AWC お題>酒 不知間


        
#577/1336 短編
★タイトル (YPF     )  96/ 5/ 2  19: 8  (132)
お題>酒 不知間
★内容
--

   酒

                    不知間 貴志

 帰り道は? 覚えてない。コンクリートに鉄を叩きつける
音を聴いた。ドアのノブが冷たい。
 いいや、まだ電車か。まだ私は移動しているのだし、え、
もう駄目か。我慢できない。
 酔うと駅を数える。いらいらする。自分の家までの距離が
どんどん伸びていく感じ。
 駅のホームの途中までで、電車が急に止まる。車内放送。

「人身事故の為、しばらく停車します」

 そして、業務放送(よくわからない数字と知らない名前)。
 あたりに響く何人もの舌打ちの音。この電車で家に帰るに
は、別の経路が無い。乗り換えても無駄だ。
 馬鹿が。飛び込みか。死にやがった。なんでもいいけど、
こっちが酔って頭痛いってのに、何しやがる、だ。
 腕時計をみる。あ、私はどうかしてる。これどうやって読
むんだ? うう。デジタル時計が読めない。冗談。まだ十二
時越えてるはず、ない。やたら時計のボタンをぴぴぴぴ押す。
 部屋に座っていると、いつもは気にならない畳の臭いが鼻
をつく。水水水。で、でも、今いったい何時なんだ。カーテ
ンから光が、白い線でナナメに入ってきて、スズメがちゅん
ちゅんやってて、それじゃ漫画だよ、まったく。座布団で寝
てたか、首が痛くて、しかたがない。ひどい朝。ひどいめま
い。目をつぶっていよう・・・

「ただいま、駅員が処理を行っておりますので、いましばら
くおまちください」

 うるさいよっ! 電車のスピーカーがキンキンゆう。駄目。
全然駄目。設計間違えてる。全部間違ってる。
 冷たい。まだ冬だからか。ホームの敷石にぺたっと座って
るなんて、すごい恥ずい。きたない。なさけない。
 駅員が背中から声をかける。
「はい。出口階段あがって。右。大丈夫?」
「・・・はい」
「荷物、これだけ?」
「・・・はい」
「じゃ、気をつけて」
「はい」
 ふらつく頭を振る。地下鉄のホームだ。いつのまに、地下
鉄に乗り換えたのだろう。
 あの茶色のシミは? 汚いな。ああ。血だ。ひどい。あれ、
なんだあ。何メートルもつながっている。全然ひどい。酔う
と目が良く見えるけど、耳、やられるし。見たくないものが
良く見えて、必要なんが、ちょ聞こえない。いろいろ臭い。
 玄関掃除しなくちゃな。だいぶホコリってる。ドアを閉め
る音はコンクリートに鉄の塊をタたきつける音で、そういえ
ばずっと。でもまず水とか飲まないと。二日酔いすげえ嫌ぃ。
「あんた誰。名前と住所」
「えっ?」
「わたしこうゆうもんだけど」
 へえ、警察手帳だ。黒いし、使い込まれた財布のように、
カドが丸まってる。金を押した文字は、一瞬では良く読めな
い。本物かどうかなんてわからないものだな。ただ、肉眼で
見るそれで、私の体は、全身トリハダになる。
「あんたそこにいたんだろ、あれ見たね」
「・・・あんたはねぇだろ。いくらケーサツだからって」
 警察の男が、ふん、と私を笑う。
「そりゃ失礼、しゃべれるか」
「なんでだよお」
「そんなキレイな洋服きて、そんな酔っぱらってるんじゃな」
「・・・すみません」(頭の中では、ちくしょー訴えてやる)
「あんた協力できる?」
「できませんよ」
「ああ、そう。じゃ、なんか身分を証明するもの」
「定期しかない」
「じゃ、名前と住所」
 駅からもっと近くにすればよかった。やっと自分の家のド
アに、カギを差し込む。嫌だな雨だ。床がすべる。
 テレビをつける。ニュースの後ろ半分だ。駅での事故の、
ニュースの断片。自殺と他殺の両面からの捜査。目撃者をさ
がしているとの話。頭、痛う。ビニールに包まれた、筆書き
のカンバンの設置風景。びらまき。あー、シーン造ってるな。
もっとテレビのカメラのほー見ないと不自然だぞ、みんな。
 カラオケのマイクがまわってくる。冗談。何も歌いたくな
いよ。もう。歌手別ジャンル別で、げー、こんな曲も入って
る冒涜だよぼーとく。それに、こんなマズいワインの後に、
なに。ウーロン茶だって。ひい。三度の和音だけで何しよっ
ての。全部ハモれるわけないしぃ。冒涜だよぼーとく。でも
私がやっぱし歌うのもすげー冒涜で、はっ、結構気分いいや。
 あと駅六つ。長い。駅減らないし。なんでいつもガッコ行
く時は満員でも耐えられるんだろ。時間の流れがって、コム
ズカシイとハブにされるか。いけない。悪い癖は直そ。
 鳥肉。生の鳥の肉。
 げっ、駅員走ってる。毛布とか持って。あ、こけた痛そう。
 キレイなのを探して入った駅ビルのトイレの自動水道栓。
手近づけても動かない。乾いてる。隣。ああ、ざあっと流れ
る水が、力強くてとっても太い。そうこれ気持ちいい。
 鏡に写る私を見つめる私の顔。何やってるんだか。そら、
駄目だ(おまえはダメな人間ダ)。この世界におまえの居場
所なんか無い。このトイレに立ってるおまえが私の全部だ。
 ふん、それでも私はテレビのスイッチを入れる。そうだ。
部屋の電気をつける。蛍光燈、けーこーとーの青白い光。天
然色のヤツに今度変えよう。目腐る。あああ何ビデオ停電ん?
オレンジ色の点滅。新聞の番組欄。うああGコードみてると
頭痛くなる。変な数字。秩序が無い数字。嫌い嫌い嫌いだ。
蟻がたくさん這っているような番組表。ところで新聞のイン
クって、臭い。
 ノックの音がした。
「誰」
「警察です。すみませんちょっといいですか」
「・・・待ってくださいこんな夜じゃ困ります。着替えるん
でちょっとまってて」
「急いでくださいね。ここで待ってますんで」
 ドアののぞき穴から見ると、私服の無表情な男のゆがんだ
像。すごい、まんま火曜サスペンスう。興奮するう。きゃあ。
「・・・はあい」
 それで、まだ電車に乗ってる私がいる。ドアのガラスに写っ
た暗い自分の顔がある。私の嘘の無表情が、電車のスピード
で、外の風景の上を飛んでる。
 死んだらどうなるだろ、とかそうゆう時は考える。
 ところで手錠って冷たいし痛い。あ、雪なんて降ってきた。
シーンつくってる、へん。それは私のことだ。

「だって刑事さん。殺す気なんてなかった。でもあいつ、あ
れのコトちょー馬鹿にしたし、ちょっとぶっとばしてやった
だけなのに、あいつちょ馬鹿で、で、おっこちたらあ電車き
ちゃった。ほんとそんだけで。事故すよ」

 パトカーって中暗くて、運転手が制服着てる以外は、タク
シーに、とても似てる。私はまだ酒臭い。ははは。みっとも
ないなぁ。

--
1996.5/2





前のメッセージ 次のメッセージ 
「短編」一覧 不知間の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE