#818/1336 短編
★タイトル (YPF ) 97/ 7/ 9 21:56 ( 80)
お題>無人島 不知間
★内容
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無人島
不知間 貴志
夏の、島のまんなかに私がみつけた、白いサイコロのような
部屋は、かなり素敵な場所で、いつく理由は十分だったのだけ
れど、結局飽きた。自分の声が返ってくる反響が嫌い。好きじゃ
ない。金網で出来た門。そして、その針金は赤く錆びていて、
さらには、表面にうす青いビニールかプラスチック製の膜が、
カサブタのように剥離しかけていて、、私の白いマニュキアを
丁寧に塗った指(時間がかかった)で、はじいてみると、パラ
リと落ちて、裏側から、信じられないほど小さな蜘蛛が一匹這
いだした。
だいたい、この島の、端から端まで簡単に歩ける。それでも
私は、バスに乗りたいと望んだ。するとバス停が出来た。そう
だ。私が望むものは、この島では現実に染み出してくる、それ
が基本的なルールだった。
トンネルに消えるように、ゆるやかに右にカーブした舗装さ
れた道路。きっと島を一周しているのだ、と思うと、そのよう
になった。らしい。だいたいメンドくさがり屋の私だ。調べる
気もおこるはずもない。
バス停の側のガードレールが白くて暑い。そこに、私はこし
かけてみる。白い日傘。白いつばの大きな帽子。時々ふきとば
されそうな風が吹くときがある。逃げ水が、遠くにみえる。
錆びた井戸のポンプ。倒れた物干しの柱。根元にこれもまた
錆びた犬の鎖と首輪と、倒れた三輪車がある。これを望んだ私
は、たぶん別の私。いまはどうしているだろう。”彼女”は、
ある日、冷たい棺を望んだのだろう・・・たぶん退屈して。
私は? まだ大丈夫。影は強いコントラストで足元にある。
日差しが強い。UV塗っててもあまり意味が、無い。ふぅ、
と、サンダルの、右足の指を見ながらため息をつく。
耳の穴の縁をほんの少し押される感じに続いて、金属音がだ
んだんと大きくなる。空からだ。空をみると、一瞬私の虹彩が
反応して(ああ、これって面白いな)、暗くなってめまいがす
る。
黒い戦闘機の編隊がやってくる。F15Jが五機、威圧感を
まきちらしながら、私の真上を通過して、すこし後に音を引き
連れていく。地平線に消えていく。さらに、少し後に味をしめ
たように、輸送機ギャラクシィが三機。
(上手から下手に、彼らは消える。F・O)
列になって、帯のように、私の脳が記憶しているらしい戦闘
機、全ての編隊が通り過ぎた後は、耳がかわった感じになって、
少しあたりを静かに感じる。
なんだか急に笑いが込み上げてくる。私はこの島に一人いる。
ほら、顔をあげてごらん。大丈夫。ダイジョウブだから。
バス停の前に座っている一人の女性が私の役回り。目の前に
は、道路をはさんで向こう側に、玄関の引き戸にバッテンの形
で薄い板を打ちつけられて、廃屋となった、たばこ屋兼住居が
ある。庭にはホコリだらけのベビーカーと、からからに乾燥し
た犬の餌の皿がある。
強い日差しの中で、表札の跡が柱の上に残っているのが見え
た。放り出されたソファ。クッションやバネは、とうに飛び散っ
ている。
(ここでバサバサと、大きなカラスが鳴かずに飛び去る)
別の私がそれを望んだのだろう。けだるくて、静かで、そし
て絶望的な状況で、それでも空に目をむければ、雲もない。べっ
たりとした、ペイント・ソフトで塗りつぶしたようなPCの画
面の空の青。すこし黒ささえ感じる。その中へ落ちていくよう
な錯覚もある。
結局、私は、あの物理学者の考えた猫だ。誰かが私を覚えて
いてくれて、しかも私をそっとしておいてくれるのならば、私
は私を、この島から、変わらずにあなたの為に綴り続けること
ができる。ある日、毒も呷らずに済む。
いいえ、それでは物語を終わらせるには簡単すぎる。私は私
自身のことを自分で覚え続けることも選択できる。もう一人の
私はそれでここにとどまれる。このどこにもない真夏のままの
無人島で、今日も夕べをまとう。
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1997.7/9