#119/1336 短編
★タイトル (WMH ) 93/ 8/22 5:37 (101)
ぶつぶつ/有松乃栄
★内容
「いや、シャレならんらしいよ。本当に。嘘やないって。幸子の人生がもし、
この先、不幸のどん底に陥っていくとしたら、九割方あいつのせいやと思って、
間違いない。俺、見たもん。いや、最初は信じてへんかったし、信じられる訳も
なかった。それは、お前の言うこともよくわかるよ。うん。せやけど、一昨日の
晩、お前も幸子も含めて、五人で飲みに行ったやろ。そうそう。帰り、俺が、べ
ろべろに酔った幸子を送り届けたんや。部屋まで。とりあえず、部屋に入って、
あいつ、すぐに洗面所に向かって、ジャージャー水道の水出しよんねん。『大丈
夫か?』キッチンに座ってた俺が、洗面所の方に声をかけたけど、返事がない。
これは倒れこんでるんとちゃうかと思って、様子を見に行った」
「ふーん、じゃああんたは、その時に、それを見たって言うことか。何もね、
頭から信じないでおこうと思ってるんやないよ。あたしかて、そりゃ幸子とは友
達やし、あんたのいとこでもある訳やから、彼女の言うことは信じてあげたいと
思うよ。けど、あんまり幸子が、同じことばかり繰り返して言うから、こっちも
正直嫌になりかけてたんよ。ああ、これは何か同情されたがってるのかな、って
あたしが思うのも無理ないぐらい、幸子はみんなに、そのことばかりを言うんよ。
それはもう、ほとんど愚痴って感じの言い方だし、あたしだって、幸子のしかめっ
面ばかり見てても、つらいやん。だから、それとなく注意したんよ。あの、飲み
に行った夜、幸子とトイレに入った時に。『あんたがしんどい気持ちもわかるけ
ど、あんまりおんなじことばかり言ってても、誰も信じてくれへんようになるよ』
ってね。けど、そしたら幸子の言ったことって『あなたも、あたしのことを同情
して適当なこと言ってるんでしょ』って言うんよ。あたしも、さすがに頭にきて
さあ。なんか、幸子がやっぱり嘘ついてるんかなって、そう思い始めてたんよ」
「うん、そうやな。確かに、最近の幸子の言動は目にあまる。俺もあの晩、ゆ
りちゃんから聞いたんやけど、幸子、仕事時間でも、その話突然持ち出して、や
れ体調が悪いだの、精神面がキてるだの、理由をつけてはボーッとしてるらしい
な。かなり社内でも反感かってるらしいし。ただまあ、俺はそれを本当に見てし
まつたからな。幸子に対しては、多少同情的かもしれん。確かにそれは、幸子の
言う通りの形状をして、その通りの行動をとっていたからな。あんなもんに毎日、
毎日、家にいる間中、生活を邪魔されていたら、幸子でなくてもおかしくなって
当然やと思うよ。それはもう、おそろしい形相をしていたしな。はっきり言って、
気持ちの悪いモンやったよ。ただまあ、それをどうすればいいのか、幸子はもち
ろん、俺にも皆目わからんでな。誰に言ったところで、まず信用して、幸子の身
の回りを考えてくれる人はおらんやろう。それが、常に見えるモンやったら、ま
あ、手のほどこしようもあるやろうけど、そうやないからな。俺が見たっていう
のも、偶然であり、奇跡のようなモンなんかもしれん。最初、何かようわからん
でな。幸子の肩の上に、何かヌイグルミでも乗っかってるんやと思ってん。せや
けど、妙な光り方をしていてな。これはおかしいと思った」
「うーん、まああんたが見たんやからねえ。あたしも信じないと、しゃあない
やんか。明日でも、幸子の家に電話して、様子聞いてみようとは思うけど。でも、
本当にどうしようもないんかなあ。別にいつもへばりついてる訳やないんでしょ。
そりゃあ例えば、たまたま普段は私らには見えなくて、それでも実は二十四時間
そこに存在して、幸子を困らせているって言うんなら、幸子だけはいつも存在を
感じているって言うんなら、そりゃあ問題やと思うよ。でも、そうではないんで
しょ。それは、突然現れて、そしてまたスッと消えていくんでしょ。じゃあ、幸
子が言ってるほどの実害はないと思うのよ。別にあの子が、話を大きくしてるっ
て言うんやないよ。けど、神経質になりすぎてるのかもしれない。些細なことで
あれ、それが関っているというだけで、幸子は、追い詰められてるんとちゃうか
なあ。そう考えると、とてもかわいそうだとは思うよ。だって、私らの常識では
考えられないことやし、あたしらには絶対に体験できなければ、どういう感覚な
のか正確に把握することは不可能だからね」
「そうやけど、ただ、幸子が徐々に破綻していってるのは、わかるやろう。破
綻はやがて、不幸を招く。確かに、たかが、一個の存在と考えてしまえば、実害
はないと思うで。肩にいて、何か動きだす訳でもなさそうやしな。ただ、手をく
ださずにそいつは常に、幸子のことを監視しているとも考えられへんか。生活の
端から端まで、いつ、そいつが姿を現すか、わからんやろう。朝起きて、夜眠る
までの間、そう考えたら気をぬく時がないわな。たまたま今までは、他人に見ら
れるというシチュエーションはなかったらしい。おそらく、そいつの姿をはっき
りと見たのは、俺が始めてやないかって幸子も言ってたぐらいやしな。しかし、
それは逆に言えば、アンラッキーやった。これまでのところ、そいつが出て来て
以来、人前で存在がはっきりしたことはなかったそうでな。今回、俺の前で姿を
現したってことは、今後もこういうことがあるかもしれんってことで。幸子は、
いつ人に見られるのかってことでも、悩んでいかなあかんかもな。せやけど、俺
も考えたけど、例えば自分にやで。自分の肩にある日、訳のわからない生物のよ
うなものが乗っているという状況に遭遇したら、どうするやろうって。そいつは
目に見えるだけで、振り払うことも、切り落とすこともでけへんねんからな。俺
やったら、鏡見るのもおそろしいと思う。ましてや、いつ出現するかわからんと
なると、これはもう、想像を絶する地獄やないかとな。そう思う訳やねん」
「本当に法則ってないのかなあ。うん。もちろん、出現する時間とかについて
やけどね。例えば、何かのアクションをとった時とか、何かのことを考えていた
時とかね。そういうのがわかったら、いくらか、出現を阻止する方法も浮かんで
くると思うんよ。それとその形だけど、何かを暗示しているってことないかなあ。
見たこともないような生物のようで、実は何かの形に類似しているとか。それに
まつわる、何かが過去にあったとかね。具体的に、そうやって統計でもとってい
けたら、もしかしたら、何らかの手はあると思うんよね。何にせよさ、今のまま
で幸子を放っておいたら、どんどん彼女の立場も悪くなるだろうし、あかんと思
う。幸子の言う通りに、同情してどうこうって言うより、やっぱり友達として放っ
ておく訳にはいかないってね。ゆりちゃんにも、また後でいろいろ相談してみる
けど、やっぱり同じ事言うと思うよ。真相を知ったら。あたしと幸子も、なんだ
かんだで五年の付き合いやし、向こうだってやっぱり、誰かに助けて欲しいと思っ
てるんとちゃうかなあ。自分ではどうにもできひんよ。たぶん」
「お前の言うこともわかる。けどな、俺はそいつを見た時に、ものすごく恐ろ
しいと思った。こんなもん、いつも見てたら、こっちが気狂うとまで思った。正
直、すぐにでも逃げ出したかったよ。もちろん、幸子が苦しんでたし、震えなが
らもこらえて接したけどな。しかし、法則なりあるとしても、今の幸子には、例
えば自分で出現記録とったりとか、そういう落ち着いた行動はでけんと思うねん。
なんせ、もうほとんどノイローゼになっとるしな。出現した時、カーッとなって
割ったっていう皿が、幸子の部屋のベランダに散乱しとったしな。かと言って、
例えばお前なり、ゆりちゃんが幸子の部屋に泊まり込んでやで。出現するのを待っ
て、観察するとか。それは無理や。そんなことしてたら、お前やゆりちゃんが、
今度はおかしくなってまうかもしれん。そいつは確かに、単純な形状をしていた。
球形に、四本の足がダランと、枯れ枝のように細く、な。しかし、それはある種、
宗教的な概念に基づいて作られた形なのではと思うほどの、神秘に満ちていたし、
やはり、常人には理解しがたい存在なんやと思う。何よりも、見た瞬間に凍り付
いてしまいそうになるんやから。それはもう恐ろしい。二度と見たくないな」
「そう。そんなに恐ろしいの」
「恐ろしいねえ」
(終わり)