#633/1336 短編
★タイトル (GVB ) 96/ 8/13 1:29 ( 28)
大型自我小説 「慣習」 ゐんば
★内容
「あなたの尻の拭き方は間違っている」
突然声が聞こえたような気がして喜三郎は凍り付いた。
いや、それは単なる気のせいだった。ここは自分の家のトイレ。声などする
わけがない。(別に、働き過ぎでもないのにな)喜三郎は苦笑いした。
特に深い考えもなく水を流そうとした喜三郎。だが、さっきの言葉は妙にひ
っかかった。
(間違っている……ねえ)
喜三郎は新しいトイレットペーパーをたぐり、もう一度自分の自分の拭き方
をシミュレーションした。まず、四つに折り畳み、右手でもって腰の後ろ側を
回し、臀部の谷間を中心線に沿うように下から上へ拭う。
紙を手に持ったまま拭き具合を眺めていたが、ふと何気なく新しいトイレッ
トペーパーを引き出して折り畳んだ。紙を持った右手を腰の後ろ側へ回し、今
度は上から下へ押さえるようにして拭いた。
(やっぱ変だ。こんなの普通の拭き方じゃない)喜三郎は紙を流そうとした。
(そうだよな。普通のやつは……)急に喜三郎はその考えに自信がなくなった。
普通、というが自分は他のやつが尻を拭くのを見たことがあるのか。
喜三郎は新しい紙を出し、足を拡げ手を前から股の間に突っ込み拭った。
(いくらなんでもこんなことはしないだろう)それで実験は終わりにするつも
りだったが、紙を水に落とそうとしてふと思いついた。本当に紙はこうやって
畳むものなのか。
勢いよく紙をたぐり寄せると、くるくるっと縦長の巨大なこよりを作った。
体の前後でこよりを持ち、鋸でも挽くかのように拭いてみる。(こんなもんは
普通じゃない)紙をくしゃくしゃに丸め、尻の間に挟んで揉みほぐす。(拭い
た気がせん)紙を便座いっぱいに拡げ、思い切りなすりつける……。
……三日後、喜三郎はトイレをウォシュレットに変えた。
[完]