#88/1336 短編
★タイトル (TEM ) 93/ 7/15 18:46 ( 94)
お題>僕は君だけは許せない うちだ
★内容
瑠璃子さんが悩みつつ生きてるのは、もう小学校に通ってる時からのことで、
今に始まったことじゃなかった。たくさんの悪い仮定ばかりして、一人苦しむ
彼女は、僕に答えることの出来ないような質問ばかりした。手紙で電話で会っ
て話して。例えばこんな。
「私、何してもなんだか憂鬱なの。そりゃあんな仕事がつまらないのは当然て
ものだけど、何してても心から楽しいってならないの。ねえ、たかしクンは何
が楽しい? 何で楽しい? 私の楽しいことって、何かなあ」
仕事もうまくいっていてそれなりに生活の楽しい僕は、そんな彼女の問を否定
するでもなく、肯定するでもなくいつもいつも聞いていた。聞くことでせめて
瑠璃子さんが救われるならって思ってた。一般回答で彼女が満たされるわけも
ない。それに結局は瑠璃子さん自身で答えを出すことだったから。
「僕が瑠璃子さんくらい勉強が出来て家に金があったら、もっともっと楽しい
こと考えるんだけどなあ」
僕がそんなことを言うと彼女は困ったような顔をしてふふふと小さく笑った。
高校の頃にも同じようなことを彼女に言ったような気がする。瑠璃子さんは何
を言ったって傷ついたみたいな寂しい笑い方をするんだ。
「いつもごめんね。こんなんじゃイケナイって分かってるの」
そう。だから瑠璃子さんは落ち込んでは反省して無理してはしゃいで、また
落ち込んで、これじゃイケナイって反省して無理してはしゃいで・・・繰り返
すんだ。仕事前に行くいつもの喫茶店で会った彼女は鬱状態に加え、また一段
と太っていて僕を憂鬱にさせた。
僕らはしょっちゅう会っていたわけじゃない。瑠璃子さんはいわゆる幼なじみ
で、少なくとも僕は彼女に対して恋愛感情をもったことはない。別に幼なじみ
だからって警戒してそうならないんじゃなく、ただ単にそういう魅力を感じな
いってだけのこと。瑠璃子さんは短大を卒業したあたりからぶくぶくと太りだ
した。最近の彼女は大きな体と気の弱そうな瞳が象みたいだった。今ではそれ
さえなつかしい。
瑠璃子さんが最後に僕にくれた手紙のなかでこんなことを書いていた。
「腐ってくんだよ地球の芯から。時々匂う。」
僕はそうは思わない。1999年には恐怖の大王が降って来て、すべてを破壊
してしまう、とも思わない。そんなことより僕が気になったのは“匂う”って
字をあててることだった。“臭う”の間違いじゃないのか? わざとか?
次に瑠璃子さんに会ったときには真っ先に聞こうと思ってた。
今日1月ぶりに会うことになったのは、瑠璃子さんから電話があったからだ。
でもよくよく考えれば、彼女が自分から電話をしてくるって事自体、一大事だっ
たんだ。声のトーンだってどう考えても異常だった。でも手紙のことも聞きた
かったし、そろそろ鬱を抜けたからかな、なんて軽く考えて僕は前に待ち合わ
せた喫茶店で会う約束をした。
前回会ったときと同じ喫茶店、前回と同じ窓際の席。僕がついたとき、瑠璃
子さんはもう先に来ていた。僕はたじろいだ。一月ぶりに会った瑠璃子さんは
イキナリまっすぐにキラキラと星ちりばめたような澄み切った黒目で僕の瞳の
奥を見た。僕はすっかり動揺してしまう。10年間で僕の知る限り、瑠璃子さ
んは人の目を見て話すことのない人だった。彼女がいろんなことを悩んでたの
は知っていた。しかしまさか・・・僕は瑠璃子さんのこんな手放しの笑顔を初
めて見たのだ。
たのんだアイスコーヒーの氷が解けてうすく薄くなってきても、瑠璃子さんの
ながい長い話は熱っぽく続けられた。
「あんなに人と腹の底から分かりあえたこと、なかった。もー最後なんてみん
なして肩抱き合ってわあわあ泣いちゃった。今まであんなに心を開いて人と接
したこと、なかったわあ。ホント最高」
僕は思わず唸ってしまう。まさかとは思ったけれど、これほどまでにハマって
しまうなんて。これが話題の“ライフダイ***”。要約すると瑠璃子さんは
“このままでいいのかなあって、ずっとずっと不安”で、短大の友人の誘いで
“ライフダイ***”の2週間セットにウン十万円払って参加して、2週間、ミ
ーティングやらディベートなどのメニューをこなし、思惑どうり自己改革でき
たんだそうだ。窓からじわじわと西日が差し込んでくる。
「もしかしてうさん臭いと思ってない?」と瑠璃子さん。
「別に・・・いいんじゃないの? 人生前向きでさ」と僕。
「でしょ?」瑠璃子さんが大きく頷いた。「変わろうと思えば変われたんだな
あって、ホント思うわ。今まであんなに何を悩んでたのかなああってカンジー。
ねえねえ、タカシくんも来て! 人生変わるよ」
「別にこのままでいいって」
「本当の自分を知りたいって思わない?」
僕は思わず苦笑する。瑠璃子さんは悪くない。悩んだ末にとった行動の結果が
これだ。僕はもう一度唸って腕を組み直す。僕の目を覗き込んでいる澄み切っ
た瑠璃子さんの瞳。どんなにひどい状態になっても良いほうに進もうとする気
持ち(“空気みたいに満ち満ちる希望”と彼女は言った)、それに気付いた瑠
璃子さんは幸せになったと言う。結局は目先がかわったってだけの話。彼女の
疑問は何もかも解決してないのに。人生前向き、そりゃ悪くない。悪くないん
だけど・・・ふつふつと毛穴から沸騰するような勢いで怒りが込み上げてくる。
「反吐がでそう」
僕が小さく喉の奥で呟くと、瑠璃子さんは僕を見て「え?」と聞き返す。
「・・・・蒸留して澄み切ってきれいになった水は、飲むとぜんぜんおいしく
ないって事」僕は憮然として言った。ケラケラケラと瑠璃子さんは笑った。屈
託ない笑顔を見せて。
「それより、ねえ。1ぺんおいでよ。人生変わるよ。ホント、今まで何を悩ん
でたんだろうって感じ」
目の前の瑠璃子さんは相変わらずデブだったけど、今まで会ったどの瞬間の瑠
璃子さんよりもキラキラしていた。でももう、僕はこの人に会いたいと思わな
い。
僕らが喫茶店を出たころにはもうすでに日は暮れきっていた。僕の手元に脳
裏に、答えの出ないままの瑠璃子さんの長年の疑問だけが残されている。
今は亡き彼女の冥福と復活を祈りながら、僕が答えを探しにいこう。今度は一
人で探さなくちゃならない。僕の必要としていた、悩める瑠璃子さんはもうこ
こには居ない。満ち満ちる希望に溢れる瑠璃子さんに、地球が腐ってく話なん
てしたって仕方ない。彼女が悪いわけじゃないけどやっぱり許せない。夕闇の
中でかけがえのない人のカタチのまま手を振る女に、僕は口を歪めて皮肉な笑
顔を返した。