#330/1336 短編
★タイトル (GVM ) 94/11/27 23:40 (142)
お題>ペルソナ スパマン
★内容
彼は交通事故で大怪我をして入院していたが、退院は間近だった。そういうときの
患者がよくやるように彼も病室をそっと抜け出し、こっそり戻ったところだった。だ
が、その様子は神経質過ぎるようにも見えた。彼が薄暗い廊下を通り、ナースセンタ
ーの前に来ると、ちょうどそこにある電話が鳴った。看護婦が出て来るまでに姿を隠
せないと判断したのか、あわてて受話器を取った。相手は彼自身の呼び出しを頼んで
きた。
「はい、私ですが…」
不吉な気がした。
『…誰にも解らないと思ってるでしょうが、
私は知ってますよ。あなたが生まれてから
やってきた悪いこと全部を、一つ残らず知
っているんですよ。』
「もしもし、どこへお掛けですか?」
『勿論、コンビニ強盗さんにですよ。』
彼は驚いた。先程の仕事を見られた
のだろうか。
「おまえは、誰だ?」
『ほら、小学生の時、小さな店でチョコレー
トを一箱万引きしたでしょ。そう、あの小
学校の近くの駄菓子屋で。どうです、驚き
ましたか。』
「嘘だ。そんな覚えはない。」
深夜なので大きい声を出せぬのが
くやしかった。
『では、もうひとつ。やはり小学生の時です
ね。あなたは女の子に石を投げて失明させ
た。どうです?』
覚えがあった…。
「いや、あれは一緒に居た奴がやった
んだ。」
『ほほぅ。でも、それは嘘ですね。友達も一
緒に石を投げたが、それは当らなかった。
あなたの投げた石こそが、女の子を不幸に
した。そうですね。』
「嘘だ!」
『いやいや、あなたはわかっていたはずだ。
それなのに、あんたは友達が内気なのをい
いことに、自分の罪を押しつけた。』
「違うっ!おまえは誰だ。」
『私に嘘は通じません。もっと喋りましょう
か。あんたは、大学生の時、やはり同じ大
学の女子学生を犯しました。強姦です。女
は泣き寝入りしたから、あんたは罪にはな
らなかったが、私は知ってますよ。彼女は
処女で、泣いて嫌がったのに三度も犯しま
したねえ。それなのに、もっとやっておけ
ば良かったと後悔して居る。』
これは夢じゃないかと思った。
「誰だ、おまえは? 『まだある。あんたは中学の時、後ろの席の
答えろ!」 女の子の鉛筆を盗った。その子が好きだっ
たからだ。その鉛筆で、あんたは自分宛に
ラブレターを書いた。ほっほほ。くだらぬ
ことをやったもんだなぁ、おい。まぁ、昨
年のS銀行の強盗殺人から見ればかわいい
ものだが。』
「まさか…!?」
『おや、ようやく気付いたようだな。』
「おまえは、俺なのか?」
『そうだ、俺はおまえだ。俺はおまえのクロ
ーンだよ。おまえを犯人と確信しながら、
証拠を見付けられなかった刑事がよぉ、自
分の退職金をはたいて俺を存在させたんだ
よ。』
「あいつか。あのじじいが!」
『そうだ。』
「それで、まさか…」
『ふん、俺は白状してやったさ。なんせ産み
の親だからな。奴は涙を流して喜んだよ。
あの銀行で、おまえさん、女を一人殺した
だろう。それが奴の娘だったんだ。だが、
刑務所に送りこむことは出来ない。クロー
ンの自白ではどうしようも無いからな。』
「当たり前だ。クローンの自白は
証拠にならん。法律でそうなってる。」
彼はほっとした。
だが、面倒なことになった。
『そこでせめてもの意趣返しにと、俺を殺そ
うとしやがった。俺はかっときて、反対に
奴を殺ってしまったという訳だ。』
「な、なんだとぅ」
『ああ、死体は、いま俺の足許に転がってい
るさ。どうだ、音が聞こえたか。白髪頭を
けっ飛ばしたんだ。』
「どこに居るんだ?」
電話のタイミングからいって、
近くだろうと感じていた。
『さて今から俺は、ずらかるんだ。じいさん
を殺したとき、近所の奴に、この二枚目の
顔を見られてしまったんだ。そこで、ひと
つ賭をしないか、オリジナルさんよ。こう
して、わざわざ電話してやったんだからな
受けてくれよ。』
「賭けだと?」
『なに、簡単なことだ。もし俺が捕まったら
オリジナルさんのコンビニ強盗の罪もひっ
かぶってやるよ。そのかわり、お前さんが
先に捕まったら、元刑事殺しも白状してく
れ。いいだろ?』
「馬鹿な。クローンが居るとわかれば
ばれてしまう…」 『おっと、だから電話しているんじゃないか。
あんたが捕まったら、俺がオリジナルさ。』
「ふふん。そういうことか。」
『どちらかがクローンとして罪を償えば、逃
げ回る必要はないさ。残った者はクリーン
になる。』
「わかった。」
『じゃ、始めようぜ。ここは、あんたがやっ
たコンビニの前のビルの2階だ。じいさん
を殺した勢いで、コンビニを襲ったという
わけだ。いいな。』
電話は切れた。
彼は、声を出さずに笑った。賭は彼の勝ちに決まっていたからだ。
なぜなら、クローンの知らない事実があるからだ。元刑事は退職後もずっと付け回し
ていて、彼が交通事故にあったとき、細胞を採取し、何らかの手段で記憶もコピーし
たに違いない。彼は、飲酒運転の車にぶつけられ、顔がめちゃくちゃになり、整形手
術まで受けなくてはならなかった。現代の整形技術は、かなりのレベルに達しており
ほぼ完璧に以前の顔に戻るのだが、10万分の1という確率で起きるか起きないかと
いうコンピューター制御のミスで顔面の神経を1本損傷し、そのために顔が変わって
しまっているのだった。彼のクローンが、他人に顔を見られたとしても、いっこうに
構わなかった。だから、彼は逃げも隠れもしなかった。
翌朝、刑事が4人来たときにも、彼は平静だった。むしろ愛想良く応対した。顔が
変わっているんだから捕まるはずがないと信じていたのだ。コンビニ強盗のときはス
キー帽で完璧に覆面していたし、その帽子も始末した。証拠は何もないはずだ。
だが、刑事は手錠を掛けた。緊急逮捕だ。
「なぜだ。目撃者はいないのか。」
思わずそう叫んだ。すると、刑事の一人が嘲るように言った。
「目撃者が居るから、おまえは捕まったんだよ。おまえの顔は100メートル先で
も絶対にわかると言っていたよ。」
そして、手配の似顔絵をポケットから出して、見せた。そっくりだった。その瞬間
彼は、元刑事にはめられたと感じた。元刑事の老人にぬかりはなかった。オリジナル
の現在の顔を仮面にでもしてクローンに付けさせ、自分を殺させるよう仕向けたのだ
ろう。目撃者となる人間もあらかじめ用意していたに違いない。彼は老人の執念に負
けた。
刑事のひとりがベッドの名札を見ながら訊いた。
「おまえの名は、これだな。」
「俺は…」
彼は覚悟を決めて言った。
「いや、俺はクローンだ。」