#33/1336 短編
★タイトル (TEM ) 93/ 5/ 9 20: 3 ( 54)
神秘の時代◆ うちだ
★内容
『はやくはやくはやく!』
朝六時の時報とともに、パイプオルガンの音が章二の耳に飛び込んでくる。
彼はのろのろとベットの中で身を起こす。タイマーでテレビのスウィッチが入っ
たのだ。
ケーブルテレビのチャンネルはPである。Pチャンネルはいつものようにキヨ
ヒコ様の法話で始まる「新伝改革教の時間」である。
終末の近い今日この頃では章二のようなごく普通の若者も、大概はキチンと自
分の宗教をもっている。キヨヒコ様というのは章二と同い年の二十二歳で二年
前に新伝改革教の三代目教祖となった男性である。物憂い眼差しに抜けるよう
な白い頬、いつもはゆったりとした調子で世の中の真理を語るキヨヒコ様であ
る。が、しかし今朝、章二の目にはキヨヒコ様の顔色がいつもに増して青ざめ
て見えた。アップになる彼のこめかみのあたりがひくひくと痙攣した。画面の
中でパイプオルガンの音楽がフェイドアウトし、キヨヒコ様が口を開く。
「親愛なる信者のみなさん、私は今日限り普通の人間です。新伝改革教は本日
もって終了いたします」
それだけの事をキヨヒコ様は一気に喋った。彼の言葉の終わらぬうちに、数人
がテレビ画面の中で揉み合いになり画面がCMに切り替わった。
「大変だ」
章二はテレビを切った。今朝のことは新聞にものるだろう。彼は布団をはねて
跳び起きた。この発言が新伝改革教と対立していた古典改革教に有利に働くの
は間違いない。彼は引き出しから電話帳二冊分もあるカタログを取り出し、ペ
ージをめくった。こんな日もあろうかと半年ほど前取り寄せておいたのだ。
☆光☆教・ロナルド率いるエコロジスト集団カトリック系列にあたる。
vv教・教祖ラトモソク。ヒンズー教の流れをくむ。
真◆教・教祖柳田貢。新興宗教。スウィングとジャンプを基本とする。
・・・・
早く。よりどりみどりという状態ははかえって混乱するばかりだ。カタログ
には沢山の宗教が救いの手を差し伸べて並んでいる。だがしかし彼には時間が
ないのだ。彼の、カタログをめくる手の動きがどんどん速くなっていく。早く
早く 早く。
汗が恐ろしい勢いで流れはじめる。ページをめくる指は走りつづける。
早く早く早く早く早く!
電話のベルが鳴り始める。玄関の呼び鈴が立て続けに鳴らされる。
「おーい章二、居るんだろ?あけろよー」
章二には聞き覚えのある声だった。彼の会社の同僚の成瀬である。さらにドア
をドンドンと叩く音が加わる。
「今テレビ見たでしょー?私に任せてよ! 悪いようにはしないからぁ」
こちらの声は昔別れた女のような気がした。章二はどれも無視することにして
カタログのページを繰る。キヨヒコ様ご乱心のニュースを聞いて、友達、保険
屋、郷里の両親、親戚連中、新聞の勧誘員、誰もかれもがそれぞれ己の信仰す
る宗教のパンフレットをもって章二を訪れているのだ。全くハイエナのような
奴ら! 章二はいまいましげに舌打ちした。
とはいえ勿論同じことが他人の教団に起これば、新伝改革経典一冊をもって早
速馳せ参じた章二であったろうが・・・・・・餌食になる前に、自分の身の振
り方は自分で決めなくては。章二は救いを求めてペーシをめくる。終末は近い。
無宗教である今この瞬間、章二の足元にはぱっくりと大きな穴が空いて地獄の
紅蓮の炎が見えるようだ。早く 早く 早く 早く 早く 早く 速く 早く
早く 速く 早く 早く早く早く速く早く早く!!!!
おわり