#943/1336 短編
★タイトル (UJC ) 97/11/21 15:51 (164)
当座サギSS 平山成藤2.0.3
★内容
『当座サギをタダ今上演いたしております』
あの看板がまた劇場の前に立った。
「……いつまで続けるつもりなんでしょうかね?」
会社員BはAに言った。
しかしAは受付のほうをうかがっており、既に入る気である。
「堂々と劇場でやり続けるとは大胆な」
Aが劇場に向かってはき捨てた。
「前衛芸術ですかね。くだらない劇を終わりなく繰り返すなんて」
「いや。頽廃芸術だな」Aの瞳がギロンと輝いた。
「アナーキストどもが考え出しそうなやつだ」
Bにはその瞳が少し気になったが、劇場に入っていくAのあとに続い
た。
しかしAは受付につくなり、
「芸術性のかけらもないな」
とだしぬけに言い捨ててから、受付嬢にチケット代を差し出してみせた。
受付嬢は困ったような愛想笑いをしながらも、チケットをAに渡す。
「芸術性のないところが、虚飾を廃した芸術なのかもしれませんよ」
Bは受付嬢をかばうように言いながら、チケット代を差し出した。代
わりにチケットを受け取る。
「混沌を表現するにも形式というものがある。これではただの無秩序だ。
見るにたえん」
Aはそうこき下ろしながら、看板をつついてみせた。
看板は劇名だけ書いてあるという、実に簡素なものであった。それが
前衛なのか、ただ単に予算がないだけなのかは定かではないが。
「そんな教条主義めいた言いようは嫌われるだけですよ。我々はモダン
な世代にいるんです」
Bは苦言を呈したが、
「前衛に与したのか?破壊の中にも秩序が必要なことが理解できないと
は貴様も堕ちたな」
などとAも反論して止まることがなかった。Aはそのまま目につくもの
をことごとく批判しながら、Bとともにらせん階段を下りていった。
劇場に入っても、二人の言い合いは続いていた。
「……だから、実証主義なんて19世紀に行き詰まってましたよ。世の中
を数字的につきつめた結果が世界大戦だ」
「バカな。万物を数量的に計測できなかったら、すべてが無秩序になる
だろう。物理法則も成り立たんぞ。それこそ前衛的だ!」
すでに話は芸術とは関係ないところにあった。
「万物を数字的に置き換えてこそ科学というものだ」
Aは自論を押し通すように言う。が、Bも負けていない。
「またユークリッド幾何学的な世界ですか?最近は相対性理論っていう
のもあるんですよ」
「あれはユダヤ人の思想だ」
そういうAの瞳がまたギロンと輝いた。劇場内は暗く、影しか見えな
いくらいだったが、なぜか瞳の妖しい輝きだけは見てとることができた。
Bにはその瞳の輝きが恐ろしくみえ、しばし返答に躊躇したが、
「−−わたしは好きですがね。相対性理論は。万物すべてを相対的に捉
えるという。時間すら絶対的なものではないと言うなんて、聞いただけ
で想像力がかき立てられるじゃないですか」
と自分の意見だけは述べた。が、それにもAは反論してみせる。
「バカな。時間が絶対的なものでなかったら、1+1=2の絶対法則も
成り立たなくなるのが分からないのか?1+1が2でないとしたら、我
々は一歩先に足を踏みだせるかどうかも定かでなくなるんだぞ。物理原
則の根底を覆している。まさに万物の秩序をブチ壊す発想だ。あの男が
ユダヤ人ときいて納得したよ」
「だからって、またユークリッド幾何学ですか?」
Bはさらに反論しようとしたが、上演開始のブザーが鳴りだしてそこ
までとなった。
「ははん。今日はこれまでとするか。
ではまあ、ジプシーどもの劇でも観てやろう」
最後のお言葉はそれで、Aも議論をやめた。あざけり笑うようにBを
見下すAの瞳は実に妖しいものであった。
『当座サギをタダ今上演いたしております』
と場内アナウンスが入り、劇は始まった。
劇の内容はこれまで見てきたものと全く同じである。同じ劇を見に来
ているのだから当然なのだが、Aはこれにもケチをつけていた。
「まったく、いつ見ても同じ、変わり映えのしない劇だな。同じ動きの
中にも新たな様式美がうち出せんとはな」
だがしかし、その日の劇内容はいつもと少し違っていたのである。
劇中の主人公は詐欺にあって、犯人が誰であるか捜していき、そして
犯人を突き止めるところまでは全く同じだった。
「私には誰が犯人であるかが分かったわ!」
主人公が叫んだ。
「−−またヤクザの登場だよ。今時チンピラやくざが詐欺はたらいてる
なんてステレオタイプな」
Aは舞台で熱演する主人公をもけなすように言い捨てる。だがそこで、
「それは貴方!貴方よ!!」
と舞台の主人公が叫ぶや、いきなりピンスポットがAに当てられた。巻
き込まれて、Bもその光の中に包まれる。
「そう。貴方よ!!」
主人公はもう一度叫び、その指先をAの鼻先に突き付けた。なんの脈
絡もなく、Aは当座サギの犯人にされてしまったのだ。
なんの理由があって詐欺犯に指名されたのか分からない会社員Aは、
驚きながら無実の同意を求めようと周囲を見回してみた。だがしかし、
これは場内が暗くて今まで気付けなかったことなのだが、会社員AとB
の周りはすべてどこぞの黒服たちで席が埋まっており、これまでずっと
二人は囲まれていたのだ。
「よお」
隣の黒服がAにほほ笑みかけた。
「じゃあ行くか」
別の黒服がそう行って、AとBの肩を軽くたたいた。二人は黒服に取
り囲まれ、抵抗むなしく壇上へ引き上げられてしまった。
舞台では、先ほどまでいたはずの役者たちは全員いなくなっており、
代わりに黒い制服を着た男たちがいた。警察のようなナチ親衛隊のよう
な彼らは会議机に腰掛け、重苦しい表情で二人を待ちかまえている。
AとBはその正面にある椅子に押しすえられた。二人の横にはボロボ
ロの軍服を着た男も座らされていた。しかし、いつの間にこのような場
面に変化したのかまったく不明である。
黒い制服を着た男の一人が静かに口を開いた。
「分かっていると思うが、これは軍事裁判だ」
突然のセリフにAもBもまったく訳が分からなくなった。
「これが軍事裁判なのか!我々には撤退の許可証もあるんだ!」
ボロボロの軍服を着た男が怒りだし、ちぎれた紙切れを正面の男たち
へ投げ付けようとして黒服に取り押さえられた。
「口を慎みたまえ、中尉。法廷侮辱罪になるぞ」
目の前に居並ぶ軍警察はあくまで冷徹であった。その隣にいる副官も
「君の師団長殿はもう戦死している。その撤退許可証も紙クズ以下だ」
と言って冷徹な笑みを浮かべていた。
「前線逃亡および命令違反、上官不服従。−−銃殺刑ですな」
別の副官が即決の判決を下してみせた。
「せっかくの昇進をフイにしたな」
「安心したまえ。軍人らしく死なせてやる」
その軍警察司令の一言で、ボロボロな中尉は黒服とともにどこか幕内
に連れ去られていってしまった。裏でピストルの音と男たちの絶叫が数
回とどろき、後は誰も裏から帰って来ることがなかった。
「次に会社員A」と軍警察司令。
「貴殿は前線において受付を守備する友軍を故意に口撃し、かつ陣地前
にある看板を不要につっついて辱めたな」
「−−前線における看板侮辱罪ですな」
と、副官の一人が即決の判決を下してみせた。
勝手に軍人にされているAは怒りだし、
「なんなんだ!俺は軍人だぞ!」
と絶叫したが、怒りのあまり、思っていることと言うことが全く逆になっ
てしまった。が、軍警察たちはその言い間違えに満足した。
「そうだろう」と軍警司令。
「であるのに貴殿はさらに、このような非常事態のときに軍務にはげま
ず、こんな劇場でうつつを抜かし続けていたわけだな?」
「戦時における職務怠慢は重罪ですな」
副官が言い放った。
Aは怒って立ち上がろうとし、黒服たちに取り押さえられた。が、取
り押さえられたまま、怒鳴りちらす。
「俺は軍人じゃないぞ!俺を殺す気か!」
しかし軍警察たちの言いようはあくまで冷たい。
「貴様も軍人なら、軍人らしい死に方を考えたらどうだ?」
「自分の非も認められんとはユダヤ人的な」
「毎日ジプシーの劇を観て喜んでいるのか?」
「安心しろ。軍人らしく死なせてやる」
観客席からも、
「祖国のために死ね!」
という声がかけられ、観客全員がそれに同調しだした。
「祖国のために死ぬのだ!ジークハイル!!」
誰かが客席から立ち上がり、その絶叫とともに右手を天高く掲げてみ
せた。
皆がそれを歓呼でもって応じ、
「ジークハイル!ジークハイル!ジークハイル!」
と大合唱を始めた。観客席から、次々と右手が天高く掲げられ、林立す
る銃剣のように鋭く舞台へ突き付けられた。
Aはそのまま反論も許されずに黒服に担ぎあげられ、幕の裏へと引っ
立てられていった。Bも腕を取られて担ぎあげられる。もはや罪状など
どうでもよく、彼の命も風前のともしびといえた。
まるで悪夢のようだった。
《当座サギSS・終》
−−教訓−−
タイプ13。dsIraqError。入ってないインタラプトがエラった。