#5483/5495 長編
★タイトル (NKG ) 01/08/15 23:16 (190)
嘘と疑似感情とココチヨイコト(23/25) らいと・ひる
★内容
彼のその思考は容易に理解できてしまう。ただ、それは私が同じだからじゃない。
「その巻き添えで何万人という人も消滅させるわけだ」
彼の行為に対し、怒りは感じない。何も感じない。普通の人なら、その残虐さを責
めるだろう。
「確実に組織の上の連中を消すためだよ。ついでにこの国の人口の調整もできる」
「後処理が大変そうだけどね」
「この国に愛着はないからね。しばらく放っておくさ」
私は少しの間沈黙し、考える。彼が望むものと自分が望むもの。それが等価値であ
るかということを。
「すぐに答えを出す必要はないよ」
「もう少し質問していい?」
「ああ、構わないよ。答えられる範囲で答えてあげる」
「仲間は何人いるの?」
「仲間というには語弊があるが、協力者なら10人以上いるよ」
「協力者?」
「仲間にするのはキミだけだよ」
「みんなあなたの指図で動くわけ?」
私は彼の隣りにいる大男の方を見る。
「そう、弱味を握っているからね。あと、こいつのような忠実な下僕もいる。彼らは
僕の命令しか聞かない。いや、聞けないといったほうがいいかな。だから、対等な仲
間はキミだけなんだよ」
対等? 何が対等なのだろう?
「それだけ仲間がいれば私が加わる必要がないと思うけど」
「言ったろ。仲間はいない。だからこそキミが必要なんだよ」
「じゃあ、それ以外の人間は自分の支配下に置きたいわけ?」
確認しておきたかった。彼が何を本当に望んでいるのか。彼と私は本当に同類なの
か。
「安心していいよ。キミとボクは対等だ。キミを支配する気も束縛する気もない」
「きちんと質問に答えて。アナタの望みは自分よりレベルの低い人間を支配したいわ
け?」
そんなこと今さら確認しなくてもわかっていたんだ。あの屋上で初めて彼に会った
ときから。
「そうだよ。ボクらは特別なんだ。本能に従うことしか知らない人間にはボクらの思
考は理解できない」
特別。彼は特別を望む。それだけの事。理解はできる。デモ、ワタシハソレヲミト
メラレナイ……。
「アナタは特別?」
「ああ、それはキミも……」
そう言って彼は私の変化に気づく。この頬を伝う雫は、ナミダというものか?
果たしてこの雫は何を意味するのだろう。自分でもわからない。いや、誰にもわか
りはしない。なぜなら私は……。
「私は特別じゃないよ」
「石崎さん……」
「あなたも特別じゃない。そう……特別な者に憧れる、ただ自分以外の他人を支配下
に置きたがるという本能に操られた【普通】の人だよ」
「な、なに言ってるんだ!」
自分の言葉が否定されたことによってあからさまに怒りを露わにする。それは普通
の事なんだよ。
もう彼の顔は見ていられない。私のこの身体もこの思考も、そして涙でさえすべて
は普通でないから。
「私はね、特別でもなんでもない。ただ【壊れている】だけなの」
彼には理解できないだろう。
「な……壊れているって」
「だからアナタは正常なの。普通なの。私には破壊も支配も何も望まない。そのかわ
り空しさしか感じられないの」
「でも、ボクはレベルの低い普通の人間なんかじゃない!」
「アナタがそう思うのは自由だよ。だから私の関知するところじゃないの」
「関知するところじゃないって……キミはボクに興味があったんじゃないのか? だ
からついてきたんじゃないのか?」
「さよなら。あなたの仲間になることができないのは残念だけど」
彼に背を向ける。
「待て!」
私は振り向かない。もう彼には用はない。
「待ってくれ。ボクはずっとキミを見ていた。キミは壊れてなんかいない。優秀な人
材なんだ。ボクと組めばなんだってできる。だから」
帰り道は覚えている。
「熊谷! 彼女を帰すな!」
目の前に彼の命令を受けた大男が立ちはだかる。
「お願いだ。ボクはキミに期待していた。ボクの思考が理解できるのはキミだけだと
思っていた」
私は立ち止まって天井を見つめる。人の構造、心のメカニズムが理解できないわけ
ではない。
「あなたの考えていることはわかるよ。何かを支配したい欲望も誰かと共有したい感
情も何かを破壊したい衝動も。でもね、私にはそれを自分のものにすることができな
いんだよ」
理解した上で、私はそれを容認できない。空しさというバグが私の心を埋め尽くす。
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私自身でさえ私を制御できない。なぜなら、壊れてしまっているから。
「あくまでもボクを拒むというのか?」
「拒みはしないよ。でもあなたは私にはついてこれない。それだけのことだよ」
アナタは普通の人間だから普通に生きていけばいい。
「……」
もう彼は説得で私を引き留めることはないだろう。あとは、このままおとなしく逃
がしてくれるか、それとも彼の感情を満足させるために永遠に逃がさない手段をとる
か。
銃声と同時に天井に火花が散る。
そうだね、いっそのことめちゃくちゃに壊れてしまえたら、こんな中途半端な感情
に支配されることもないのに。
生物として機能しなくなれば、私は永遠に苦しまなくてすむかもしれない。
「さようなら」
私は目を閉じる。
でも、それならば私はなぜ今まで自ら命を絶とうと考えなかったのだろう。
−「話は終わったようね」
どこからともなく響いていく声。
続いて銃声。痛みはない。足下にどすりと肉塊の落ちるような音が。
瞼を開くと、あの大男が倒れていた。そして、大男が立ちはだかっていた場所の前
にはあの河合美咲がいた。。
「おまえは!」
私の背後からの彼の叫び声が聞こえる。彼女は涼しげな顔でそれを受けて、容赦な
く引き金を引く。
連続した3発の銃声。すべて彼女から発射されたものだ。
うめき声と人の倒れるような音がする。寺脇偲が生きているかどうかなんて確認す
るまでもないだろう。
「殺したの?」
私はまっすぐに彼女の顔を見る。
「ええ。組織を裏切ったんだからね」
少しだけ寂しげな表情を見せながら彼女はきっぱりと答える。
「もう学校には戻らない気?」
「そうだよ」
彼女のその答えに、なぜかあの子の顔が浮かぶ。裏切ったとはいえ、仲は良かった
はずだ。
「茜が悲しむね」
「きちんとさよならを言ったからいいんだよ。でもね、それぐらいじゃ茜は悲しまな
いよ「
それは自分が裏切った事を後悔している、そんな表情ではなかった。
「どういうこと?「
「悔しいから教えない「
そう言って一瞬だけ笑みを見せて、彼女は背を向ける。
「殺さないの?「
呼び止めるかのように私の口からそんな質問がこぼれる。
「誰を?」
私は無言のまま天井を仰ぐ。
「……」
これは自分で答えるべきものじゃない。
しばらくの沈黙の間の後、彼女は口を開く。
「あなたは組織の人間じゃないし、裏切ったわけでもない」
「でもあなたたちの秘密を知ってしまった」
「秘密? この組織の何を知ったっての? うぬぼれるのもいい加減にしておいたほ
うがいいわね。いい? わたしらなんて所詮、組織の末端部。そのイザコザをみられ
たからといったって上の連中にはたいしたことじゃない」
本当にそうなの? たとえ些細なことでも見逃さないというのが事実ではないのか。
わたしは彼女の背中をじっと見つめる。
「疑ってるんでしょ? そんなに簡単に逃すはずがないって。でもね、わたしさえ黙
っていればこの場のことは闇に葬られるのよ。だから、あなたは殺さないであげる」
彼女は振り返らない。
「なんで?」
「ふふっ、教えてあげない。あなたにわたしを理解してもらおうとは思わないからね」
そう答えると、彼女はそのまま歩いていってしまう。
後に残された私は再び天井へと視線を向ける。
どうしてみんな他人に何かを期待するのだろう?
どうして自分は他人に何かを期待してしまったのだろう?
どうして?
◇井伊倉 茜
あれから警官に保護されて、警察署の中の会議室みたいなところに座らせられて、
信じてくれないかもしれないから半分くらいホントの事……橘さんやクスリの話や寺
脇クンの事を矛盾のないように話して、後は適当に誤魔化した。ホントは美咲の事も
話さなければいけないんだけど、わたしにはもう何が本当かがわからないくなってい
る。もしかして、明日になれば何事もなかったかのように、美咲と佳枝との三人でく
だらない話に花を咲かせる日常が戻ってくるんじゃないかって情けない幻想を抱いて
いるのからかもしれない。
話し終わったら気が抜けてしまって、机につっぷしてぼんやりする。刑事さんは
「家の人に迎えに来てもらうから待ってなさい」と優しく言って、部屋から出ていっ
た。
結局わたしは、傷だらけになって大切なものを失ってしまったというのに、何も得
ることができなかった。
橘さんは一生ベッドの上。
美咲はもう戻ってこないつもりだろう。
藍とも気まずいまま。
今までわたしを支えてくれていたお姉ちゃんは、細胞のひとかけらも存在しない。
わたしの好奇心は、わたしの日常だけでなく大切なものをことごとく奪っていった。
自業自得なんだけどね。
だからわたしは馬鹿だったんだ。昔からずっと馬鹿だったんだ。
あの頃と変わらないまま、ずっと仮面を被り続けていた。いつのまにか、それが心
の中までかぶり続けなくてはならなくなって、どうにも身動きがとれなくなって一気
に崩壊してしまった。
わたしはこれからどうやって生きていけばいいのだろう。
ねぇ、お姉ちゃん。お姉ちゃんもつらいことあったんだよね。どうやってそれを乗
り越えていたの? わたしには難しすぎてわからない。わたし馬鹿だからわかんない
よぉ。