AWC お題>ノックの音がした          周太郎


        
#878/1336 短編
★タイトル (CHX     )  97/ 8/25   1:12  (147)
お題>ノックの音がした          周太郎
★内容
 ノックの音がした。引っかからないぞと後ろの窓を見るとやはり
マキ子がいた。
「窓から来るなよ。」
「だってこの方が近いモン。」
「それにしたって、空を飛んでくるなよ。驚くじゃないか。」
「あら、しんちゃんが飛んできたって私なら怒らないわ。」
「俺は飛ばないよ。マキ子と孫悟空ぐらいだよ。」
「あら、うちは家族全員飛ぶわよ。」
 アイスクリームを食べながら平然と答えた。

 去年うちの裏に引っ越してきた古村家は変わっていた。全員エス
パーだったのだ。ある日マキ子が木の上に引っかかったバトミント
ンの羽を取るために空を飛んだのが間違いだった。勢い余って俺の
部屋から見えるほど飛んだのをたまたま目撃したことから俺の人生
は少し趣を変えた。血相を変えた彼女は俺を自分の家族の元へ引っ
張っていった。奥の間のふすまを開けると正装で居住まいを正した
隣人が慇懃な礼で俺を迎えた。不気味ではあるが俺の命を狙うため
に正装するとも思えない。どちらかというと結納という風情だ。
「そう考えて下さって結構。」
 大げさなヒゲが似合う50歳ぐらいの羽織袴の男が似合いの太く
大きな声で言った。手の甲や指にまで毛がもうもうとありこの様子
では胸毛どころか体中毛だらけだろう。田舎ではあだ名が「クマ」
に違いない。
「そろそろ現実逃避を止めて下さい。」
 静かだが凛とした声で小さな老婆が言った。
「あれを。」
 目配せをするとマキ子の母親らしい人が、うやうやしく大きな掛
け軸を広げ三つ指をついて礼をすると元のクマの後ろの席へ座った。
「真治さん、貴男は夷子新晃教をご存じでしょうか。実はコウホウ
大師様には御落胤がありその方こそが開祖というわけです。」
「弘法大師?」
「馬鹿者!高峰大師様じゃ。」
 顔を真っ赤にした老婆は怒りなのか、死にかけているのか肩を激
しく上下させていた。
「もう良いよ。長くなるから僕が簡単に言うよ。」
やはりクマのような若い男が面倒くさそうにでてくると、掛け軸を
指さしながら、
「平安中期から続いてるんだ。早い話がその辺の新興宗教とは訳が
違うって言いたかったの。代々エスパーでね読心術はもちろん瞬間
移動、飛行と何でもこいなの。うちは後継者の一門なんだけど派閥
とか駆け引きとか性に合わなくてね。奇跡を起こせる超能力者とし
ては誰よりも能力的に優れてるんだけど、宗教団体を運営する能力
は無いんだ。で、お気楽な一般市民としてやり直すことにしたの。」
 よく解らない。僕を宗教に勧誘するわけでもないし何の意味があ
るんだろう。
「うちの秘密を知った以上姉貴と結婚して貰うからだよ。」
 確かにこの少女は可愛い。が、それとこれとは違う。第一俺には
由美がいる。由美とこの少女の裸を想像してみた。うーん、やはり
由美の方が乳はでかい。
「由美さんなら今頃、永山さんとデートだよ。」
「えっ、あの巨乳趣味の永山か?くそお、一度会わせろとか何とか
言っておいてもう手を出していたのか。いつの間に。」
「アンタが無人島で溺れてたからだよ。」
「どうしてそんなに知ってるんだ。」
「それを言うなら10分前だろ。アンタが結納かと思ったとき父が
そう考えてくれといっただろうに。」
 俺の頭の中はのどかな日だまりをウグイスが飛び、ダチョウが走
り、海老が背筋をしていた。
「現実逃避するなよ。」
 子供の頃によく言われた言葉だ。そういえばお袋の一張羅ビロー
ドのワンピースを指で強く押して型押しのワンピースに変えてひど
く張り倒されたっけ。親父が止めたときのお袋の啖呵は今でも耳に
残ってる。(何言ってんのよ、アンタが安月給でなきゃ笑って新し
いワンピースの100枚や200枚買うわよ。引っ込んでて。貧乏
人には貧乏人の哲学があるのよ。)あのあと黙り込んだ父と俺をご
満悦の表情で眺めたよなあ。きっと最後の哲学って単語の余韻に酔
ったんだろうなあ。いや、論破した自分に酔ったのか。それにして
もお袋の金持ちのイメージは服を100枚買うって事なのか。いさ
さか貧困な発想だ。俺が金持ちになったら……
「姉さんこんな奴止めろよ。男はいくらでもいるよ。」
 若いクマはイライラし始めた。
「良いじゃない。あんたと結婚するでなし。大体周太郎、あんただ
って薫子やすずなのフォルダを作ったあとでIDに気がついて凄く
怒ってたじゃない。永山の敵はあんたの友よ。あたしが気に入った
男と結婚してあげるから好きなこと出来るんでしょうが。」
 俺はこの時を待っていた。
「やはり罠だったか。おかしいと思ったんだ。やい、こんなふざけ
た脚本を書いたのは誰だ。クサイ芝居しやがって。」
「えっ、自己倒錯の世界に入ってたんじゃないのか。」
 周太郎は驚きを隠せないでいた。俺は思い切り鼻で笑いながら尊
大なホームズになって謎を解いた。
「SF読んでりゃいざって時の対応ぐらい出来るんだよ。いくら何
でも正装になるのに5分やそこらじゃなれない。ピンときたね。そ
の上周太郎君、きみが読心術といったところで俺の心は決まったん
だ。読心術ができると自惚れてしまった為に読めなくなったという
のもいささか皮肉めいているがね。」
「お見事じゃ。さすが婿殿。」
 特殊メイクの婆さんのような本物婆さんが膝を叩いた。
「でしょう。この人スケベだから子供も沢山作るわよ。家運は衰退
しないわ。」
 褒められているのか貶されているのかよく分からなくなった。
「あら、私まだ二十歳だからこれから胸も大きくなるわ。由美さん
の事なんか忘れた方が良いわ。もう女としては下り坂の人よ。それ
にやり直す見込み無いでしょ。携帯も通じないでしょ。彼女男が変
わる度に電話も変えてるのよ。」
 あどけない顔に不似合いのはすっぱな言葉を続けた。ぐったりと
した俺を膝枕に乗せると耳掃除をしながら子守歌を歌い始めた。俺
は安らかな眠りに引き込まれたのだった。

 目が覚めるとベッドの中だった。中年のクマが枕元に立っていた。
「責任はとって貰うよ。」
 隣を見ると殆ど裸のマキ子がいた。何処までもあざとい家族だ。
美人局アナをわざと”つつもたせアナ”と読むような連中だ。しか
し、マキ子はなかなかいい女になりそうだ。俺ははめられた振りで
頭を下げた。

 「ねえ、後悔してる?」
 アイスクリームを思わせぶりに舐めながらマキ子は屈託のない笑
顔を見せている。こんな可愛い子がどうして俺に首っ丈なんだろう。
肝心な言葉を言い出せない俺にとって最高の恋人だろう。
「ねえ、それより大変なの。周太郎が空を飛べなくなったの。」
「いいじゃないか。一般市民としてやり直すんだろう。」
「違うのよ。最近小説を書き始めてね、武闘さんとかいう人の指導
を受けてるの。その人北朝鮮より軍備が整ってるらしいの。ライタ
ー代わりに火炎放射器使うんだって。女にモテタイ一心で源氏物語
セミナーにも通い始めたことを見破る達人らしいの。エスパーかも
しれないわね。でね、空を飛びながら発想を煮詰めると良い小説出
来るんじゃないかっていうの。」
 そこへ青い顔の周太郎がふらふらと飛びながら来た。
「どうも、お兄さん。事情は知ってると思うけど、ダイエットして
体重減らせば良いかと思ったんだけどそうじゃないみたい。何か良
い知恵無いですか。」
 俺は押入の雑誌を破ると林家こぶ平の写真を持たせた。
「あれ、安定する。」
 そうだろう、奴の落語は落ちない。しかし身動きがとれない。い
ちいちヒロミを呼ぶわけにはいかない。一緒に持たせては落ちが付
く可能性がある。そうだ弟の一平はどうだろう。
「ぎゃー」
 すとんと落ちてしまった。何故なんだ。いや、浮かびもしないと
いうことか。だとすると…。俺はコツが分かってきた。そうだ穂波
さんの例の短編。落ちないだろう。これで人間関係が壊れたらどう
する。いや丑の刻参りなどされてはかなわん。ふっ、俺は自分を笑
った。穂波さんの用意するワラ人形は鶏卵素麺で出来ているし、五
寸釘だってポッキーだろう。たかが知れている。大体フレッシュボ
イスでなく作品中に落ちないだのおしかりをだの書いてるって事は
誰かつっこんでーという強烈な意志表示な筈だ。姿の見えなくなっ
っていたマキ子が息を切らせて戻った。
「これを持って!」
 周太郎の胸元になにやら押し込むと逆フリーフォールで空に舞い
上がった。新型ステルス以上の加速だ。
「何を持たせたんだ。」
「大丈夫かしら。真空で呼吸できたかしら。」
 そんな問題じゃないだろう。いったい何なんだ。
「志ん生師匠の写真を逆さまに入れたの。」

  おあとが宜しいようで。テケテンテン……





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