#641/1336 短編
★タイトル (RVN ) 96/ 8/26 0:33 ( 66)
お題>うみの苦しみ/水口そうみ
★内容
う・み・の・く・る・し・み
水口そうみ
一
うみだされてきたものは、自らが多大なる努力と苦しみの結晶であるということを
、いつ知ればイイノダロウカ。
二
民宿で、4人の仲間が麻雀をしながら話をしていました。
南場にいる、作曲家の卵が言いました。
「曲を作るときは苦しいさ。だけどな、苦しいからって、まあいいや、これで。と思
ったらダメだな。もっとこうすりゃよかった。なんて、作った後に余計苦しんじまう
。要するに、産みの苦しみは、少しでも多くしておくべきだと言いたいね。」
北場にいる、記者の卵が言いました。
「でも、どれだけ苦しんだ力作でも、世間が振り向かないと、なんにもならない。苦
心した分、逆にショックも大きい。ふとしたひらめきが、大作を生むこともある。」
西場にいる、写真家の卵が言いました。
「だから感性磨けよ、感性。一つの作品に悩むより、自分の腕を上げる苦労をしろよ
。たくさん創って、何がいいのか分かれば、楽にできるんだからさあ。」
東場にいる、売れない画家が言いました。
「あ、それ、ロン。」
三
のんびりしたいね? 苦しんだ後は。
いいのを産めば、詩でも曲でも息子でも、ずっと面倒見てくれる。強運持った天才た
ちは、悠々自適の印税生活。あとを継ぐ者立派なら、夫婦揃ってラクインキョ・・・・。
四
「くるしい? 確かに、産みの苦しみという言葉はあるけど・・・・いや、俺は楽しい
よ。ここをどうしようか、どんな言葉がぴったりくるか、そういうことで悩んで、一
つのコピーを作る時間が、俺にはとても充実した時間でね。この仕事の面白さは、そ
こだろうな。」
男はベッドでそう言った。
「ふうん。私はね、ほら、山に登って頂上から眺めを見た時みたいな、苦痛の後に待
ってる快感みたいな、それが楽しみかなって、産みの苦しみって、その快感を増やす
苦しみかなって・・・・・・」
女はベッドでそう言った。そして、男の胸に顔を寄せ、こう続けた。
「でも・・・・・・産むのと作るのは・・・・チガウ。」
五
ルージュを引いて化粧を済ませ、出産間近の妻はこう言った。
「赤ちゃんが初めて見るママの顔は、1番綺麗でなくちゃ、ね。」
そして、一緒に立ち会う私にも、1番高かった服を着ろと言う。
「何を着たっていっしょだよ、俺はあの手術の時に着るような服をかぶるんだから
・・・・・・。」
十数時間後、元気な産声とともに、新しい生命が誕生した。
妻は、看護婦に抱かれた赤子を見て目に涙を浮かべ、私にも見せたことのないような
笑顔を見せた。
「私の赤ちゃん、コンニチハ。」
六
将来、もしかすると、何の苦痛や努力もなく子供が産める日が来るかもしれません
ね。でも、もし本当にそうなったら、少し寂しいなという気がシマセンカ。
七
みずをたたえた大きな海。生物全ての生みの親といえるだろう。母なる海は、多く
の子供達を産んでいった。しかし、その恩を忘れた末っ子は、母や兄弟達を苦しめ続
けている。母は、そんな愚かな末っ子の行為を、ただ黙って見続けていくより他はな
い。うみの苦しみは、そういうところにあるのカモシレナイ。