#980/1336 短編
★タイトル (NKG ) 98/ 1/13 23:56 ( 99)
無題 らいと・ひる
★内容
「なあ、*歩さんの小説読んだか?」
彼は思いついたかのように、隣の男へと急に話を降る。
「ああ、『マリー』だっけ……違う『マリア』か。読んだ読んだ」
男は話しかけてきた相手の方を向き、首を縦に振る。
「けっこう面白かったよなぁ」
「話はありがちだったけどな」
男はちょっと不満げではあったものの、面白いという部分に異存はないらしい。
「どこがありがちだって?」
だが男の言葉が気になって、彼は訳を訊こうとする。
「たとえば女の子が空から降ってくるとかさ」
「たしかにありがちかもしれないけど、それは些細なことじゃないのか?」
「いや、俺はあれを読んだ時に宮崎駿のアニメを思いだしたよ」
「『ラピュタ』だっけ、うーん、似てるかもしれない。でもよ、シータは裸じゃな
かったぞ」
「だから思い出しただけで……そんなこと言ったら空から落ちてはこないものの、
『ターミネーネーター』なんか全裸じゃないか?」
男は冗談まじりなのかにやりと頬をゆるめる。
「全然違うだろ」
「まじめにつっこむな! 言ってみただけだ」
「話それすぎだって……」
彼は愚痴るように目を細める。
「たとえばの話だろ。だいたい裸の女の子と初対面で出くわす話なんていくらでも
あると思うぜ」
「こだわるなぁ、おまえは。でもよぉ、初めのあのシーンは物語のきっかけに過ぎ
ないだろ。いくら使い古されたパターンでも物語のメインはその後の話なんだから
さ」
「きっかけは重要さ。読者の気を惹くのに、よくあるパターンを使うのはマイナス
にしかならないと思う」
「おまえの作品論なんて聴きたかないよ」
「いや、大切なことさ」
「単におまえの好みの問題じゃねぇのか?」
「はははは。だからこそ大切なんだよ」
おとこは両手を腰に当てて高笑いするフリをする。かなりわざとらしい。
「おまえにはつきあってらんねぇな」
「はははは。キミはなぜ裸の女の子にこだわるのかね?」
まだ、芝居がかった口調で話しかけてくる相手。
「それは……」
裸と言われて彼の思考回路が停止する。が……
「お、おまえが先に言い出したんじゃないか!」
「ちっちっち」
わざとらしく口元で人差し指を振る。
「裸という言葉を出したのはキミじゃないか。ははははは」
彼はなんだかばからしくなり足早に男から去ろうとする。
「まったく本当につきあってられないな。先行ってるぞ」
その言葉で、男は元の態度に戻り彼に追いつこうと同じく早足になる。
「おいおい。冗談だって。つっこんでくれよ」
「さっきまじめにつっこむなっていったじゃないか。だいたい、さっきにキャラク
ター誰なんだよ?」
「俺のオリジナル」
「はぁ? オリジナルですかぁ?」
「ま、細かいこと気にすんな。それよか、早いとこ用事済ませちゃおうぜ。男同士
で歩いていても虚しくなるだけだよ」
「まあ、確かに。虚しいだけだ」
彼は男の意見にこの日初めて納得する。
「こんな日は酒でも飲んで早く寝ちまうのがいいさ。明日、早番だろ」
「そうだな、雪でも降りだしそうだもんな。明日に備えて今日は早く寝るか」
彼は空を仰ぎ、灰色の厚い雲の層を眺める。
「天気予報は都心部は雨って言ってたけどな。この空気の冷たさじゃ、雪になる可
能性は高いな」
「さっきの話の続きじゃないけどよぉ、空から女の子が降ってきたら自分の生活が
すべて変わるかもしれないなって、思えるんだよ」
「虚しい考えだな。何を期待しているんだ?」
「いや……裸じゃなくてもいいんだよ。あの物語の少女みたいに純粋な心を持った
子が現れたら、俺の荒んだ心も少しは癒されるんじゃないかって」
「夢見るおやじは似合わないぞ」
「まだ30前だぞ」
「おやじにはかわらんって。お互いにな」
「でもよ。おまえもそう思わないか? だいたい俺よりもおまえの方に現れた方が
いいかもな。そのひねくれた性格どうにかしないと、嫁さんもらえないんじゃない
か?」
「余計なお世話だ」
男の素の言葉がぽろりとこぼれる。痛いところをついてやったかな、と彼は少し
だけ仕返しができたことを喜んだ。
「女の子が降ってくるなんて所詮夢や幻かもしれない。でも、もし本当にあんな子
が空から降ってきたらおまえならどうする?」
「バカなこといつまでも」
「バカな話でけっこうじゃないか。いまさら気取った話なんてしたいか? しかも
男同士で?」
「わ、わかったよ。そんなに男同士というのを強調するな。よけい気が滅入る」
「だったら、少しだけ真面目に考えてみないか?」
「そうだな……」
男はようやく考える気になったらしい。右手で頭を掻きながら視線を宙に浮かば
せる。
その時、すぐ真後ろでズシンと鈍い音とともに何か液体のような物が飛び散り、
自分たちの足下をしめらせる。
そして、真っ赤に染まったルーズソックスが肉片とともに目の前に転がってくる。
「に、にしかわ?」
彼は震えた声で男を見る。
「え、えんどう。考えたんだけど……」
男の声も震え気味。そして言葉を続ける。
「降ってくるのは……雨と……雪だけでいい」
「そ、そうだな。現実世界で女の子が降ってくるのは……嫌だな」
彼らはさらに歩く速度をあげた。
了