AWC 清き音達の意志−−いちきゅうきゅうろく   なか゛やま


        
#637/1336 短編
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清き音達の意志−−いちきゅうきゅうろく   なか゛やま
★内容
「私、あなたを愛しています」
「君。そう言うのは君の勝手よ。しかしね、こちらにはこちらの趣味嗜好って
ものもあるし」
「私に何か不足していますか?」
「不足と言うか……そういう対象としては見ていなかったからなあ」
「それなら。頼みますから、対象として見て。ねえ、いいよね?」
「そんなに言うんなら、考慮してみるか。うむ。異国の空の下、こうして何か
の縁によってお会いした運命を信用してみようか。よし、お付き合いをしてみ
ましょう」
「わっ。うれしい」
「ときに、君。好きな物は何? これからお昼を一緒にしよう」
「これといったものはありません。あらゆるものを好き嫌いなく食すようにと、
祖父から教えられてきましたから」
「その意識には感心させられるね。しかし、困ったな。行きつけの店、和洋中
といくつかあるのに、決められない」
「お任せします」
「男に頼る女は嫌いなのにな……まあ、最初は仕方ない。ついて来たまえ」
 二人の徒歩開始から七分経過。
「ここの地下二階に素敵なレストランを見つけてね。この前は軽くコーヒーを
飲むいとましかなかった。試しに入ってみよう」
「あの……ハイヒールのかかと」
「何かあったのかい?」
「取れてしまって」
「ふむ。これは根本(ねもと)から折れているな。うん、左右(さゆう)両方
とも折ると歩けるかもしれない。しかし、そういう訳に行かないよね?」
「もちろん。無理に決まってます」
「分かった。なら、こうしよう。君は店に入っていたまえ。それくらいなら歩
けるね? その間(かん)に、私は上の店に行って、買ってくる」
「アロンアルファを?」
「ノン。面白いこと言うね、君も。足の大きさ、メモさせてもらったよ」
「え? それってまさか」
「ふふっ、靴を買ってくる。贈り物にしよう」
「そんな。私達、ついさっき、お付き合いをスタートした仲なのに」
「一種の賭けと思うことにしよう。私の想起した、君に似合いそうな靴と、君
の本当にほしい靴と、一致するか否か」
「一致したら、あなたと私はよい相性ということに……?」
「一応はね。一致しなくても、それなりに重なったらよしとしようか」
「分かりました。先に行って、待っています」
「ああ。適当に注文しておいて、かまわない」
「はい」
 彼は女に背を向けると、六階にある靴の専門店に入った。
「お客様、何をお求めか?」
「接客マナー、なってないな。それとも君は華僑かい?」
「私の生まれはれっきとした日本なり」
「……何かおかしいな……。まあ、いい。女物の靴を見せてくれ」
「大きさは」
「ここにメモしてある」
 紙を手渡す男。店の者は奧に行き、少し経ってから、また現れた。
「うちにある女物の靴、これオール」
「変な話し方をする奴……。いや、今はそんな余裕なし。えっと……よし。こ
れをもらおう」
「サンキュー」
「礼はいいから、いくらか教えてくれ。早く頼む」
 店の者は、値の記された紙を示してきた。
「む。これは困る」
「高いか?」
「そういうことはない。しかし、これは困るなあ。下二桁目は零(れい)にな
ってないといけない」
「おかしな注文をされる人ね。ま、いい。こちらはいかに?」
「……ああ、これもよくない。やむを得まい。釣りはいらんから、ほら」
「おおきに」
「普通に話せないのか?」
「いえ、特にそういうことは。サンキューはさっき使ってしまいましたから、
重なりをなるたけ減らそうと思いまして」
「結構。早く包装してもらおうか」
「かしこまりました」
「ああっと。ものの二分も経ったら履くことになるから、あまり凝る必要はな
いよ」
「アイアイサー。−−『了解』もあったな」
 苦笑しつつ、男は財布を懐に収めた。そのとき……。
「あっ」
「ゆ、揺れてる!」
「大きいっ」
「落ち着いて! 落ち着いて」
「君もな。−−うわっ!」
 超高層建物、崩壊。

 ……いててて。
 生きてる? 俺、生きてるのか!
 奇跡的な幸運って奴か。おお、コンクリのすき間に入り込む形になっていた
か……。本当に幸運としか言えない。
 し、しかし……このままここにいても、死を待つのみ。生き埋めになってい
るのと変わらん。
 −−ん? 声! 助けに来てくれたか!
 おーいっ! ここにいる!
 くそ。聞こえていないのか? おーいっ! 助けてくれ!
 ……待てよ。ここはアメリカ。『助けてくれ』と言ったって、理解してもら
えないかもしれない。
 よし。アメリカにはアメリカ。
 ……し、しかし。これを言ったら、このお話、終わってしまう。もう少し、
出演していたいのにな。
 他の言い回しはないものか……。ああ、いかん! 私の貧困な英会話能力は、
これ一つしか思い付かない。
 背に腹は代えられない。命よりも大切なものはない。言うしかない!

 男は声を発した。

「ヘル○、ミー!」

−−終わり




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