#619/1336 短編
★タイトル (RJN ) 96/ 7/28 20:30 (110)
「稲光」 ルー
★内容
「稲光」
その年は梅雨明けが遅くじめじめした不快な日が多かったが、一転して真夏の太陽
が照りつける猛暑となった。毎日真夏日が続き、野外での発掘作業に慣れた私でもさ
すがに疲労を覚え気怠さを感じずにはいられなかったが、遅々として捗らない作業に
ただ受動的に耐えていた。この発掘現場には気乗りがしなかったが、報告書を書かな
ければならなかった。
お盆休みに一息入れたかったが、同窓の大学の後輩からの頼みで、卒論を書くから
貝塚の発掘を手伝ってくれと前々から頼まれていたので断りきれなかった。
8月半ば、よりによってこんな暑いときによくも、という日に私はK君と二人連れ
だって隣県境の小さな町に車で出かけた。片道3時間はかかる道のりである。
道に不案内だったため、町役場で宿舎となる農家の場所を尋ねた。ひなびた町で、町
役場も閑散としていた。向かいの雑貨屋で2泊3日分の食糧となるカップラーメンや
缶詰などを買い求めた。男二人の食事のしたくなどそんなものだ。ほこりを被った焼
酎の瓶が目に入ったのでそれも買い入れた。
食糧を買い込んでしまうと、私はほっとしてタバコを取り出し周りの景色を眺めた
。
ありふれた田舎のどこにでもある風景。惨めなほど細かく区切られた畑には興味もな
い作物が植えられている。その背後に盛り上がる緑を抱えた低い山がとぎれとぎれに
続いている。ここからは舗装のしていない砂利道を行かなければならない。
K君はタバコを吸わない。几帳面すぎるほど几帳面な男だ。唯一の道楽はオカルト
雑誌の収集だという。オカルト雑誌のどこがおもしろいのか私には理解できなかった
が、以前、念写だとか、サイコプラズマなどのことを熱っぽく語っていたのを覚えて
いる。K君はせっせと荷物を私のバンの中に運んでいた。一生懸命な姿は微笑ましか
ったが、反面やつれているような、暑さの中で消え入りそうにも見えるのだった。
就職は決まったのかい、と私は尋ねた。○×商事です、とK君は聞き覚えのない会社
名とその会社に内定したいきさつをまくしたてた。口調はまじめだが、投げやりなと
ころがあった。
町役場から一本道の砂利道を車で走って、20分ほどで目指す農家に着いた。この
農家はK君の親戚筋の家で、離れを借りるのであった。貝塚はここから歩いてすぐの
所にあった。こんな所でも縄文時代後期頃までは海沿いだったのだろう。あの一本道
も古代から変わらぬ街道だったに違いない。
私たちは離れに荷物を運び、さっそく貝塚に向かった。特に出土品を期待している
わけではない。ここに来たのは主に地層を調査するためだった。K君は発掘は初めて
だったので私の指示に従って黙々と土を掘り始めた。照りつける太陽の下で私達は汗
で背中にシャツが張りつくのを我慢しながら働いた。
農家で風呂を借りてから、私達は離れに引き上げた。夕飯も御馳走になれたのは存
外の喜びであった。寝そべって休んでいると、急に空模様が悪くなりあたりは真っ暗
になった。頭の上からつんざくような雷鳴が鳴り響いたかと思うと同時に、土砂降り
の雨が降り出した。戸を開け放っていたので気持ちのよい冷気が部屋の中に立ちのぼ
って来るのだった。私は昼間買っておいた焼酎を取り出した。K君も一緒に飲みだし
た。二人は黙ったまま、気持ちのよいほど豪快に降ってくる雨と雷鳴と目の前で稲妻
が空がひび割れるように走る様を肴に酒を飲んだ。しかし、疲れのためだろうか、K
君の顔色は冴えなかった。
コップ酒を重ねるうち、しばらく会っていなかった私とK君も打ち解けてきた。雷
はとうに止んでいた。外は明かりひとつ見えず、しんしんとした、ひそかな虫の声が
聞こえるばかりだった。
K君が思い切ったように話し出した。
「先輩、先輩は信じますか。なんていうか、こう、人を殺そうと心から思ったら、人
を殺すことが出来るって言う話なんだけど・・・」
「なんだいそりゃあ、呪術か狐憑きの話しかい。」私は、酔っていたので軽く受け流
したがK君は真剣だった。
「あったんですよ、本当の話、おれが小学校5年生の頃。おれはいじめられっ子だっ
たんです。スポーツがからきし駄目で、漫画だの図鑑の類ばかり見ているから、暗い
ってんで、汚いだの、ガイコツだのって、いじめられてた。特に3人。A男にT郎に
E子。家が近所だったんで小さい頃から一緒に遊んだけど、その頃から3人しておれ
をからかってた。やつら、おれの弱点をよく知ってた。つまりどうしたら、おれを精
神的に苦しめられるかっていうことを心得てた。最初は靴隠し。学校で、下駄箱に入
れておいたおれの靴を帰る頃にどこかに隠しておいて、おれは帰るに帰れないってわ
け。あとは、シカト。机の中に給食のかす入れられたり、集金袋の中の金取られたり
。
・・・・一番いやなのはあいつらがクラスの他の友達にもふれ回ることだった。あい
つはいじめていい奴なんだって。だから、おれはいつもいじめられっ子だった。先生
にバレるようなマネなんて、あいつらはそんなヘマはしない。おれをじわじわと真綿
で首絞めるようなやり方でやってたんだ。」
「だから、おれは5年生の時の夏の合宿に行くのがすごくいやだった。昼間だけでな
くて夜もあいつらと一緒なんだ。死ぬほどいやな気がした。」
「おれは合宿に行く日の朝におふくろに泣きついた。風邪で休むということにしたん
だ。でも、その日は夜も家で悶々としていた。ずる休みしたっていう罪悪感と、おれ
をこの罪悪感に追いつめたあいつらが死ねばいいって、心の底から思ったんだ・・」
「そしたら、明け方にどーんって、すごい雷があったんだ。明け方の雷ってあんまり
ないでしょ。おれは、やったって思った。寝床の中にいたからどこで鳴っているのか
わからなかったけど、地響きのするほどすごい雷だったんだ。」
「それで?」「それでって、死んだんだよ。あいつら3人が。朝早く起きて海に泳ぎ
にいって、3人が3人ともだよ。こんな偶然があると思う?」
「それが、君が心に念じた結果だって信じてるのかい。」「信じてないよ。でも、3
人とも確かに死んだ。雷にあたって。葬式にも行かなかったけど、”喪中”の張り紙
がしてあった。」
「あいつらは、偶然雷にあたって死んだんだ。だけど、おれがあいつらの死を望んで
いなかったとしたら、それは間違いなんだ。おれはあいつらの死を望んでいた。そし
て、あいつらは死んだんだ。」
K君の目線がおびえるように背後を伺った。向き直ったその顔は目、頬、口元に緊
迫した表情がありありと現れていた。
ふーっと深く息をついてから、彼は言った。「こんな事は妄想だ。」
世の中、みんな妄想、そんなものだよ、そう言って私は思い詰めたような彼を慰めた
。
暑い、と言ってK君は外に出た。
私はK君の腕時計が銀色にピカリと光るのを見た。
一瞬の出来事だった。止んでいたはずの雷の稲妻がK君の体を貫いた。
何が起こったのか、私はとっさに理解できずにいた。
我を取り戻してK君のもとに歩み寄ったときには、彼はもう事切れていた。
・・・・・・了 by ルー RJNO8600