AWC お題>無人島>無人島1       如月


        
#795/1336 短編
★タイトル (LPF     )  97/ 6/10   7:38  ( 55)
お題>無人島>無人島1       如月
★内容
「ちょっといいですか」
 島利男はいきなり目の前にマイクを突き出され、一瞬状況がつかめなかった。
「あなたが無人島に行くとして、何か一つ持っていくとしたら何を持っていき
ますか」
 島は、自分の顔から音を立てて血が引いていくのがわかった。懸命にめまい
をこらえながら、後をも見ずに駆け出した。
「やっぱり死のう」
 窓の手すりに洗濯ヒモを結びつけ、もう一方を首に結わえて、いざ窓の外へ
飛び出そうとしたその時、電話のベルが鳴った。しばらく迷った末、首のヒモ
をほどいて、島は受話器を取った。
「おう。無人島か。俺だよ、俺。谷口だよ。6月23日にこっちでクラス会や
るんだけどさ。お前も帰って来いよ」
 どうせまた酒のつまみのさらし者にされるだけだ。
「いや・・・・・・。ちょっと試験前で忙しいから・・・・・・」
 島は、やはり電話に出なければよかったと後悔しながら、小さい声で答えた。
「なんだよ。相変わらず虫だな、お前は」
 さんざん嫌みを言って電話が切れても、島は受話器を握ったまま宙を見据え
て立っていた。
「どうしても一生ついて回るんだ・・・・・・きっと」
 島は周りからなんと言われようとガリ勉を通した。本当は人付き合いを避け
るために何かに没頭するほかなかったのだ。その甲斐あってか、東京の有名大
学に合格し、石川から上京したときは、これでやっと自分の人生が始まると思っ
ていた。
 島の腹にはちょうど中央あたりに黒い茂みがあった。別に毛深いわけでもな
いのに、何故かそこだけ黒々と密集した体毛が生えているのだ。それも握り拳
ほどの大きさがある。おまけに、島という名字もいけなかった。
 中学一年の時、偶然それを見た級友が、名前と重ね合わせて、無人島だ、無
人島だとからかった。案の定、翌日には学校中に広まっていた。それ以来ずっ
と、島は「無人島」と呼ばれ続けてきた。高校は少し離れたところに行ったが、
何故かそこにも伝わっていた。
 上京して、もう自分のことを「無人島」と呼ぶ人間はいないという思いと、
彼女が出来た喜びに有頂天になっていた島は、ついコンパで飲み過ぎ、我を忘
れてしまった。
 彼女は去り、「無人島」は帰ってきた。
 島の春はたったの2ヶ月で終わった。
 島は頭を大きく振って、もう一度気を取り直すと、またヒモを首に結んだ。
そして、思い切り二階の窓から飛び降りた。
 ぶちっ、と大きな音がしてヒモは切れた。島は安アパートの裏庭に見事に着
地し、ケガ一つ負わなかった。
 洗濯ヒモの切れっぱしを見つめながらしばらく呆然としていた島の心に、情
けなさを通り越して何かすがすがしいものが湧き上がってきた。いつの間にか
島は大きな声で笑っていた。ヒモが切れた瞬間に、島の中でも何かが切れたよ
うだった。島は首にヒモを巻き付けたまま、いつまでも笑っていた。腹の底か
ら笑っていた。
 翌日、島は旅に出た。
「かんぱーい」
「おい、谷口。見たかよ、昨日のニュース」
「おお、見た見た。あいつ、試験前だとか何とか言ってやがったのに。なんで
あんなとこに」
 話題の尖閣諸島の一つ、北小島。一人の男が上半身裸になって、海に向かっ
て立っていた。
「はい、こんにちは。無人島でーす。よろしくお願いしまーす。いやあ、昨日
ちょっと無人島に行って来まして。釣りをして、さあ刺身でも食べようか、と
思ったら醤油がきれてまして。んで、ちょっくらお隣さんに・・・・・・」
 男は海に向かって一人、漫談の練習をしていた。




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