AWC    随想 『挨拶の長話』   竹木貝石


        
#535/1336 短編
★タイトル (GSC     )  95/12/ 9  22: 9  ( 88)
   随想 『挨拶の長話』   竹木貝石
★内容
 夕べは私たちの学校の忘年会でした。
 冒頭、開会の言葉の後、校長の挨拶があり、それが延々20分も続いたので、私は
すっかり飽きてしまいました。
 話の内容は、今年1年間の出来事を、1月から順を追って、メモを見ながらゆっく
りゆっくり解説していくのです。例えば、次のような具合でした。

 「まず、今年の一月四日には、13人の先生方が集まりまして、その中には、誰そ
れ先生や某先生もいましたが、仕事始めの式を行ない、こうして1年がスタートしま
した。
 そして、一月七日だったでしょうか。昨年本校が参加した『ゆめぴっく愛知』の終
了式が行なわれ、本校が一丸となって取り組んだ大きな行事が、これで目出たく終わ
りとなりました。
 三つ目には、今年が交流教育を始めてから40周年に当たり、お隣のP中学校にも
長年に渡りお世話になってきましたが、お陰さまで甚だ多くの成果がありました。
 後でも述べるように、その交流教育とも関連することですが、十月十三日には、本
校を会場として、全国盲学校弁論大会を盛大に実施することができました。
 それに先立ち、弁論大会の審査委員に、『中学生日記』の俳優岡本富士太先生をお
願いすることとなり、先生は盲学校のことを何もご存じないからとおっしゃって、わ
ざわざ本校までおいで下さいました。
 それらの打ち合わせの中で、テレビの中学生日記が36年も続いていると聞き、ま
た、その一万回以上の番組の中で、障害者、特に視覚障害者に関連した題材を取り上
げたことが一度もなかったというので、色々な経緯の末、本校中学生のM君が、副主
役 というよりは、第二部ではほとんど主役の形で出演して、交流教育をテーマにし
た『にわかボランティア』というタイトルの中学生日記が全国放映されました。
 しかも、この『にわかボランティア』が国際コンクール参加作品に選ばれ、見事に
G賞の受賞となりました。…。
 さらには、宇宙飛行士の向井千秋さんが我が校を訪問されたということは、私など
未だに夢ではないかと錯覚を覚えるほどで、信じられないような嬉しい出来事でした。
…。
 ………。」
 (無論、話はもっと色々に広がり、補足説明も沢山ありました。)

 確かに、校長の話は重要な内容を含んでいて、その意義が分からない訳ではないけ
れども、あまりの長話で、しかもトツトツと続くのは、宴会の雰囲気に合いません。

 さて、忘年会が終わって、同僚と二人で地下鉄の駅に向かって歩いていると、後ろ
から教頭と校長が歩いて来ました。
 私は追い抜いて行こうとする校長を無理遣り引き留め、その腕を捕まえて引き戻す
ようにしながら言いました。
 「校長先生、挨拶が長かったねえ」
 すると校長が思わず不愉快そうに、
「だから初めに、『長くなるよ』って言っておいたじゃないの。」
 と言い捨てて、先に歩いて行ってしまいました。

 校長先生ともなれば、会社でいえば社長と同じか、それよりも偉い人です。いくら
私が古株の高年齢で(校長と一つ違いの58歳)、しかも全盲の教員ということで、
日頃優しくしてもらっているからといって、校長に対するあの言い方はちょっと無礼
だったでしょう。
 元来私は、公の席で発言する時、ついつい直裁にものを言い過ぎて、相手に反発を
感じさせるらしく、また、個人に対しても、相手が自分より目上の人だと、かえって
遠慮がなくなり、乱暴なくらいの言い回しをする所があります。現在私が何の役職も
なく、正に窓際族にされているのも、案外理由がそんな所にあるのかも知れません。

 それとは別に、私は長い話をじっと聞いていられない質で、モタモタ ゴチャゴチ
ャ ダラダラした独りよがりの演説が大嫌いなのです。
 今の校長は、話が特別下手とも言えないけれど、さりとて上手でもなく、まずまず
普通くらいでしょうか? しかし私は歴代の校長の中で、今の校長をむしろ好きなく
らいなのです。
 であるからこそ、私はその校長の為にも、忘年会の席での長話はやめた方が良いと
思ったのでした。しかしながら、そんな余計なことを言わなくても、僅か20分くら
い、耳を塞いだつもりになって我慢していれば済むことです。
 校長にしてみれば、忘年会の後、せっかく気分よく帰ろうとしていた矢先に、ほろ
酔い機嫌とはいえ、私などから批判めいた言葉を浴びせられ、さぞかし気分を害した
ことでしょう。

 挨拶の長話については、誰もがうんざりした経験を持っていると思いますが、いざ
自分が話す側になると、ついつい時間が延びてしまうものです。
 私に言わせれば、本当に話しのうまい人物というのは、百人に一人居るか居ないか
という程度で、そのうち与えられた時間をきちんと守れる人はさらに少ないのです。
 若い頃には、発言に当たって十分準備をし、要点をまとめて大変聞きやすい話をし
ていた人が、ある年齢を過ぎると急激に話が下手になり、しつこく退屈な演説を延々
とするようになるものです。唯さえ年齢とともに反射神経が鈍くなって行くのに加え、
聞きやすい話し方をしようという努力を怠るようになれば、もうその人物は老人扱い
されてもやむを得ないのです。

 その点、自慢ではないけれど、私は話し手の立場よりも聞き手の気持ちを重んじて
しまうので、会議などで自分が発言する時、極力端的・簡潔に述べるよう心がけてい
ます。
 ところが、説明や意見を極端に端折り過ぎて、同意や賛成を得られないことがしば
しばあり、そんな場合、冗長な話し方をする人を羨ましく思うことさえあるくらいで
す。

 と言いつつ実は、私自身反省していることがあるのです。
 それは、雑談やグループ内での話し合いの時、私はつい雄弁になってしまい、他の
人にしゃべる隙を当たえないことが度々あるからです。
 見方によっては、公の席の発言よりも、グループ間の話し合いこそ、もっと相手の
気持ちやその場の雰囲気を大事にすべきなのです。
 結局は、かく言う私こそ、手前勝手の最たる人間なのでしょう!




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