#484/1336 短編
★タイトル (YPF ) 95/ 8/ 2 10:30 (198)
「お正月やすみ」 不知間
★内容
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お正月やすみ
不知間 貴志
海のむこうからロボット達は、
毎年、年始の朝に、
きまってブラウン管岬にやってくる。
(なんだ)。結局たったそれだけの知識しかもたずに、わたしはこの年末の港町
にやってきたんだ。手にまるめてにぎっていた、雑誌の折り目がついたページのコ
ラムに、なにか、詳しく説明することを避けたような、この短い文章をみつけたの
だけが、はじまりだった。
それはなんていうこと、この青い、風よ。
海のそばの公園には、一本の細く高い塔が立っている。ずっと昔、一度、その塔
の高さの津波がやってきた。ずいぶん人も死んだそうだ。それを、黙って見上げた。
今は、ひからびた時間。ただ、それは静かで、太陽が目に痛い。
テキストは、ポケットの中の、初めて旅行に持ち歩いてみたワープロは、ちゃん
と電池が生きている。わたしの言葉をここから持っていくこと。雨が多い、自分の
住む山間の小さな町とは、ここは本当に別の世界だ。つまりは静かさの質が違う。
一番底には、海の音がある。この風景を言葉でクリップして持ってかえれば、さぞ
部屋に良い香りがするにちがいない。とか。歩こう。影がまだ短い。
廃墟となった、錆びやすい金属でできた建物の痕跡。昔、車のためにガソリンを
売っていた店で、無人の場所を、わたしはしばしば、おっかなびっくり覗きこんだ。
ときどきガサリと音がして、犬や猫が顔をだすこともあった。それでも、ここの
動物たちは、どんな理由かはわからないけれど、けっして鳴くことがなかった。
わたしが、ぎこちない動作で、ある方向を片手をのばして指さすと、どれもこれ
も示した方向に静かに、逃げるわけでなく、従順に消えた。その方法は、ここに来
るまでの列車の中で知り合った男の子に教えてもらった、小さな魔法だった。
やってみると本当にそのとおりだった。ときどき首に鈴をつけた猫もいたらしく、
姿が無く、ちりん、と、例の小さな音を聴くこともあった。ただ、猫はこちらをじっ
とみているはずだ。そのことは、ちょっと確信していた。逃げて、突然その足を止
めて相手を凝視するのは、これは、猫特有の方法で、簡単には変わるまいよ。
アスファルトの飴のような黒さと、砂が、ずっとわたしの足の下に続いた。
視野の中に、ずっと水面がみえる単純さがいい。天気が良いから、今日は遠くま
でみえる。あのすこし高くなった岩の塔と、わたしとの間には、何もないんだ。
護岸用のコンクリートの下に、海がもぐりこんでいる。波がよせると、かならず
どこかから、冷たい海水の柱がびしゃりとたった。コンクリートをつらぬいて、細
い穴がタテに通っている。そこから海水が、噴水のように吹き上げるのだ。興味を
ひく色がそこにあったので、ワープロを取り出していろいろとメモをとった。それ
から、旅をはじめる前に衝動買いをした、すごく古くて(フィルムが入っている)、
商標が漢字の四角いカメラをだして、両手でかかえてシャッターをきった。これは、
手触りがとても良いカメラ。でも、いまいち扱いがわからないボタンが二つ、と、
動かしたことがない止めがねがひとつある。
コンクリートの塊は、思ったよりずっと以前からだろう、自然の一部となってい
る。とくに海のそばでは、そうなる。そう。そこで感度の低い白黒のフィルムで黄
色いフィルター、と、それから、それに、そうして、それらの選択肢の楽しさと、
わずかな収差について、と、他にもあれこれ考えながら、ピントをあわせる。
(自転車で走ると。もっと暖かくないと、だから、ちょっと駄目だ)
夜空の星や月を見上げるときは黙っていたほうがいいし、寒い良い天気の夕べに
は、あまり頭を使わず、おいおい泣くのもよい。でもまだ昼のさ中には似合わない。
*
「あのおぅ、失礼ですがちょっとお伺いしたいことが」
「ん、なんだあ、あんたは」
「・・・あの、あのですねぇ、ブラウン管岬というのは」
「またかい。そりゃあっちあっちあっち、すぐそこだぁ」
「それで、でですね、あの」
「忙しいからね。さよなら」
*
「ええとそれですみません、海から・・・本当は何が来るんですか?」
「あらなにって、あんたやだ、くやくしょだよ。本当に知っらないの」
「くやくしょって、あの、建物の、”区役所”、ですか?」
「そう、区役所。あれが毎年くるのよ」
「ロボット、ってきいてきたんですけれど」
「そりゃロボットさん達も来るよ。区役所に乗ってるんだから」
*
「あの、教えてほしいんだけどね」
「いいよ。なんだよ」
「区役所、の、ことなんだけれど」
「お姉ちゃんも、なんか調べたいのか?」
「なんで」
「だって、あんたヨソモノだろ?」
「・・・」
「区役所くれば、ヨソモノでも、あんたが何なのか、全部わかるってさ」
「・・・どういう意味?」
「だっからあ。全部、書いてあるンだよ紙に」
「ええと、何が書いてあるって」
「頭悪いヨソモノだなア。全部だって。あんたが生まれてから死ぬまで、全部だよ」
*
そうして、午後が過ぎていく。はじめて知る感じの、人々の期待感が、港町の空
気に満ちてくる。その気配は、暖かいし、だけれど少し恐い。で、その中に、すっ
かり混乱しているわたしが一人でいる。
いったい、わたしは何をしているのだろう。ただのちょっと、思いついただけの、
気晴らしの旅行だったはずなのに。こんなところに、それこそ”ヨソモノ”がいて、
いいんだろうか、という気持ちが、日が暮れるにつれて膨れてくる。
坂道をおりると、小さな商店街に出る。電球がねじねじと張られた電線について
いて、いくつも灯っている。墨で書かれた正月飾りの商品フダ。それらはクラフト
紙か、壊れやすい合成樹脂で出来ていて、ことごとくそして嘘っぽいが、その、区
役所、の件ほどの奇妙な疑問は無い。
下を向いて歩けば、こういう感じの時は、地面がとにかくざらざらする。砂と、
道端の発電機のぎいんとうなる音が、黙ったままのわたしには、とても気になる。
そんな間にも、祭りがつくりあげられていく。歩きながら、とりとめもないこと
を考えるしかない。
(問題は、わたしの弱い部分だろうか)
ささやかな商店街のにぎわいを、かどを曲がってふと見れば、正月用の、なんと
も華やかな飾りものの束が、それはまるで、海外ニュースで、アメリカの銃砲店に
ならぶ武器を連想させるスタイルで、金属の光沢の流れを伴って、密にそこにあり、
電球の光で、平行にひかっている。
(またはハリねずみ。あるいは、隣の檻の、太ったミーア・キャットも連想・・・
問題なのは、わたしのまちがった場所の選択だったかもしれない、気まぐれと後悔。
題名の、にがみ。きのうのゆめ)
笛の音が、音が五つ程の組み合わせの、単純な節をずっと反復していて、それが、
そうして、そこまで、騒々しく近づいてくる。
(問題となっているのは。この混乱の原因、誰かと。南ノ動物園に行ったときみ
たいに、二人で来れば。駐車場の心配? いいえ。急な待ち行列)。
道を。
曲がったときに、驚いて立ちすくむ、目の前の。ええとこれは。山車、か。大き
い。だけれど、少し変だ。違う。え? だいぶ、かなり変だ、アレは。
それは・・・ちょっと恐ろしいと言ってよい。その、車をひいているのは、この
町の若い男たち、だ。そうして一様に顔を赤く紅潮させて、だが、その色が、皮膚
にばかりで。無表情に黙って、まるで熱い赤土か何かでできた仮面のような顔の列。
みんな口をつぐんで、きびしい両の目で、黙ってる。わたしの横を通りすぎる。
まるで彼らは、全然しゃべれないように(あ、そうか、特別なんだ。つまり誰かが)。
これは、葬列だ。
でも。こういうの。誰かが死んだというわけ? こんな大晦日の夕べに?
白装束で、かりあげ頭のが、ひとり、携帯でどこかに電話している。いいえ、間
違い。それは少し大きい。持っているのはトランシーバーだ。怒声で話している。
山車の上に乗っているものが、がらがらという車輪のきしみをともなって、通り
すぎながら・・・予感はすれ違い、それは、そういう棺桶や屍ではなかった。結局、
お葬式、ということはなかったのだ。
それは、みたことのないもの!
もう離れてすぎていくものは、巨大な、腕だった。錆びた金属で出来た、赤い、
くずれかけたロボットの腕。そう見えたものだった。指が。指がついていた。それ
が、わたしの腕ぐらい太くて。ロボット。区役所に”乗って”やってくる? あれ
は、では何だろう。わたしの、それから子供じみた幻想と、目撃した現実との落差。
そんなことは知らない。わたしはそいうことは、いらない。知りたくも無い、はず
だ。カバンをかき混ぜると、カメラは、フラッシュがないからそれじゃ写らないわ。
唇が震えて、なぜだろう、カチカチと奥歯が鳴っている自分はどうなるのだろう。
見てはならないものを見てしまった、かさぶたのような赤。白い大きな布の上で、
ちぎれた腕は濡れていた。きっとそれには、そう。御神酒がかけてある。間違いな
い。あのトランシーバーの男が、わたしをにらみつけて、そら、アンテナを縮めた。
実際妄想ではない。らしい。確かにわたしを見ている。
わたしは、これで本当にヨソモノになったのだ。
その証拠に、またひとり、トランシーバを持った別の男が別の角からあらわれて。
しばらく何かをさがすようなふりをして、次に確実にわたしを見つけた。あわてて
わたしは視線をそらす。きっとカメラを出したのが悪かった。それで、ヨソモノだ
と簡単にばれたんだ。
あれが、この町の人達が待っているロボットのものだとしたら、どういう理屈な
のか。UFOを目撃したヒトの馬鹿げた証言、ぜんぜん信じられない吹き替えの日
本語、それが今の自分のちょっと先の未来。走っては駄目だ。犬だって、走れば噛
みついてくる。ゆっくりふりむいて、そう。動けるうちに、駅までいって、ホテル
へチェックインしてしまうしかない・・・警察? いいえ。ついてきているのが警
官だったら・・・
背中からの何人かの足音。また、誰かがわたしを指さした。その方向とは逆の向
きに、わたしは声も出せずに口をつぐみ、逃げる。大丈夫、まだ、今ならまにあう。
*
予想したよりは、ずっと鉄のドアは頑丈だし、カギはオートロックでガタつきが
無いし、窓には厚いカーテンがあるし、灰色のカーペットも新しい。
他人が信じられなくなっていたので、フロントでわたしは助けを求めなかった。
そのドアの、そして、その左のユニットバスの鏡の、わたしの前髪の乱れた顔。
嗅ぎなれた消毒の匂いと、幸運にも、ぜんぜん汚れていないシャワーカーテン。
そして電話(今、鳴ったら。それで十分、わたしはきっと悲鳴をあげる)。
体をたおしたベッドの、ライトのそばにある何かのパンフレットをわたしは何の
気なしに手にとった。
”あなたのこと”
と、だけ、白地にゴシックの文字が、にじみもかすれもなく印刷されている。
とても”嫌な予感”がした。だからこそ、誰もいなくても顔はきちんとしかめて、
そのパンフレットのページを、すばやく開いた。
まずは、わたしの銀行の口座番号と、カードの暗証番号。父親の誕生日。本籍。
彼のふたつめの電話番号と、血液型。人形の背中に隠したクスリの名前と値段。
黙っていようと約束した二人の秘密。犯行時刻。マッチのラベル。真鍮でできた
時計の振り子の写真。血痕。プライバシィ! プライバシィ! プライバシィ!
わたしは、こんな町が。なぜ手遅れに? みんな全部、わたしは知られている。
血の流れているのは。興奮して、すこし、手を自分の爪で傷つけたようで、バン
ド・エイドはカバンの中で。大丈夫。
(・・・すべての・・・)
つまりは全ての、ひとにとって、両手は、背中に、光るナイフをもっていなけれ
ば。そして、そうやって、ひとり夜でも生きてく。ために。絶対に。だってほら、
気をゆるせば、簡単に、こんなふうに、自衛の為の武器は。必要になるじゃないか。
試してみれば、もちろん、当然のように。部屋のドアは開かない。
何もできない。脱出? いいえ。TVゲームじゃあるいまいし。じゃあ眠ろう。
もしかすれば。目が醒めれば。明日のために・・・ええっ、眠れるわけがない!
その、無音の受話器を握り締める。耳に、貝のように波の音がきこえた気がした。
(ああ、神様。明日の朝、ゼロを押せば、わたしの町に外線電話が通じますように)。
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(1995.1/1---1995.7/25)
『私は、その作者の書いた、その”その”という語は、誤りだと思う』(英訳せよ)