#317/1336 短編
★タイトル (ZBF ) 94/10/ 9 0:39 ( 68)
お題「ペルソナ」 久作
★内容
「ペルソナ」 久作
電車の窓、入母屋の農家やコンクリート打ちっ放しの小児科やミスボラシい駄
菓子屋やパステル調の悪趣味ビルヂングが、後ろへ後ろへと流れていく。灰色の
空には何本も何本も黒くタルんだ電線が渡り、やっぱり灰色の地面には黒く濁っ
たドブが走っている。ポテポテと歩く黄色いモンゴリアンは、昔と比べてスタイ
ルが良くなったと言われるけど、チョッと上に伸ばして痩せただけ。相変わらず
扁平な体に、扁平な顔を載せて歩いている。きっと脳ミソもツルツルなんだろう
な。桃灰色のヌメヌメした物体が目に浮かぶ。気分が悪くなる。扉に凭れてボン
ヤリしているぼくの前には、遠足にでも行くのかな、七歳ぐらいの男の子や女の
子が犇めいてワアワア騒いでいる。何かと賢ぶって仕切りたがる子、とにかく笑
い続ける子、ひたすら呆然と宙を見つめている子、なぜだか突然に泣き出す子。
子供は可愛い。見ていると面白い。次の瞬間の動きが解る。気持ちなんて解らな
い。解る筈もない。でも行動は解り易い。手持ちの数少ない表現/行動の選択肢
の範囲で動いてるんだから。その点、大人はヤッカイだね。底は見え透いている
けど、行動が解らない。奇を衒っている。たぶん、テレビか何かの真似でもして
るんだろうけど、ぼくはテレビを見ないから解らない。なんだか、やたらに滑稽
に思えて、ほくそ笑む。目の前の男の子が怯えた目になる。フザケて、イヤラシ
い目をして睨んでやる。泣き出した。だから子供が好きさ。真顔に戻る。目を逸
らして窓の外を眺める。ジャージ姿の先生が、慌てて泣く子に近付いてきた。
待ち合わせの場所に行くと、十分も早いのに、もう待っていた。ソソっている
積もりだろうけど、気合いの入った上目遣いで見上げてエクボをつくっている。
こういう表情を作ると、女の子はみんな同じ顔になるんだよね。……これは何の
真似なのかな。「遅い!」断定形に感嘆符まで付けてきた。「ゴメン、ゴメン。
早めに来た積もりだったんだけど」マニュアル通りに優しくって情けない男の子
を演じる。「ゴハンはオゴリだからな」まるで聞いちゃいない、自分の台詞に夢
中になっててアドリブの余裕がないみたい。お約束の笑顔で頷いてやると、「ヤッ
ター」今度は片仮名だ。とりあえず食事をして「たくさんの人と付き合っていろ
いろなことを吸収してイィ女になるの」とかなんとかかんとか天上天下唯我独尊
の太平楽を聞かされたりした。嗤っちゃうよね。肉体なんかと美徳を交換しよう
なんて、ソクラテスかプラトンに聞かれたらアックスボンバーでも食らわされそ
うな虫の良い取引が成功するって本気で信じてるなんて。女の子の肉体に、それ
ほどの価値があるなんて初耳だな。フンフン聞き流してゲーセンに寄ってホテル
には行かなかったけど公園で暫く並んで座ってボソボソ話をした後、家の近くま
で送ると別れ際に、「ねえ、今度、旅行しよ、二人っきりで……」。
浴衣姿で布団の上に座っている彼女は人待ち顔、頭の中でゴチャゴチャと目ま
ぐるしく利害得失の計算でもしているのだろうけど、残念ながら僕には関係ない。
勝手に考えるが良いよ。僕も勝手にするから。「××」甘くネチこい声で名を呼
びながら見開いた目を覗き込むと、まだ計算が終わっていないんだろうね、彼女
は俯いて硬直した。それでも、ヤンワリと僕が押し倒したとき、しっかり枕元の
スイッチを切って部屋を暗くするなんて、なかなかスキがないね。こっちも皮下
脂肪タップリの下腹部なんて見たくないんだから、良いんだけど。肌を合わせる
と、僕の痩せた胸が彼女の柔らかい乳房を押しつぶす。女の子の体って見たら美
しくないけど、抱き心地は良い。セオリー通りに首筋に唇を這わせる。腕を背中
に回してくる。少しクスグったい。ビデオか何かで勉強したんだろう、耳障りな
喘ぎ、辟易しながら闇の中で愛撫を続ける。こうしていると彼女の個性が消えて
いくような気がする。個性がなくなると、彼女もマンザラ捨てたもんじゃない。
彼女じゃなくって、”女”になるから。女に僕は、名前を付ける。あのひとの名
前。僕が初めて愛した人、僕が本当に愛した人、僕が最後に愛した人。僕は、あ
のひとを抱いている。あのひとが僕の愛撫に、僕の欲望に狂おしく応えてくれて
いる。あのひとは僕を抱きしめ、僕を貪り、僕を包み込んでくれる。僕は夢中に
なる。僕は昇り詰める。僕は何度も、死ぬ。
明け方に目を覚ますと、右の腕が痺れている。目を遣ると、丸くて大きな顔が
載っている。あぁ、そうか、この子と寝たんだ。そう思うと腕の痺れが我慢でき
なくなって、ソッと引き抜いた。痺れた腕を伸ばして莨の箱を探る。パッケージ
に「Persona」って印刷してる。「仮面/実体を覆う物」ってラテン語。
セロファンを破る。箱を開ける。銀紙を剥ぎ取る。三重の包装を破って、漸く莨
に辿り着く。なんだか急に可笑しくなっちゃう。寝ぼけた声で「どぉしたの」っ
て、彼女が起きる。「うぅん」昨夜の続き、優しい目を取って付けて、彼女を覆
う。「愛してるよ」。ギュッと抱きついてきた。心の底から、哄笑が沸き上がっ
てくる。
(お粗末さま)
前の穴はワ・タ・シ(←最近オカシいぞ)