#322/1336 短編
★タイトル (ARJ ) 94/10/14 21: 5 ( 63)
お題>「ペルソナ」 みのうら
★内容
約束の時間まで随分あったけど、急いだ。
どうしても、彼より早く場所にいたいから。
頭の中で、今日一日の行動を何度もシミュレートする。まず、お昼を食
べなくちゃ。それからせっかくこんなとこまで来るんだから、少しはウイ
ンドウショッピングでもしなくちゃ。友達とだったら、絶対、来ないよう
なとこだから。デートを意識してこんなとこ設定したけど、あいつはうま
く立ち回るかな。何を食べよう。あんまり高いものオゴってもらうのも悪
いし、かと言ってせっかくのデートでファーストフードじゃ色気がない。
あ、あそこにチェーンのパスタ屋。あそこなら値段も手頃。でもこの時間
混んでるだろうな。二人なら、ちょっと狭くても窓際の席。ちょっと待っ
てもいいから、あそこにしよう。いつもならペスカトーレを食べるけど、
ピンクの爪がよごれちゃう。ルージュとあわせたピンク。夏に焼き過ぎち
ゃって、ちょっと似合わなくなっちゃったけど、あとちょっとでなくなる
し、男受けする色だもんね。パールピンク。流行にあわせて伸ばした髪も
そろそろ変えようかな。おもいっきりショート。それともストレートでボ
似合うかな。彼氏ができたら、髪を切ろうと思ってた。世間では、失恋し
長い髪にひっかかるのよ、ぞろぞろと。ほんと、馬鹿。前の彼氏のこと思
彼は、待ち合わせより十分も早く来た。
そういうとこが、嫌い。どうせなら、少し遅れてくればいいのに。それ
でもやつは、ぬけぬけと言った。「ゴメン、ゴメン。早めに来た積もりだ
ったんだけど」笑顔で言う。間抜けヅラが気に入らないけど、お昼がオゴ
んなふうに、あたしの方から気を使わなきゃいけないなんて、腹立つなあ。
まかす。女なんて、本気で相手にできないとでも思ってんのかしら。いけ
ない。こんなことばっかり考えてるから、長続きしないんだわあたし。男
向けの笑顔を顔に張り付けて、ドラマかなんかで聞いたような適当な台詞
を吐く。馬鹿みたいなのはあたしだわ。友達とだったら、こんな馬鹿げた
会話、絶対しない。どうして、彼の前だとつまんない話ししかできないの
かしら。彼の前にいるあたしは、ほんとのあたしじゃない。彼女って名前
が好きだなんて、馬鹿な男。急に自分がみじめになるけど、あたしは明る
く、馬鹿らしく、彼女らしく振る舞う。やめられない。あたしはあたしの
操り人形。おかしいな。彼の事、好きだったはずなのに。別れ際に、二人
だけの旅行を持ち出した。こういうのって、普通男の方から切り出すもん
よ。「ねえ、今度、旅行しよ、二人っきりで……」
から彼と愛しあうのに、彼が避妊してくれるかどうかだけが心配だなんて。
あたしは、彼との階段を、登ってるのかな。それとも降りてくのかしら。
この通過点が、いったいどうなるのか不安。彼を好きになれるかしら。そ
れとも嫌いになるかも。押し倒された瞬間、嫌悪感で吐き気がした。でも、
いつもの事だしね。明かりも消してくれないなんて、ひどい話。でもあそ
こをのぞきこまれないだけましかもね。昔、エッチなゲームの女の子みた
いにあたしを扱った男がいたな。終わってからさんざん吐いた。相手は、
女を抱いたってことでご満悦。女を抱いたからって、一人前になったつも
り?あいつと別れるの、一苦労だった。身体とは裏腹に、頭の覚めた部分
が「ほら、SEXよ。気持ちいいのよ、感じなさいよ」とささやく。自動
的に身体が反応する。でも心は、ぜんぜん気持ちなんかよくならない。彼
の吐息と身体のリズムだけが気になる。ねえ、何か言ってよ。うそでもい
いから。気持ちのよくなるようなこと。あたしを抱いてよ。どっかの、馬
鹿な女じゃなく、あたしを抱いてよ。あたしを見てよ。おねがいだから、
あたしを抱いてよ……
「どぉしたの」
寝ぼけたふりしてあたしは彼を見る。彼は、「ううん」とうなってから、
取って付けたように「愛してるよ」と言った。その目を見ないで、ただ抱
きついた。ああ、あたしだけじゃなかったんだ。これは二人の仮面劇。あ
たしが被った仮面を、彼が被った仮面が抱いた。それだけのこと。仮面が
仮面を抱いた、それだけ。夕べは何を熱くなってたんだか。36度とすこ
しの、なま暖かい仮面を抱いて、あたしはいくつめかの階段を降りる準備
を始める。
久作さん、感謝。
いつかのお約束、これで果たせたかな。