には、青い花模様の包装紙でラッピングされた四角い箱があった。
手作りと思われる添えられたカードには、紫野佐和子と名前が書かれている。
「……もしかして、これを気にしてたのか?」
「…………」
美雪は黙って答えない。ただ、その表情は子供みたいに歪んで、今にも泣き出
しそうなものだった。振り返らなかった間ずっと、こんな表情をしていたのかと
思うと、莫迦だなあという思いと可愛くて仕方ない思いが同時にこみ上げてきた。
「これ、俺のじゃないぜ」
苦笑しながら言うと、美雪は勢いよく顔を上げた。
「嘘! だって秋穂のコートから落ちたもの!」
「確かに、俺が預かったんだけどね……夏生宛に」
「夏生ちゃん宛……なの?」
キョトンとする美雪に、秋穂はカードをひっくり返して見せた。
「ほら、空条夏生様って書いてあるだろ?」
「ホントだ……」
「前に約束しただろ? 俺は好きな女……お前以外からは、受け取らないって」
気が抜けたのか、ポカンとしている美雪の髪をくしゃっと撫でて、秋穂は悪戯
っぽく続けた。
「で、俺は、俺宛のやつをまだ貰ってないんだけどね」
「ご、ごめんね! わたし、勝手に誤解して、勝手に怒って……」
早口で頭を下げると、美雪はバックをごそごそと探り、ピンクのリボンでラッピン
グされた包みを取りだした。
「……秋穂、怒ってる?」
見上げる不安げな視線に、黙って包みを受け取る。秋穂は、それをその場で開
いた。中には、割れる前はハート型だったろうと思われるチョコレートが収まっ
ている。その一片を口に放り込んで、秋穂は美雪に素早く顔を寄せた。
「……にゃっ!?」
「この甘さに免じて、許してやろう」
にっこり微笑んだ秋穂の耳に、俯いた美雪の「ばか」と言う声が、心地よく響
いた。真っ赤になった美雪の後ろ、ショーウィンドウのディスプレイに書かれていた
のは、<St.Valentine day>の文字。