AWC 「目指せ、無人島」


        
#799/1336 短編
★タイトル (HMM     )  97/ 6/15  17:44  ( 90)
  「目指せ、無人島」
★内容

 断っておくが、あの当時のおれは本当に正常じゃなかったんだ。とことん弱
ってたんだ。とことんな。そこにあの男が表れたんだ。「無人島に行きません
か?」ってな。その時おれはとことん弱りきってたんでな、だからつい、返事
しちまった・・・・。まぁいい、あんたもいきなりこんなふうに話し出されて
わけがわからんだろうから、初めから話してやるよ。順を追ってな。あんた、
知りたいんだろ? なんでおれがこうなっちまったか。あの男は一体何者なの
か。それを記事にするつもりなんだろう? だったら耳の穴よ〜くかっぽじっ
て聞いてるんだな。最後まガチッ。

 小型カセットプレーヤーの停止ボタンが押され、次いで巻戻しボタンが押さ
れた。「さぁ、いくらだ?」

 本紙の号外記事から始まった、一連の無人島騒動もここにきてようやく修ま
りをみせてきた。そこで唐突ではあるが、今まで種々の理由で極秘としておい
たカセットテープの入手経路を、明日から10日間に渡り克明にその細部まで
公表していく。冒頭のくだりはその導入部である。それからもわかるように、
本紙の暗い部分にもどんどん切り込んでいく。本紙にとってはイメージダウン
となるかもしれないが、敢えてその泥を被ろう。読者の知りたい情報を正確に
伝える、それが新聞の役目なのだから。明日からの連載をお楽しみに。

 以上があの大新聞社の没原稿だ。この原稿を書いたA記者(27)は憤慨し
てこう語る。「あの連載記事をやらしてくれない、その体質自体問題にすべき
なんですよ。政治家や大企業の汚職ばっかり追いかけるだけじゃなくて、新聞
社そのもののダーティーな部分てのも、もっと記事にしなきゃフェアーじゃな
いと思うんですよね」それに対して大新聞社の方は「いやーその原稿を没にし
たのはですね、別にわが新聞社が犯罪まがいのことをしているとか、内部告発
を恐れているとか、そういった特別な理由ではなくてですね、わざわざ記事に
するようなものでもないと、記事にするには少し弱いかなと、まぁそう判断し
たわけなんですよ」(社会部担当デスク談)ということらしい。この一件が引
き金になったのか、A記者はこの夏会社を退職するという。「まぁ彼も若いか
らいろいろあるんじゃないですか」(前出:社会部担当デスク)無人島騒動の

余波がここまで来たかという感じである。A記者の今後の健闘を祈る。

 上の文章を読んで、あなたが思うことを1200字以内で書きなさい。

 問題用紙が前の席から後の席へと順々に手渡されていく。全ての生徒に行き
渡ったところで先生が口を開く。
「いいか、これが今日の宿題だ。月曜日に持ってこい。忘れるなよ」
 生徒の一人がすかさず口をはさむ。
「先生、これ多すぎるよー」
「多いか? でもな、これ宿題作るのも大変だったんだぞ。昨日なんか、先生
ほとんど寝てないんだからな。俺がこんだけが頑張ったんだからお前等も頑張
んなきゃダメだぞ」
 一番前の席に座っている眼鏡をかけた女の子がおずおずと手を挙げる。
「あのー、先生」
「ん?どうした」
「二行目の、表れるって漢字、間違ってると思うんですけどぉ」
「二行目?」
「はい、ここは、この表れるじゃなくて、現在のゲンの方だと思います」
「あーそうかそうか、そうだな。でもまぁあんまり小さいこと気にすんなよ、
先生も徹夜してこの宿題作ったんだから、間違いの一つや二つはあるさ。だか
らみんなも、これは国語の宿題じゃないんだから、みんなのものの考え方をみ
るための宿題だからな、誤字や脱字なんか気にしないでーえー気にしないでぇ
ーと、何だったっけ」

 「ハイ、カット!!」監督の声がスタジオ内にこだました。その声に今までピ
ーンと張り詰めていた空気が、とたんにゆるんだ。「すいません、すいません
」先生役の男優はしきりに頭を下げた。「じゃあ、もう一回いきます。宿題集
めて。ハイ、OK? カメラさんOK? 照明さんいいね?」ゆるんだ空気は
また徐々に徐々に張っていく。そして張り過ぎた空気が今にも切れそうな瞬間
、監督の声が再びスタジオ内にこだました。「よーい、ハイ!!」カチコン。

 「ちょっと、何ですかこれは。私は無人島を舞台にした小説をお願いしたん
ですがね。どんどんどんどんかけ離れていくじゃないですか」
 若い編集者は不満だった。何故こちらの注文通りに書いてくれないのか。原
稿料に不満でもあるのか。いや、そんなことはない。ちゃんとそれなりの額は
払っているのだ。この人はいつもそうなんだ。こちらの注文通りに書いたため
しがない。よくこれでプロといえるもんだ。
 「いやー、ご免ご免。最初はそのつもりで書き出したんだけどね、ついつい
筆がすべっちゃってさ、違う方向に進んでっちゃったね」
 若い編集者は思わず、ため息をついた。
「ハァー、それじゃあこの作品はもう無人島小説にはならないんですか? も
しかしたらこの後、どうにかして無人島小説になるんじゃないかと、少しは期
待はしてたんですがね」少しとげとげしい言い方かもしれないが、このぐらい
言ったほうがいいだろうと編集者は判断した。
「いや、それは無理だよ。もうここまで離れちゃったから。強引にやろうと思
えばできないこともないんだけど、それじゃホラ、ここまで巧くもってきたの
に、もったいないじゃない。不自然になっちゃあさ」
「困りましたねー。そういうことならまた新しく一(いち)から書いてもらわ
なくちゃなりませんね」
 小説家は一瞬残念そうな顔をしたが、すぐに元の軽薄そうな顔に戻った。
「少しもったいないけど、それもそれでいっか。よし、この小説はこれで終わ
り      

 「終わりかいっ!!」人の居るはずのない無人島で、そんな声を聞いたカモメ
が、夕日に向かって羽ばたいて行った。

                               終




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