#525/1336 短編
★タイトル (AZA ) 95/10/31 1:58 ( 98)
【デヴィルバスター・田中文朗物語】二羽岡 一彦
★内容
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おおきな黄色い満月が、ぽっかりと夜空に浮かぶ真夜中のことでした。
あるマンションの一室で、女の子はキッチンにたち、いっしょうけんめいに
料理をつくっていました。
「おーい、なおこちゃん。まだ用意できないの?」
となりのリヴィングルームから男のひとの声が聞こえます。
「はあい。もうすぐできるから、もうちょっとだけ待っててね」
はたちくらいのその女の子が、甘えたような声をだした、そのときです。
「や。これは……なんだ。うわっ。ば、ばけものだ!」
男のひとが、おおきな声で叫びました。
そのようすにびっくりした女の子が、あわててとなりの部屋にかけつけてみ
ると、まあ、なんということでしょう、おそろしい形相をしたひとの顔が、し
かも首から上だけのものが、窓のそばにぬらりと浮かんでいて、男のひとにお
そいかかろうとしています。
「おろかでひ弱な人間どもめ」
ばけものの声は、地の底からひびくように聞こえてきます。頬はこけ、眼窩
はくぼみ、まるでひからびた骸骨のようなそれは、一度ゆっくりとまばたきを
すると、ぎょろりと男のひとを見おろしました。
「このわたしのおそろしさをあじわいながら、死んでゆくがよいわ」
一瞬のうちに、ばけものは男の身体にがぶりと噛みつきました。
「はぐっ」
みじかい叫び声にまじって、ぎゃりぎゃりといういやな音が聞こえました。
ひとの肋骨とばけものの歯がこすれる音です。
どす黒い血がたちまち身体から吹き出し、あっというまに絨毯は血の海にな
りました。
おそろしい光景に、女の子は声も出ませんでした。ただかちかちと歯がふる
えるばかり。
「くっくっく。つぎは女、おまえだ」
ばけものの眼がぎろりとこちらを向いたときも、女の子の足は凍りついたよ
うに動きませんでした。
だれかたすけて、と心のなかで叫びました。
すると、どうでしょう。彼女の祈りがつうじたのでしょうか、玄関のドアが
ばたんと開き、ひとりの男が風のようにさっそうとばけもののまえに立ちはだ
かりました。
年は四〇も半ば。
つやのない髪の毛には白髪がまじり、度のきつい眼鏡を低い鼻にかけ、えん
じ色のネクタイはくたびれて歪み、さえない灰色のスーツの袖にはコーヒーの
しみ。うす汚れた靴下には穴があき、親指が「こんにちは」しています。
その中年の姿を見て、女の子は覚悟をきめました。
「何ともみじかい人生だったわ……」
しかしこの男こそ、この世に巣くう悪霊やばけものどもを退治する、名にし
おう〈デヴィルバスター〉なのです。
男はちらりとあたりに視線をはしらせ、即座に状況をよみとりました。
「む……まにあわなかったか。犠牲者がひとり。……ま、それはそれ、すんだ
ことはしかたがない」
「なにものかは知らんが、おまえも死ぬがよい」
ばけものはおおきく口を開けると、いきおいよく男におそいかかりました。
「きゃあぁ!」
女の子は悲鳴をあげましたが、男は難なくひらりと身をかわし、手に持つ黒
いアタッシュケースを床に置き、すばやい動作で短剣をとりだしました。新し
いものか年代物なのか分からない、不思議な感じのする短剣です。
「悪霊、退散!」
男の気合いとともに、短剣〈ソウル・オブ・シミター〉がきらりときらめき、
ざくりとばけものの眉間に突き刺さりました。
「ぎぃやあー!」
と、ばけものは絶叫し、みるみるうちにちぎれるように消えてゆきました。
あとには、文字どおり何も残ってはいません。
しばらく女の子はぼうぜんと立ちつくしていましたが、
「あたし……」
と、女の子はつぶやきました。
「たすかったんだわ……。ああ! あたし、生きているのね」
「あなた、名をなんというのですか」
女の子がたずねると、男はうむ、とうなずき、スーツの内ポケットから一枚
の小さな紙をとりだしました。
「わたしはこうゆうものですよ」
それは名刺でした。
『ムドハンマ株式会社 営業三課・田中文朗』
と印刷されています。
「まあ、デヴィルバスターの会社のかたでしたのね。すると、あの、……やっ
ぱりおかねがかかるのでしょうか?」
「はい。当然のことです。しかし同業者との競争もありますし、なによりも法
で定められた料金ですので、心配はいりませんよ」
「では、おいくらかしら?」
「まず、基本料金が一六万四千円です。そのほか今回は危険度レヴェルDによ
る三〇%、および深夜料金として一〇%と、消費税三%が別途加算されます」
田中は転がっている死体をちらりと見て、
「失礼ですが、どのようなご関係でしたか?」
「恋人でした」
「では二五%の友人関係死亡割引がききますよ」
「まあ、それはたすかります。……あら」
「な……なおこ、ちゃん……」
血だらけの男のひとは、かすかにぴくりと手を動かしました。まだ生きてい
るようです。
「ああ、信じられない! 生きているわ、うれしい!」
女の子はうれしさいっぱいで、すぐに男のひとのところへかけよりました。
「あ……」
と田中はその背中に声をかけました。
「生存の場合、死亡割引がききませんが……いかがなされます?」
その言葉に彼女はふりむき、にっこりとほほえみました。
「じゃあ、このさい処理してくださいな」
おおきな黄色い満月が、ぽっかりと夜空にうかぶ真夜中のことでした。
-------------------------------------------------- K.NIWAOKA/1995.8.27