#995/1336 短編
★タイトル (UJC ) 98/ 2/ 5 10:28 (200)
当座AB逮捕さる 平山成藤3.6.1
★内容
『当座サギはもううやむやになっております』
−−あの劇場にこの看板が立っていた。
「あいかわらず説明ったらしいタイトルだな」
会社員Aが言った。
「まだ誰も責任を取ってないんですかね」
と会社員Bが口をはさんだ。
「責任取ってないからこの劇がいつまでも続けられてるんでしょうか?」
と言って口をはさんだのは、流しの新入社員、会社員ジュニアであっ
た。
「その−−『流しの新入社員』ってなんなんですか?」
Bが説明文に突っ込みを入れたが、誰も答えるものはいなかった。
「外回り専用の営業部員のことじゃないですか?」
と、当の会社員ジュニアが自信なさそうに答える。
「ウチはクラブ活動なんかしてませんよ」
Bは言ったが、会話がかみ合わないだけだった。
「だいたいジュニアって、お前いったい誰のジュニアなんだ?」
とAも突っ込みを入れたが、会社員ジュニアは答えられなかった。
「さあ?...だれかのジュニアなんでしょう」
と説明する会社員ジュニアの口調はじつに頼りない。
−−しかしよく考えてみると、会社員AもBも『会社員A』『会社員B』
という名前以上の設定はなかったりするので、それ以上会社員ジュニア
に突っ込みを入れるのも気が引けてなんであった。結局、新たなる会社
員ジュニアの出現もうやむやなままに、3人はあの劇場へと入っていく
のだった。
入口のチケット券売機につくと、そこには『時価』という値札が付け
られており、何円入れたらいいのかよく分からなかった。
タイトルどおりのうやむやな料金設定である。
入口の店員に料金のことを聞いてみても、
「自分はチケット切るだけなのでよく分かりません」
という頼りない言葉が返ってきただけだった。
ためしに券売機に千円札を入れてみると人数ボタンのところにランプ
がつき、3人のボタンを押すとチケットが3枚出てきてしまったが、し
かし釣り銭は出てこなかった。
「チケット3枚の値段が千円???」
割り切れない数にBは納得がいかなかった。
「きっとバーゲンだから3枚千円なんですよ」
ジュニアは口をはさんだが、
「お前、やっぱり流しだな」
とAから訳の分からない突っ込みを浴びただけだった。誰もその真意が
よく分からなかったが、言ってる本人もよく分かってなかったりした。
入口の店員のチケットの切り方もいい加減である。
切るフリをしているだけでちゃんとチケットを切らずに返してくるの
である。なんか変な感じがしたが、どうでもいいことなので誰も突っ込
む者はいない。
劇場のなかを覗いてみると、中は閑散としており、誰も客は入ってい
ないようだった。
上演スケジュール表を見てみると、
『時期をみておいおい上演してまいります』
などといい加減なことが書いてあり、さらには
『上演時間は100時間を予定 →でも予定は未定』
などと耐久レースのようなことが書かれていたりもした。が、いつもの
ことなのでAもBもとくに驚いたりはしない。
しかし次回上演予定とある演劇『エイリアンはイギリス人』の宣伝ポ
スターにも
『おりをみて上演開始するでしょう(予定は未定)』
などと書かれており、じつにアバウトだった。いつの日から上演開始な
のかもまったく分からない。
ジュースの自販機もアバウトなもので、とにかくコインを入れると飲
むことができた。しかしジュースは何が出てくるか分からず、カップに
どれだけのジュースを注ぐのかもはっきりしなかった。量を多めに指定
するとカップからジュースがあふれてもまだ注ぎつづけているし、少な
めに指定すると底にちょっとしか注がないのである。
「便利すぎるな」
たった一円であふれんばかりのジュースを飲んでいるAが感想をもら
した。
「不便ですよ」
千円を入れて底にちょっとのジュースしか飲んでいないBが言い返し
た。しかしここの自販機はどこも釣り銭が一切出てこない。
「−−でもいつから劇は始まるんでしょう?」
ジュニアはAやBに問うたが、答えられるものはいなかった。
店員に聞いてみても、
「それはおいおい申し上げるということで....」
と言われるだけで話にならなかった。
「いつ始まるんだか分からんのならいつ入ってもいいだろう」
Aのその一言で、結局、皆が劇場ホールに入ることに決めた。
−−安易な考えで決めたことだが、それは大きな間違いだったのである。
会社員3人が劇場ホールに入ると、突然すべての扉が締め切られ、い
きなり3人は劇場の中に閉じ込められてしまった。
おりをみておいおい上演するこの劇は、実は客が入るなり上演される
即興劇だったのである。
「−−オブジェクション!」
真っ暗闇な世界で右往左往している会社員たちを尻目に、どこからか
声がとどろいてきた。
それを打ち消すようにハンマーの音が鳴りひびく。
「判決を言い渡す。−−死刑−−」
この声と同時に、舞台にピンスポットが当てられ、そこから一人の軍
人が立ち現れてきた。薔薇を一輪手にして、その香りの芳しさに一人酔っ
ている。
「ようこそ。我がコートへ」
軍人はそう会社員たちに語りかけると、うやうやしく礼をしてみせた。
純白のスカーフにレイピアと思われる細身の剣を携えている様はとても
時代錯誤的である。どこかの貴族なのかもしれない。
「君たちは逮捕された。判決は死刑だ」
その軍人は端的に事実を告げると、手にした薔薇を会社員3人へ投げ
放った。と思うやいなや、レイピアを抜き取り、宙へ舞う薔薇を一閃し
て斬り捨ててみせる。
「分かっていると思うが、これは軍事裁判だ」
突然、その軍人は訳分からないことを言いだした。
「なんなんだ。それは」
「罪状はなんなんですか?」
AとBは口々に文句を付けたが、軍人は聞き耳を持たなかった。
「貴殿らの存在は、ここでは罪なのだよ」
軍人はそう言い捨てるや舞台から飛び下り、会社員たちのほうへ歩み
寄っていった。ピンスポットがどこまでも彼を追っていく。
「この劇には終わりがないのだ」軍人は言った。
「終わりのない劇において、劇に終わりがあることを当然とする観客の
存在は劇団経営を揺るがす排除すべき悪であり、よってその観点から貴
殿らは排除される。ゆえに死刑だ。−−分かるか?」
「分からん」と会社員A。
「−−が、今から殺されるということだけはよく分かった」
「殺されるのではない。戦って死ぬだけだよ」
軍人は訂正した。「貴殿らは死刑なのだ」
「どのような未熟な世界にも正義というものはある。武器を手にして戦
えばいい。正義の執行は自らの手で、という訳だ。
−−誰から戦う?私が今生の正義の代弁者となろう。私を倒せばここか
ら出られる。晴れて無罪放免だ。今の正義が正しいかどうかは私を倒し
てから論ずるがいい」
「ありゃりゃ、また殺しだけははっきりしてる世界ですよ」
Bはあきれ顔を隠さなかったが、どこか暗闇から一差しのレイピアが
投げ込まれ、それを軍人が拾いあげた。
「すべてがあいまいだとどうにもならんだろう?殺しだけが唯一の解決
手段にも思えてくる。−−そうだろう?」
軍人はそう言い返すや、レイピアを会社員たちへ向けて投げ放った。
受け取ったのは会社員ジュニアである。
ジュニアは少し戸惑ったが、やがて剣を構えて軍人と相対した。
「−−やるのか?」
Bが驚いてジュニアに振り返った。
「もうやるしかないでしょう?」
ジュニアは意外にも自分から納得して剣を構えた。断固たる態度をみ
せて対抗しようとしたのであるが、それは軍人の思うつぼでしかなかっ
た。
ジュニアが対戦の意志を見せるや、軍人の目がにわかに喜々としだし、
「決闘は海軍式だ。宣誓はいらん。分かるな?」
と言い放ち、すぐさま勝負に入った。
剣が交わされ、と同時に軍人の剣先が鋭く宙を切り裂いた。一瞬にし
てジュニアの左胸がつらぬかれ、ジュニアは反撃もできないままにその
場にうずくまってしまった。軍人は突き刺したレイピアを蹴って引き抜
くと、そのままジュニアを後ろに蹴り倒した。
「決闘は海軍式なんだ。分かるか?」
軍人はそう言い放ちながらジュニアの前に仁王立つと、ゆっくりとそ
の剣先をジュニアの右目へと定めていった。海軍式はどちらかが死ぬま
で終わらないデスマッチである。
「−−男らしく戦ったお前は楽に死なせてやる」
そう言い放つや、軍人はレイピアをジュニアの右目へと突き刺し、そ
して容赦なく奥まで押し込んだ。ぶっとい剣先が目の中へ押し込まれる
様は見せられて恐ろしかったが、それも剣先が脳幹に達っするまでだっ
た。すべての意識が吹っ飛び、ジュニアはそれで死んだ。
軍人はジュニアを確実に殺してレイピアを引き抜くと、間髪入れず、
AとBへ向けて構えなおした。
「−−次は誰だ?」
だがAもBもジュニアの剣を手にすることはできなかった。
「男らしく戦うこともできんのか?」
軍人は会社員2人を責めたが、二人はとても剣を手にすることができ
なかった。むざむざ殺されるだけである。
「友人を殺されて、剣を取ることもできんのか?−−やはり死刑だな」
軍人はそう冷たく言い捨てるや、二人に背を向け、ジュニアの剣を拾
い上げた。
「−−お前らにとっておきの死に場所がある」
軍人はまた言いだした。
「敵を殺している間だけ生き残れるデスマッチだ」
「−−ロシア戦線ですな」
不意に声がして、暗闇から一人の兵士が出てきた。
「新人の補充に参りました」
その兵士はそう言って軍人に敬礼すると、会社員二人に出向命令書を
手渡した。そこには
『−−出向命令書−−
任地;ウクライナ共和国・メリトポリ支社内
この命令書を受け取り次第、出向すること』
と書かれている。
「敵が今ウクライナで攻勢中だ。お前らもその相手だ。この戦争を起こ
した奴らと一緒に戦うがいい....」
軍人はそう言い捨てるや、暗闇のなかへ消えていった。
「ようこそ、東部戦線へ」
いきなり現れてきた兵士は会社員二人へ語った。
「今ウクライナはいいぞぉ。殺しても殺しても敵が攻めてくる。弾切れ
になるまで人殺しが楽しめる。ただそのあとは敵の銃剣に串刺しだがな。
興奮のあまりションベン漏らすぞ」
兵士は興奮もあらわにそう語りながら、二人へ軍服を着せていった...
−−教訓−−
タイプ13日の金曜日エラー。ダス・ドイッチェ・ライヒ!