#5470/5495 長編
★タイトル (NKG ) 01/08/15 23:04 (192)
嘘と疑似感情とココチヨイコト(10/25) らいと・ひる
★内容
軽くげぷっとするとフルーティな香りが胃から逆流してくる。回転寿司の食べ放題
行った時は、げっぷが魚臭くてけっこう気分悪くなったりして、もう二度と食いにく
るもんかって思ったけど、今は充実感がある。
隣の美咲は、ちょっと苦しそうだけどね。
「あんたって、あたしよりちっこいくせによく食うよね」
わたしは152センチ、彼女はわたしより頭一つ大きい。でも、躯の大きさイコー
ル胃袋の大きさじゃないし、胃袋が大きければたくさん食べられるわけでもない。特
に甘いものなんてね。
「もう、幸せのゼッチョーって感じだもん。甘いもんはさ」
「私も嫌いじゃないけどさぁ。さすがに最後の方はきつかったよ」
「脳が要求するんだよ。疲れてるときとかって、甘いもん欲しくなるじゃん。糖分は
脳に必要な栄養素なんだよ」
「とりすぎるとビョーキになるよ」
そんなたわけた話をしながらのホテルからの帰り道、駅のホームでベンチへ「よい
しょっ」て腰掛ける美咲を見てわたしはけらけらと笑い出していた。笑いながら、な
ぜか橘さんの事が頭をよぎる。あのコもよくけらけらと笑っていたっけ。
「もう、年寄りだなぁ」と美咲に言い返して、笑いながら彼女を見下ろした。
「地べたに座るのは趣味じゃないからね」
「そういう問題じゃなくてぇ」
なんだかわけもなくおかしさがこみ上げてくる。
「あんたも笑いすぎ、これだから今どきのチューガクセイは」
わたしの異常なほどの笑い声に美咲は少し呆れ気味だった。
「あんたもチューボーでしょ」
お約束のツッコミ。
「ご機嫌だね。茜ちゃん」
目を細めて美咲は微笑む。
「ちょっとハイになりすぎたかな。わたしもなんか疲れちゃった」
わたしは気を落ち着けて彼女の横へ座った。
「年寄りだね」
美咲の逆襲に今度ふふっと笑う。そしてぼそりと「ありがとね」と呟いた。
「別に友情を深めようとかそんなんじゃないんだけどね」
照れたように上の方へと視線を逸らす彼女に、いつもとは違う面を見つけた。はっ
きりと物を言う子だけど、おせっかいな所も強いのかもしれないな。
「またオゴってね?」
にんまりと笑い顔を美咲に見せる。これは、わたし自身の照れ隠し。
「あんたって子は」
ほっぺたをむぎゅっとつままれた。
「あにすんのよぉ〜」
「あんたほんとに大丈夫なの? なんかまた心配になってきちゃったよ」
美咲のその言葉にわたしは、にやにやとしたまま頭の中をからっぽにした。考えな
い方がいいってのはわかっているから。どうにもならないってわかってるから。
そしてわたしは、何も知らずに生きていくんだ。
それでいいの? と、誰かが呟いたような気がした。
ほんのりとだけど知っている香りが流れてくる。わたしはこの香りを前に2度ほど
嗅いだことがあった。
−「……キーエンジェル?」
−「そう、流行ってるんだってさ」
リスキーエンジェル。確かにそう聞こえたような気がする。
わたしたちのベンチの背中の反対側に座った女子高生らしき集団が、なにやらぼそ
ぼそと話をしていた。
−「このクスリ使うとね、エッチのとき、ちょーキモチよくなるんだってぇ」
−「マジ? 不感症とかでも効くのかなぁ」
−「もうばっちりだって、あたし試してみたんだからぁ」
−「えー……でも、それって麻薬とかじゃないのぉ?」
−「いわゆる合法ドラッグ? ていうかぁ、常習性はないんだけどぉ、効き目はいい
んだってさぁ。でもぉ、エッチの時に使わないとぉ、効果はないだってぇ」
−「一人エッチでもぉ?」
−「知らないよぉ。あたし、そんなさびしいニンゲンじゃないもん」
−「ところで、そのクスリどこでゲットしたの?」
−「ネットだって」
−「ネット? それって、インターネットってやつ?」
−「うん。知り合いがそういうのに詳しくてぇ、手に入れてもらったんだぁ」
ホームへと電車が入ってくる。ちょうどそこで、彼女たちの声が聞き取れなくなっ
た。「ねぇ、茜」
やはり美咲にも聞こえていたようだ。心配気味にわたしを見つめる。
「何? どうかした? 電車来たね」
そう言って何も聞かなかったかのように立ち上がる。香りのことまで彼女は知らな
い。もちろん寺脇君のことも。だから、何事もなかったように振る舞った。
だって……真実を知るには、まだまだ情報が足りなすぎるから。
■寺脇 偲
「あ、あの……寺脇せんぱい」
昇降口で靴を履き替えて帰る用意をしていると、今にもかすれそうな弱々しい声が
聞こえてきた。
振り返ってみると女の子が二人、こちらを向いて立っている。靴の色からして2年
生らしいが、声をかけてきたのは多分背の小さい方だろう。ボクがその子の顔を見る
と照れたように下を向いてしまった。もう一人の方はというと、その背の小さい子の
姉貴分なのだろうか、余裕の表情を見せながらその子の肩をぽんと叩いてそっと耳打
ちしている。
「せんぱい……わたしの事覚えていますか?」
ようやく顔を上げたその子を見て、記憶が甦る。たしか、前期、同じ風紀委員にい
た二年生だ。名前は確か牧原早苗だったかな。友達の方は、見覚えがないのはしょう
がないだろう。
「ああ、牧原さんだったね」
「覚えていてくれたんですね。嬉しいです」
「それで? ボクに用事があるんじゃないのかい?」
「え? ええ、そうなんですが……」
再びうつむいてしまったその子を友達がひじでこずく。
「あ、あの……せんぱいって、その……付き合ってる人とかいるんでしょうか?」
なんとなくいつものパターンであることに気付いてはいた。
「いないよ」
その一言で、彼女は安心したかのような表情になる。これもいつもの事だ。
「わたし、先輩の事が……先輩の事がずっと好きだったんです」
どうも自分を好きだという奴は、告白がワンパターンすぎて面白みがない。このま
まふってやるのも簡単なのだが、なんとなく意地悪したい気分になる。
「きみはなんでボクを好きになったんだい?」
「だって……先輩優しいし」
「キミにだけ親切なわけじゃないよ」
「そ、それはわかっています。そうじゃなくて、そういうところに惹かれたっていう
か……」
「それは口実じゃないよね? ボクの外見だけに惹かれて、後から付け足した理由っ
てわけじゃないんだね」
「そんなことないです」
彼女はますます赤くなってうつむいてしまう。
なんとなく可笑しさがこみあげてくる。
「きみはどれだけボクのことを知っている?」
「え?」
「本当はボクの事なんてほとんど知らないんだろ。優しいから好きだなんて嘘だな」
ボクのその言葉で、彼女の友達が予想通り口を挟んでくる。
「ちょ……ちょっと先輩。そんな言い方ないんじゃないですか?」
「これはその子の問題だよ。他人が口を出す問題じゃない」
「だって、先輩、ぜんぜんこの子の気持ちをわかってないから……」
「お互い様だよ。この子はボクの気持ちをわかっていないからね」
「そんな……」
友達の方もそれ以上何も言えない様子。少々意地悪をしすぎたかな。これ以上は時
間の無駄なだけだ。
「きみに対する返事は言うまでもないだろうけど、いちおう意思表示はしておくよ。
ボクはきみとは付き合う気はない」
そう言ってボクは二人をおいたままその場を去った。
どうして人間というのは、自分の本能に疑問を持たないのだろうか?
ボクがずっと思っていること。
人を好きになることなんて、生殖本能か群の中で生きる為の知恵でしかない。仕組
みがわかってしまえばそれはくだらない事でしかない。でも、他人にそれを話すと、
異端児として見られるだけだ。真実は一つなのに、みんなそれから目を背けようとす
る。そして、いるはずもない神や、快楽だけの肉欲に逃げ込んでしまう。
本当にくだらない話だ。
「さすが、寺脇くんってモテるよね」
昇降口を出たところで。急に声をかけられる。
ふと声のする方を見ると、そこには壁にもたれて校門の方を見つめている伊井倉さ
んがいた。
「立ち聞きしてたのかい?」
変な噂を広められてもそれはそれで構わない。その方が都合がいい場合もある。
「たまたまだよ。わたしは別に寺脇くんの『追っかけ』じゃないからね」
そう言って彼女の笑顔がこちらを向く。
「待ってたってわけでもないのかな」
「うーん。そだなぁー、寺脇くんが来るのを待ってたっていうのとは違うかも」
彼女自身をそれほど知っているわけでもないが、直感的に笑顔に違和感を感じる。
それは、言うなれば『仮面』。
「暇なのかい?」
ボクの笑顔も『仮面』。
「ヒマなのかもね」
声のトーンはこないだの時のような人なつっこい感じが漂う。
「受験生なのに?」
「息抜きだよ」
「何かボクに用件は?」
「ヒマならちょっとだけ付き合ってくれるとうれしい、かな」
「それって?」
「デートのお誘いじゃないから期待しないで。単なる気まぐれかも」
「断ったら?」
「そのまま帰るだけ……って、寺脇くん質問ばっかだね」
伊井倉さんは頭のいい子だからね。何か企んでいても顔に出さないだろう。
ボクは少しだけ警戒する。
だが、今のところこの子がボクを利用しなければいけない理由は見つからない。
「ねぇ、寺脇くんって甘いもの好き?」
「嫌いじゃないよ」
二つの仮面の笑顔。どちらが先に剥げ落ちるのか。
「ケーキおごってあげるよ。無料のサービス券持ってるんだ」
そう言って伊井倉さんは一枚のカードを取り出して、ボクに見せた。
肩を並べながらボクたちは歩き出す。人なつっこそうな笑顔の奥に隠れたもう一つ
の顔。人は誰でもたくさんの顔を持つ。それは環境に適応する為の防衛本能。
彼女の横顔を見ながらそんな事を考える。
「さっきの子、かわいそうだったね」
話題は予想通り
「そうかい?」
「ああいう言い方はよくないよ」
「口べただからね」
それは本音じゃない。それが一番敵意を持たれない答えだからだ。
「そうじゃなくてさ、寺脇クンの事を知らないのは当たり前だよ。好きだから知りた
くなるっていうのが、その人を好きになるって気持ちなんだと思うんだけどな」
立ち聞きしてたわけでもなかったのに、ずいぶんと詳しく聞いていたものだ。
「そういうもんなのかい?」
「寺脇クンは人を好きになったことないの?」
この子も結局はくだらない普通の人間なのかもしれない。あの石崎藍の友人だから
と思っていたが、期待はずれの事を質問してくるものだ。
「どうだろう? 興味を持つようになったことはあるよ」
答えを曖昧にしてみる。この子はどう反応するだろう。
「うーん……じゃあ、その人の事をもっと知りたいとか、その人と同じ気持ちを共有
したいとか、その人にもっともっと同調<シンクロ>したいとか思うでしょ?」
「わからないな。ボクにはまだ本気で人を好きになったことがないからかもしれない」
「でも、興味を持ったことはあるんでしょ。だったらそのうち、それが『好き』って
ことになるかもしれないじゃない」
「それはありえないよ」
「どうして?」
「ボクは特別だから」