AWC 覆面>夏の景色


        
#333/1336 短編
★タイトル (XVB     )  94/12/ 1   1:26  (174)
覆面>夏の景色
★内容

         夏の景色          1994
青く澄み渡る空の彼方、水平線からわきあがる、眩しい白をした入道雲を目指して車を
走らせている。
「ねぇ、さっきからさぁ、ちらちら見えてるんだけど、まだつかないわけ」
建物や林のすき間から時折見える海に、じれったそうに彼女は言う。
「もうすぐだからさ、我慢しなよ」
「わかってるんだけど、なんかこう、そうねぇ、でっかいブルド−ザ−でさ、道作って
ほしいわよね、まっすぐな、そうすれば早く着くのよね」

夏休みに入って最初の土曜だった。僕は友達に誘われるままにディスコに行き、最初に
目をつけた彼女に声をかけた。彼女はとても上玉で友達は、絶対に無理だからやめとけ
と、忠告してきた。
「絶対にか」僕は訊いた。あたり前だと、友達は言った。それじゃ、うまくいったらど
うする、と僕。友達は少し考えてから「そうだな、みたところ彼女は一人みたいだし、
おまえらを二人っきりにしてやるよ」「おまえはどするんだよ」「俺は家にでも帰って
センズリでもするさ」友達の揺らぎのない自信に僕は苦笑して「よしっ」と言って彼女
の方へ向かった。
まったく、ついていた。彼女はすんなりオ−ケ−をした。はっきり言って僕自身全然自
信なんかなかったし、彼女が「はっきり言ってあんた、あたしの好みよ。あたしね、ナ
ンパされに来てるの、あんたのこと目つけてたの、ちょっとあんたちゃんと聞いてるの
」なんて言うとは思わなかった。彼女はとても個性的な発音と話し方だった。
僕と彼女は、カウンタ−のスツ−ルに腰をかけてカクテルを二つ頼んだ。
僕は彼女の話を聞きながら、細く弓なりの眉を見、二重の目を覗き、黒く透明でとても
大きい瞳に見入ってしまう。とても不思議な眉をしているし、それにこんな瞳は見たこ
とがない。確かにお互いに目を見ているはずだが、そこに僕が写っているのか疑問に思
う。それにじっと見ているとなんだか、目が回って吸い込まれてしまいそうな気がする
。まるで水を入れて回した洗濯機を覗いているようだ。彼女の言葉が、大きくなったり
小さくなったり聞こえてき、そのまま遠くに行ってしまい、言葉としての意味はなくな
り、ただの声になり、風のようなささやきになる。そう、悪魔のささやきのようだ。
ふいに肩を揺すられて僕は、はっとした。
「大丈夫ですか、醒めましたか、酔いのほうは」声の方に目を向けると従業員だった。
どうやらたった一杯のカクテルで酔って居眠りをしてしまったようだ。しかも彼女の話
を聞いている最中に。すでに、彼女はいない。
僕はポケットからタバコを取り出して火をつけた。肺の中に煙をゆっくりと満たし、長
いため息のようにゆっくりと吐きだした。まったく、なんてこった。つきすぎてると思
った。灰皿の中にタバコの火をもみ消して、カクテルをたのんだ。淡い紫色をし、細か
い気泡だっているカクテルを見ていると横に風を感じた。見ると彼女がこちらを見て笑
っている。それを見た僕も笑った。彼女が僕を笑わせ、楽しい気持ちにさせてくれた。
僕は今現在の彼女の大切さを感じた。
「なによぉ、なに笑ってるのよ、あたしが笑ったからって笑いかえさなくってもいいの
よ。失礼よ、色々な意味で、あんた。悪魔の何とかだなんて言ってるし、なによぉ、も
う、あたしね、あっちで色々な人に声かけられたんだかね、それを振って戻って来たの
よ、わかってんのかね。いい、海に行くのよ、あたし水着持ってきたんだから。あんた
はどっかで買えばいいわ」と、彼女はまくしたてた。
なんて強引で一方的なのだろう。それをなんで許せてしまうのだろう。
それから僕たちは、24時間営業のレストランへ行き、明けきっていない夜を過ごした
。
そこには同じ歳くらいの人が、テ−ブルに突っ伏したり、椅子にもたれたりして寝てい
る。何かを訴えるでもない話ぶり、それを気がなさそうに聞いている。ニヤニヤしなが
らウエイトレスを目で追ったり、違うテ−ブルにすわっている女を眺めたり、それを意
識している女たち。
店内には、静かにロックが流れていた。

駐車場は、思ったよりも混んではいなかった。海岸に近いところで車を止めた。彼女と
並んで歩いた。ときおり吹く風に彼女の髪の毛が舞、シャンプ−の臭いが鼻につく。ほ
のかに、女の臭いもした。僕よりも少しだけ背が低い。
砂はそれほど熱くはなかったが、水平線には入道雲が力強く迫り出しているし、容赦な
く照りつける太陽は、今日一日の天気を完全に予報し、暑くなることを物語っていた。
海の家で海パンを買い着替えて、サマ−ベットを2つとパラソルを借りて、彼女が更衣
室から出てくるのを、すわって海を眺めて待っていた。
彼女が風を伴って僕の隣にすわった。その風はとてもいい香りがした。僕の腕に、彼女
の柔らかい肩があたっている。横を見ると、豊かな胸がある。ずっと見ていたかったが
、すっと彼女は立ち上がり「なによぉ、いつまでここにいるのよ、早く行くのよ」と笑
顔で言った。ワンピ−スの水着、柄と色はとても彼女らしく似合っていた。日に焼けて
いない肌が、白かった。そして、今気がついたが白いズックのカバンを持っていた。僕
がそれを見ていたのに気がついて「どう、いいでしょう、あたしの働いてるお店で売っ
てるのよ。このマ−クが可愛いんだなぁ」と言って、真ん中に付いている錨を僕に見せ
た。
「ここらへんでいいいです」僕がそう言うと海の家の従業員は、スコップで穴を堀、パ
ラソルを立ててくれた。2つのサマ−ベットを並べて置いた。彼女はその上にズックの
カバンを置いて、海に向かい大きくのびをした。僕も習って背筋を伸ばした。従業員は
いつのまにかいなくなったいた。
「名前まだ聞いてなかったね」僕は言った。あまり唐突だったのか彼女は驚いた顔をこ
ちらに向けた。
「名前だよ、名前まだ聞いてなかったじゃん」僕は言った。
彼女は微笑みながら「いまさらぁ、あんたって人のことナンパしといてあたしのこと何
にも聞かないじゃない。色々聞くもんよ、ふつう。もう、教えてあげないわ。あんたの
ことも知りたくない」いつのまにか微笑みはなくなり、彼女は言った。
照りつける太陽は徐々に上っていき、灼熱は増し、じりじりと肌を焼く。入道雲も負け
ずに光を反射して白く輝いている。隣には仰向けに目を閉じて彼女が寝ていた。ほんと
に寝ているのかは解らない。僕は彼女の顔を見、水着に包まれている、豊かで柔らかそ
うな、胸を見た。
彼女がいたずらっぽく僕を見ていた。その目はなんだか誘惑に満ちていた。彼女は水着
の上から自分の胸を触っている。僕は眼を見開いた。彼女は右手を、左肩に置き、水着
の紐に親指をひっかけて、柔らかそうな肩の曲線にそって、下ろした。僕は体を起こし
、さらに、眼を見開いた。彼女は左の紐を下ろしたら、同じことを左手でもやり、腕を
クロスさせて水着をつかんだ。僕は、ゴクン、と唾を飲む。彼女は徐々に水着を下ろす
。水着が胸のあたりでつかえたが、下ろす力にはあらがえず、それがときはなされ、胸
が大きく揺れた。僕は開いていた口を閉じて胸をじっと見た。クロスした彼女の腕にの
っている胸は、彼女が体を左右に揺すると、とても悩ましく、弾力をもって揺れた。僕
は興奮の極みに達した。そして彼女の顔を見た。すると、目が光っていた。その光の照
度は徐々に増していく。僕は眉間に力を入れてあらがっていたが、耐えきれず、目を閉
じた。その時、頭の中で何かが変わった。その何か、を確かめるために細く目を開けた
。
眩しかったのは彼女の目ではなかった。それは、いつの間にか頭上に上がっている、強
烈な光を放つ太陽だった。体が焼けて火照っている。猛烈な喉の乾きを感じた。頭を横
に動かすと、彼女と目が合った。
「あんたて寝てばっかいるわね」彼女は憮然として言ったが、急に笑顔になって「すご
いエッチな夢、見てたんでしょう」と言った。僕は反論したかったが口の中がカラカラ
で言葉が出なかった。そのあわてぶりを見て彼女は、キヤハハハハ、と笑いながら「お
願いだからあんたさぁ、もう、勃起なんてさせないでよね」と言った。僕は、はっとし
て下腹部を見た。そこは、僕をあざ笑うかのように、膨らんでいた。僕はこれ以上のな
い、羞恥心をあじわった。喉の乾きも、体の火照りも、そして恥ずかしささえ、もうど
うでもよくなった。
「あたしをあんまり笑わせないでちょうだい」

そんなことがあってから二人の間に親しみが増した。そして会話と笑顔が増えた。あそ
こを見て、彼女は言った。その方向を見ると、太陽の光を浴びている二人の女に二人の
男が、女のそっけなさとは対称的に振る舞っていた。
「ほら、 あそこにも」
あきらかにナンパをしているその光景はいたるところで目についた。僕と彼女との関係
もああいうものだと思うと、彼女とだけは別な形で知り合いたかった。そう考えると胸
が圧迫された。
「あそこの人達、どうやらうまくいったようよ」無邪気に彼女は言った。
「ねえ、なにか食べて沖のブイまで泳ごうか」
「わあそれっていいアイデアよ、あんたあたしのことどお思っているかわかんないけど
ぉ、こう見えてもとってもうまいのよ泳ぎは」

 海の家で、ラーメン 、焼きとうもろこし、フランクフルト、ブルーハワイのかき氷を
二つずつ注文して、一人前の焼きそばを二人で、食べた。
沖のブイまでいき、ブイとブイとの間を横に5個間隔に決めて彼女と僕はブイを挟んで
横に並び、競泳をした。彼女は驚くほど速く、とても綺麗なフォウムで泳ぎ、僕は一度
もかなわなかった。

高かった日差しは、その強烈さを除除に失いつつ、傾いていく。帰り仕度をする人がち
らちらと目につくようになった。
駐車場は来たときとはうって変わってたくさんの車が並んでいた。
「ねえ、そうでしょう、早めに帰ることにして正解だと思わない。だってこの車達がみ
んな帰るときだと、きっと大変よ」車に乗り込むと彼女はそう言った。彼女が混む前に
帰ろうと提案したのだ。彼女はズックのカバンを腿に置きその上に両腕を乗せていた。
腕の隙間から錨のマークが見えた。日に焼けて赤くなている肌が彼女をもう一歩美しく
していた。潮でかたまった髪。

まだ時間はあると思った。どこに住んでいるのか、それと、名前だけでも聞こうと。僕
は、住所と電話番号、もちろん名前、を教えよう。彼女はきっと連絡をしてくれるだろ
う。まさか彼女の連絡先は、いくらなんでも教えてはくれまい。僕はそう考えていた。
車を走らせていると彼女は、電話をしたいからあったら停めて欲しいと言ったので、僕
は交差点の手前に公衆電話を見つけて車を停めた。彼女はカバンを抱え車を降りて、歩
く人を避けながら公衆電話に向かっていった。
受話器を持つ彼女の姿が、人の流れの隙間からちらちらと見える。僕は窓をあけてタバ
コに火をつけて喫った。ラジオをつけると交通情報が流れていた。
信号が変わり人や車の流れが停まる。そして今までとは違う方向からの流れが始まる。
僕は彼女のいる公衆電話に目を移した。彼女はいなかった。はじめ、人混みが邪魔をし
て見えないものだと思った。そしてその次に、なにかをしようと、例えば両替をすると
か、飲物を買うとか、トイレとか、そのためにいないのだと思った。まさか僕を置いて
いなくなるなんて、そんなことは考えもしなかった。
もしかすると戻ってくるかも知れない、僕をためしているのだろうか、なにか彼女のこ
とを傷つけることでもしただろうか、そもそも最初からこういうつもりだったのだろう
か、どう考えても数学的な証明ができない、とりとめのなさに深く入り込んでいた。そ
して気がつくと、人や車の往来が疎らになり、ラジオの放送も終わっているらしく無音
だった。時間だけは確に流れていた。
僕はウインカ−を右にだして、車を発進させた。

なにか大切なものを無くしてしまったとき、夢中になって探しているとなかなか見つか
らなくて、忘れかけたとき、ひょんなところで思いがけなく見つける。こういうことは
よくあることだ。
あれ以来僕は彼女のてがかりになる、錨のマ−クを探した。人にも訊ねた。彼女はそこ
で働いているはずだった。知り合った店にも何度も行ったし、その周辺の店にも行って
みた。しかし彼女はまるで、最初からいない人のようだった。
就職活動が忙しくなるとそんなこともしていられなくなり、しだいに忘れかけていた。
そしてある企業に就職をした。
僕が入社をした同じ時期に、通りをはさんだ向かいにスポ−ツクラブが出来た。なにか
の縁だろうと思い、会員になった。そのクラブにはプ−ルがあり、そこで思いがけなく
、彼女に再会した。水着には錨のマ−クがついていた。彼女は以前からこのスポ−ツク
ラブの支店に、水泳のインストラクタ−として働いていて、今回ここに配属され、この
錨のマ−クはクラブのトレ−ドマ−クなのだ、と言った。僕があのときなぜ、いなくな
ってしまったのか訊くと、「そんなことあたしに言わせないで、お願いだから」と、言
いしつこく訊ねると「自分で考えなさいよ、そんなこと」そう言われたが、僕には、や
はりまったく解らない。

彼女の名前は、実果という。
これを最愛の妻である実果に捧げる。
@                                                                    了




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