#763/1336 短編
★タイトル (GSC ) 97/ 3/31 10:20 ( 56)
フリー随想 『水道道の桜』 [竹木貝石]
★内容
私の家から500メートルほどの所に、「水道道」と呼ばれる緑道がある。
名古屋地方一帯の水道水は、木曽川の遥か上流から綺麗な水を引いて来るので、飲
料水としても大層美味だと言われている。
この源水を名古屋市の浄水場へ運ぶ為の本管が、私の住む守山区の『水道道緑道』
の地中を通っているのだそうだ。
要するに「水道道」は、源水の通り道の上を整備して市民の散歩道にしたもので、
道幅約6メートルの両側に並木と花壇が設けられ、四季折々の樹木や花々が楽しめる
憩いの場所となっている。
午後、風は少しあったが天気がよかったので、妻と二人で水道道へ花見に行ってき
た。
桜は八分咲きからほぼ満開に近く、普通の桜の他に枝垂れ桜・山桜・小米桜らしき
物もあって、私は手の届く範囲で花々にそっと触れてみた。樹の幹の手触りにもそれ
ぞれ特徴がある。
水道道に接して「山下公園」があり、末娘が小さい頃、私と二人でよく遊びに来た
所だ。
ブランコ・滑り台・ジャングルジム・砂場・シーソーは勿論のこと、小高い「山」
が作ってあって、よじ登ったり滑り降りたりした思い出は懐かしい。
特に、土管の三段式滑り台が大好きで、娘がてっぺんから渦巻型のコースを勢い良
く滑り降りて来るのを、父親の私が下で待っていて受けとめるのだった。
「我が子は三歳までに一生分の恩返しをしてくれる」
と言う名言があるが、私の場合、子供が小学生の頃にもよく一緒に遊んだものだ。
今ではそれらの遊具は取り壊され、遊園地は模様替えされたし、幼かった娘も、こ
の春高校を卒業して、1週間前から会社に出勤するようになった。
公園の一角に「香りの園」というコーナーがあり、ここは昔ながらの佇まいを残し
ている。
視覚障害者の為に、香りのよい木や花を植えてあり、親切な点字案内板と、手すり
の各所に「タイサンボク」「キンモクセイ」「くちなし」「ロウバイ」……と点字の
表示があって、この季節、沈丁花が香気を漂わせている。
もう一度水道道に戻って桜を観賞した。
この付近の桜並木は、以前に娘が走っていって木の本数を数えたら、確か、21本
在ったと記憶している。
ここ守山区は、昭和38年頃名古屋市に合併したが、のどかな田舎の風景が随所に
残っている。
川幅数メートルの用水路は、最近整備されて、ここも散歩道になっており、川縁に
花々が植えられ、橋の上には釣りをしている子供の銅像がある。
橋の下に降りると、辺りは静かで、小鳥のさえずりが聞こえてくる。
妻はしばしの間、川面を泳ぎ回る無数の魚を眺めていた。
帰りは「寿昌山大永寺」に立ち寄ることにした。
新しく建てられた鐘楼門の上には、直径1メートルの釣り鐘が上げられ、枝垂れ桜
の大樹の根本には花びらが毛氈のように敷きつもっていた。
門を入るとすぐの所に私の愛する銘木が2本あり、「守山区32号の銘木」と書い
た立て札がある。
本堂に向かって、道の左側に樹齢350年の「犬槙」、道の右側に樹齢460年の
「羅漢槙」がそびえ、犬槙は一抱え半、羅漢槙は約二抱えもの太さがあって、幹には
コケが分厚い衣のように密生している。
460年前と言えば、種子島の鉄砲伝来よりも古い時代なのだ!
[1997年3月30日 竹木貝石]