#671/1336 短編
★タイトル (AVA ) 96/10/24 21:40 (118)
呪われた球界 香田川旅出
★内容
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
呪われた球界
香田川旅出
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
※この物語はフィクションであり、実在の人物、団体等、特に日本
プロ野球界とは、全く何の関係もありません。
10月X日、スーパー・リーグはフロンティアーズの史上稀に見
る大逆転優勝で、その幕を閉じた。しかし、祝勝会のあと、島野監
督はホテルの一室で一人頭を抱えていた。あのいつものネアカぶり
が、この時監督の表情からは完全に消えていた。
「何も相手がリバイバーズの時に優勝しなくても……。3、4位辺
りをウロウロしてた頃は内心『助かった』と思ってたのに……」
別に島野監督は、今季一足先にハイパー・リーグを制したリバイ
バーズの力を恐れた訳ではない。それどころか、フロンティアーズ
は数年前からFA制度をフル活用して他球団から主力選手を片っ端
から引き抜き、戦力だけなら12球団中ダン突。本当なら、今季こ
んなに苦戦する方がおかしいぐらいなのである。
「ここまで来て、今更選手にシリーズに負けろとはとても言えんし
……。俺は……俺はまだ死にたくない!」
実は今年、球界内部ではこんな妙な噂が密かに伝えられていた。
――リバイバーズをいじめたチームは、呪われる。――
その「呪い」は、既に昨シーズン終了直後から始まっていた。
昨年のハ・リーグ、最終的に初優勝したリバイバーズを最後まで
追走、最後の直接対決も全勝してリバイバーズの本拠地胴上げを阻
止したドルフィンズは、シーズン終了後、岡村GMと半田監督との
対立が表面化。半田氏から監督の座を奪い、自身に近い園部氏を新
監督に据えたGMは「これで来シーズンは優勝」と豪語したが、結
局今年は一度も優勝争いに加わらないまま下位を低迷。シーズンが
終了した途端、今度は岡村派が全員ドルフィンズから一掃されてし
まった。
「ID野球」で昨年のス・リーグを制し、ファイナル・シリーズ
でリバイバーズを一蹴したハッカーズは、今季開幕前から怪我人が
続出しチームはガタガタ。真っ先に優勝争いから沈没した挙げ句、
野鹿監督はオールスター直後に休養してしまった。
表向きの原因は体調不良だが、オールスター第3戦、ハ・リーグ
を率いるリバイバーズ・大原監督がファンサービスも兼ねて、自チ
ームの主砲で高校時代は主戦投手でもあった鈴村ジローをマウンド
に送った時、これに反発したス・リーグ・野鹿監督が投手を代打に
送って対抗。この野鹿監督の行為が、実はジロー・ファンだった球
団オーナーの逆鱗に触れ、即刻解任した――というのが真相らしい。
更に「呪い」は、オールスター頃まではハ・リーグの先頭を走っ
ていたウォリアーズにも及ぶ。後半戦のさなか、何と植西監督がマ
フィアに拉致されるという事件が発生。幸い監督はすぐに解放され、
チームにもさして影響はなかったのだが、拉致事件の捜査が進む過
程で、あろうことか監督の娘がそのマフィアの協力者だったことが
発覚。こうなってはもはや監督業どころではない。リバイバーズと
の天王山を前に、植西監督は退団に追い込まれてしまった。
「さーて、打順はどうしてやろうかな。取りあえず、3番はジロー
でいいとしてと……」
一方、島岡監督の苦悩を何も知らず、大原監督は自宅でシリーズ
の戦略を練っていた。そこへ電話のベル。
「はい、大原です」
「クワルデン神殿の小西です」
電話をかけてきたのは、球場の近所にある神殿の神官長だった。
キャンプ初日には、毎年ここで必勝祈願をするので、すっかり顔な
じみである。
「ああ、神官長さん、いつもご無沙汰です」
「いや、こちらこそ。ところで大原さん、今年のシリーズ、絶対に
勝てるかね?」
大原の陽気な声に対し、小西の声はどこか暗かった。
「そりゃ、自信はありますけど、勝負事ですから絶対にと言われま
しても」
「頼むよ。勝ってくれんことには、こちらとしても」
「どうしたんです? さっきから随分声が深刻ですけど」
「深刻にもなるよ。これ以上は、もはや私の力ではどうにもならん」
「それって……まさか」
「そのまさかだ。昨年の震災で亡くなった5万人の呪い、どうにか
リバイバーズにだけは降りかかってこないように抑えてきたが、も
はや限界に近付いてきている」
「はあ……」
冒頭の呪いの噂は、勿論大原の耳にも入っていたが、全く本気に
はしていなかった。ライバルがどんどん勝手に崩れていくのも、単
なるラッキーぐらいにしか考えてなかったようだ。
「去年もそうだった。大原さんには黙っとったが、リバイバーズが
シリーズを落とした時はもう神殿では大騒ぎだった。『来年は絶対
やってくれるから』とか何とか言って、とにかくなだめまくって、
どうにか抑えたが。そしたら連中、呪いをライバルチームの方に向
けおった。今年ドルフィンズやハッカーズが低迷したのも、ウォリ
アーズが突然崩れた挙げ句、あんな事件が起こったのも、前半独走
していたボンバーズで、急に主力が総崩れしたのもそのせいだ」
「あれっ、ボンバーズはス・リーグですよ。うちには何の関係も」
「そんな理屈が通る連中かね。あいつら、他球団全部敵だと思い出
して、もうやりたい放題だ。勿論ジャガーズの監督人事のゴタゴタ
もな」
「何てことを。あの時は、ジャガーズも言わば被災者なのに……」
「とにかくあいつら、もうリバイバーズのシリーズ制覇しか眼中に
ないということだ。はっきり言おう。リバイバーズがファイナル・
シリーズに勝てば、呪いは過ぎ去り、もう何も起こらん。これは確
かだ。しかし、もし落とせば……」
「落とせば……?」
大原の受話器を握る手が、ガタガタ震える。血の気も既に退いて
いた。
「今まで他球団に向かっていた呪いが、まとめてリバイバーズに跳
ね返ってくる!」
「……ってことは、一気に最下位」
「そんなもんじゃ済まんよ! リバイバーズ自体がつぶれ、そして、
考えたくないが……監督、コーチ、選手、フロント……とにかく球
団関係者全員の命も、もはや保証できん!」
今年のファイナル・シリーズは、リバイバーズがフロンティアー
ズを敗り、初の栄冠を手にした。フロンティアーズの監督や選手に
どこか覇気が感じられなかったのとは対照的に、リバイバーズの戦
いぶりには鬼気迫るものがあったことを、観客の誰もが感じていた
が、そこにどんな背景があったかを、一般の野球ファンは、誰一人
知らない。
<了>