#532/1336 短編
★タイトル (JVA ) 95/11/ 6 19:39 ( 31)
溜め息のあんこ玉 横山かえる
★内容
街角で「舟和」のあんこ玉を頬張っているとポケットに入っていた千円札を全部スら
れてしまった。
さっきパチンコで確立変動三回引いて儲けた何十枚かの千円を残らずスられてしまっ
た。
得意気にあんこ玉なんか食べてるからだ、と友人は言った。ここは大阪の衛星都市で
大阪よりも京都の方が近い。僕は駅前デパートの「江戸物産展」だ買ったあんこ玉と芋
ようかんのセットで入った紙箱を片手にそこら辺を歩き廻ってたというわけだ。
僕は友人に訊いた。この赤い玉はどんな味がすると思う?友人は明らかに嫌な顔をし
ながら溜め息をついた。なんだよ今の溜め息はっ!なんか思ってることがあったら口で
言ってみろよ溜め息ひとつで分かってもらえるなんて思うなよふざけるな!そう心で叫
ぶ。
僕は溜め息を殺すテクニックを持っている。
それは基本的には口と鼻から同時に空気を少しずつ出していくもので、英語のthを
発音する時のような中途半端な口の開き舌は下の前歯につけて余り音をたてないように
「シュー、シュー」と胸に溜まった空気を吐き出していくのだ。
だから僕はその時「シュー」と気ずかれないように溜め息を殺した。
彼は地元出身で僕は東京生まれでこっちに越してきた僕は高校生になって彼と知り合
った。
僕はかつて親友だと思ってすべてをさらけ出しながら弱みを全て見せてつき合ってい
た男に振られたことがあってその時から絶対に今度はそんなことはやめようといちいち
思わなくても実際にそうしてしまっているのだ。
けれど美味しそうだと思う気持ちと関西人の彼に対しての精神的優位性とが中に詰ま
っているあんこ玉と芋ようかんというものは、なぜここまでに脆いんだろう。溜め息を
殺すようなことをしなくてはいけない程に。彼が勝手についた溜め息に、もう僕は負け
ているのだ。
つるっとした赤いあんこ玉の表面を見つめながら僕の持っているこのつまようじをひ
ったくってこの表面に突き立てて口の中にそれを彼が放りこむようなことをしてくれる
なら、逆転勝利なのに、と思った。思ったけれどそんなこともなく。
そして、その上彼のポケットからスられたはずの千円札が出てくるのは、その五分後
になるのだけれど。