#635/1336 短編
★タイトル (RAD ) 96/ 8/14 0:34 ( 91)
「夏の手紙」 悠歩
★内容
夏 萎 朝
の び 顔
午 て も
後 詫
び
し
前略。
暑い日が続きます。
暑さの苦手なあなたのこと、夏バテなどされてはいないでしょうか。
暑いからと言って、冷たい物をとりすぎてお腹をこわしてはいないでしょうか。
心配しています。
食欲の無い夏だからこそ、しっかりと食べて体力をつけ、暑さを乗り切って下さい。
いま我が家では、朝になると朝顔の花が満開です。
朝露を受けて咲く薄紫の花は、ひとときの涼を与えてくれます。
朝顔の開く瞬間が見たくて、庭先であなたと夜を明かしたことが、まるで昨日のこ
との様に思い出されます。
ひとときの涼をくれた朝顔も、昼の強い陽射しの中で萎びてしまうと侘びしく、一
層暑さを感じてしまいます。
熱 寝 蜩
帯 返 も
夜 り
打
つ
の
か
今夜もまた熱帯夜。
このぶんでは、明日も寝不足のまま一日を過ごすことになりそうです。
人が暑いときは、昆虫も暑いと感じるのでしようか。深夜も零時をまわろうかとい
ヒグラシ
う時刻に、突然蜩が鳴き出しました。
数回けたたましい声で鳴いたかと思うと、ぴたりと止んで、あとは夜の虫のささや
かな声だけになりました。
きっとあまりの寝苦しさに、蜩も寝返りを打ったのに違い有りません。
秋 相 夜
茜 手 遊
を び
さ の
が
す
か
陽が落ちる時刻ともなると、ようやく涼しい風が吹いてくるようになりました。
夏やせで落ちていた体力も、少しづつ元に戻って来ました。
真っ赤な夕日の中、真っ赤な秋茜たちの姿が見られるようになりました。それこそ、
空一面が赤い蜻蛉たちに埋め尽くされています。
もしかすると、秋茜たちは夜遊びに行く前に、その遊び相手をさがすために集まっ
て来るのかも知れませんね。
空に向かって指を差し出せば、ものの数秒も待たないうちに、その指先に秋茜がと
まって来ます。
子どもたちは虫かごに入りきらないほどの、秋茜を捕まえています。
気が早いと笑われてしまうかも知れませんが、夏が過ぎ秋が来ると、もう冬の事を
考えてしまいます。そして冬の事を考えると、もう今年も終わりだなあ、なんて思っ
てしまいます。
今度の冬には帰って来られるのでしょうか。
最後にあなたとあってから、もう随分長い時が過ぎたような気がします。
それではまた、お便りします。