#954/1336 短編
★タイトル (ARJ ) 97/12/ 5 18:56 ( 76)
お題>幽霊 みのうら
★内容
もちろんかあさんが気づいた。
とうさんの左腕にあった、大きな傷が消えているのだ。
最初に気づいたのは朝ごはんの時だった。かあさんが気づいたのでぼくも気
づいたのだ。
かあさんはぼくが気づいたことにも気づいたが、ぼくもかあさんも黙ってい
た。
でも夕飯のとき、とうとうとうさんが言ってしまった。
「半年前、冥王星航路で事故があっただろう? そのときだめになってしまっ
たんだよ」
それは古い傷で、かあさんがとうさんと初めてあったときもそこにあった。
ぼくはその傷を指でたどるのが大好きだったのだ。小さかったころ。
でも、その傷はもうない。
とうさんの体が「置き換えられる」のはもうこれで三回目になる。
とうさんがアストロノウツで一流のパイロットだってことは、ぼくとかあさ
んの誇りだけど、「置き換えられる」のはやっぱりいやなきもちだ。
とうさんは彗星だから、かあさんという太陽のまわりを大きな軌道で回って
いる。いまのところ一番離れたのは冥王星までだ。そしてまた帰ってくる。
最初に「置き換えられた」のは右手だった。地球軌道のコロニーで、エアロ
ックに挟まれて、それでも乗員を救助したとうさんのニュースは世界中を駆け
めぐった。ぼくが生まれてすぐのことらしい。
二度目は両足。これはアステロイド調査の時だ。たくさんの人が死んだけど、
とうさんは火星基地まで帰ってきた。おじさんはとうさんのことを「宇宙開発
のフラグ・シップだ」と言う。とうさんはすごいひとなのだ。
とうさんだけじゃないけど、一部のアストロノウツには実験の意味もあって
(と、とうさんが言う)体の「置き換え」が行われている。
だからとうさんは優先して救われるのだ。
月にある基地には、とうさんの遺伝子から作られた「置き換えパーツ」がい
くつかあって、とうさんがダメにしちゃった体は、そこで「置き換え」られる。
見た目はぜんぜん変わらないけど、やっぱりちがう。左腕の傷みたいに。
学校で、ぼくの生命はとうさんとかあさんのイデンシがまじりあって作られ
たのだと教わった。ぼくの半分はとうさんの「置き換えパーツ」なのだろうか?
考えると今でも眠れないので、考えないようにしている。
とうさんは新しい腕のリハビリもかねて、半年もうちに帰って来た。かあさ
んはいつもの疲れたみたいな顔がうそみたいに元気になる。その元気がうそだ
ってことを、ぼくは知ってるけど、それを言うとかあさん元気なふりもできな
くなるから、ぼくは黙ってる。ということを、母さんも知ってる。
物忘れがひどいとうさんは、どうやって宇宙船の運転を忘れないようにして
るんだろう? 「地球の上ではボけるものだ」ととうさんは言う。とうさんは、
なにか違うにおいのするひとだ。
かあさんは「生活している」のに、とうさんは「夢を食ってるだけ」らしい。
これはおばあちゃんが言う。
ぼくがこれだけ考えてるあいだに、新年が来て、とうさんは木星行きのロケ
ットに乗ることになった。ぼくだけが見送りに行った。かあさんは来ない。ぼ
くがとうさんのロケットを見るのは生まれてはじめてだ。
ものすごい音と、光と、爆発と、空気の粘膜がぼくをおそい、とうさんの乗
ったロケットはあっという間に消えてしまった。あの爆発のてっぺんに、この
ぼくのとうさんがいるのだ。
そしてとうとう、そのニュースをかあさんが見てしまった。
とうさんのロケットは、月に落ちた。
月の、「置き換えパーツ」がある基地までずいぶんと遠かったのだ。とうさ
んは「重大な傷害」を抱え込んだそうだ。みんな泣いた。迎えが来るのが、遅
すぎたのだ。空気が足りなかった。脳が
とうさんは、夏休みまえの、最初の日曜日に帰ってきた。