AWC 嘘と疑似感情とココチヨイコト(2/25)  らいと・ひる


        
#5460/5495 長編
★タイトル (NKG     )  01/08/15  22:49  (199)
嘘と疑似感情とココチヨイコト(2/25)  らいと・ひる
★内容
◆石崎 藍


 夢を見る。
 くすんだ赤い色の夢。もしくは生暖かい鉄の味のする夢。
 同じ状況を別々の夢として何度も見ることがあった。
 最近は減ったけど、あの当時はうなされるように繰り返し見ていた覚えがある。
 思い出したくないあの感触。そして、あの後、あれはどうなったのだろう?
 夢だと思っても不思議ではなかった。新聞でもテレビでも何も報道されない。
 残っているのは確かな手応えと、手のひらに残ったナイフ。
 けして作られた記憶ではなかったから。

**

 私に対して積極的に声をかけてくる奴なんて、この学校に何人いるのやら。茜は昔
なじみだから例外として、最近特にちょっかいをかけてくる同じクラスの幾田に、な
ぜか私に逆恨みを抱いている川瀬七香。
 そしてもう一人、茜とともに例外的な子がいる。私の一年後輩の寺脇湊(てらわき
 みなと)だ。
 あの子が私に初めて話しかけてきたのは、図書委員で同じ貸し出し当番になった時
だったっけ。
 湊は理系が好きらしく、私が科学書を読みあさっている事をちらりっと言ったら、
目を輝かせながら話にのってきた。素直に知識を吸収しようっていうあの子の瞳が気
に入って、私はいろいろと話してあげたのだ。
 それからだろうか、校内でよく声をかけてくるようになったのは。
 あの子の方としても、私の噂は聞いているようなので、少しは怖がってもよさそう
なものの、まるで子犬のように懐いてくる。
 だから、私も拒む事ができないのかもしれないのかな。
 本や物を貸したり貸されたり、どこかで会えば立ち話の一つでもするだけの関係だ
けど、私もそんなに苦痛ではないからね。

 今日は、湊に違法コピーしてもらったゲームソフト「AQUAZONE」のオプションを頂
く予定である。
 私がパソコンを持っているといっても、前はインターネットぐらいにしか興味はな
かったのだが、湊が薦めてくれたソフトが意外にも面白くてなんとなく夢中になって
しまったりしている。それからちょくちょくとオプションなどをコピーさせてもらっ
たり……もちろん、それが法律を犯していることは承知していた。
 湊は今日は物理部があるはずだからと、私は旧校舎の1階へと赴く。
 そして放課後のひっそりとした第二理科室の扉を、私はそっと開けた。
 静まり返っていたと思われた室内に、何か木を削るような音が響いてくる。
 こちらに背を向けて、あの子は何か作業をしているようだ。
「湊」
 呼んだ瞬間、彼の人なつっこい顔がこちらを向く。茜にしてもこの子にしても、無
防備な笑顔はちょっとだけ苦手だったりする。
「こんちわぁ。あ、例のブツですよね」
 まるで麻薬の売人のような口振り。それでも茶目っけは隠せない。
「うん。あ、なんか作業でもやってるなら後でも構わないよ」
 私は部活の邪魔をするつもりはないので、気を利かせてそう言った。もっとも、こ
の場には湊の姿しか見えないようなのだが。
「今日は顧問の先生が休みだから、部活はないんですよ。だから、ちょっと暇持て余
してただけなんです。今だって、ほら」
 湊は、手に持っていた鉛筆とカッターナイフを私の方へと掲げる。
 嫌悪感。
 きらりと反射する刃は、思わず目を背けてしまいそうになる。
「鉛筆削ってただけなんですよ」
「また、なんでそんな面倒な事を?」
 鉛筆とはまた年寄りじみたものをと思ったが、もともと湊も変わった性格をしてい
る子だ。まあ、だからこそ私になついてくるのかもしれないと、ふと思う。
「ナイフの扱いに慣れるのにちょうどいいんだって、偲《さい》が言ってたんですよ。
でも、学校じゃナイフ類の持ち込みは禁止でしょ。ここだったら、授業で使うカッタ
ーナイフもあるし」
 なるほど、湊の持っているのは大型で刃の幅の広いカッターナイフである。ナイフ
の扱いの練習にはちょうどいいのかもしれない。
 この子の兄、寺脇偲《てらわき さい》は私の隣のクラスの3年生だ。彼とはまっ
たくといっていいほど交流はない。よく湊に兄の自慢をされるが、私はあまり関わり
たいとは思わない。一部の女子生徒の間で人気があるらしいが、直感的に胡散臭さを
感じてしまっているからだ。
「だけど、ナイフを禁止したって危ないものなんていくらでもありますよね」
 湊はカッターの刃をしまうと、それを弄びながら私への同意求める。過去に多発し
たナイフ事件に対する学校側の安易な対応に不満を持っているのだろう。
「教師は、表面的な部分しか見ないから……ま、そんな事はどうでもいいや。いざと
なったら自分のことは自分で守らなくてはいけないんだからさ」
「ごもっともです。あ、そうだ」
 と言って、湊は鞄の中をごそごそと探し出す。
 そして、約束のディスクを渡された。プログラム容量を考えてきちんと8センチサ
イズのCD−Rに焼いてくれたようだ。
「今度グッピーのブリーディングセットが手に入りそうなんで、持ってきますよ」
「そっちの紙袋は?」
 側にあった紙袋の中にちらりと見えたカラフルなパッケージのCDケースが気にな
る。
「こ……これは、友達に貸してたソフトなんです」
 話をふられて動揺してるような湊に、好奇心にも似た感情が生まれる。
「へぇー、どんなソフト?」
 この状況からして、湊が素直に中身を見せてくれることはないだろうな、と踏んで
いた。
「そ……それは……そう、石崎先輩向きのじゃないんですよ。育成シミュレーション
とか、ロープレとか……」
「ふーん」
 と、興味なさげに目を反らし、湊が気を抜いた瞬間、私はその紙袋を引ったくる。
「あ!」
 中から出てきたのは、アニメ調のかわいらしい女の子がパッケージにデザインされ
たパソコン用のゲームソフト。表のかわいい絵柄とは変わって、裏面には裸体の女の
子の淫らな姿のものがいくつもちりばめられている。
 そして、ひときわ輝く銀色の丸い枠の中に「コンピュータソフトウェア倫理機構 
18才未満お断り」の文字が書いてあった。
「あんた、こんなの見てマスかいてるんだ」
 ちょっとあきれた口調で私は言う。別に幻滅するとかそういう事ではない。やっぱ
りこの子もオスなんだなぁと、微笑ましく思えてしまっただけだ。
 湊は顔を赤くしたまま下を向いてしまう。
「しかし……18才未満のあんたがどうやって手に入れたのかが、私には興味がある
けどね」
 一瞬、口を噤もうとする湊だが、私の顔を見て観念したのかしぶしぶと話し出す。
「それは、偲の知り合い経由なんですけど」
 彼も18才未満なんだけど、深くは追求しない方がいいのかな?
「湊のアニキもそういうのやるんだ」
 一見、そういうのとは縁のなさそうなタイプなだけに想像しにくい。
「いや、偲はネットしかやらないんですけど、そこらへんの知り合いからもらってく
るらしいです。で、偲は興味ないってんで、僕にまわってくるんですよ」
 入手経路については納得するが、この子の兄にはますます胡散臭さを感じてしまう。
「ま、私も違法コピーの恩恵を被ってるから、とやかく言う資格なんてないけどね」
 法律にしろ条令にしと、校則と変わりない。守らなければなんらかのリスクを負う
事は確かだ。それが正しいかどうかは別として。
「誰にも言わないでくださいよ」
 湊の懇願する顔に、私は吹き出しそうになった。
「誰に言うっての? ま、お互いに持ちつ持たれつの関係なんだから、私自らそれを
壊す気はないよ」



◇伊井倉 茜


「あれ? 今日部活ないの?」
 静まり返った音楽室で楽譜の整理をしていたわたしは、その声で入り口の方を振り
返る。
「うん。連絡網で回したはずなんだけど……家の人に聞いてない?」
 不思議そうな顔をしている橘さんに私はそう言った。
「あたし昨日帰るの遅かったから」
 親がきちんと伝言してくれなかったのだろうか? いくら遅くなったとはいえ、メ
モに書いておく事ぐらいできるはずなんだけど。
 とはいえ、伝わらなかったのはわたしの責任でもあるのかな。
「そう。ごめんね。きちんと伝えるように言っておけばよかった」
「伊井倉さんが謝る必要ないよ。やっぱり、損な性格なんだね」
 彼女はこの間のようにけらけら笑い出す。
 なんとなく罪悪感。私は心から謝ったわけじゃないから。
「あたしさぁ、ここんとこ練習サボってばっかだからさ、今日ちょっとやってってい
い?」
 彼女は笑いを引きずりながらそう聞いてくる。
「うーん。私、この楽譜の整理が終わったら帰ろうと思ってたんだけど」
「それ何分ぐらいで終わる?」
「2、30分かなぁ」
「じゃあ、それまでやらしてもらう」
 そう言って彼女はドラム用のスティックを取り出し、練習用のドラムパッドをスネ
アドラムに見立ててタカタカとリズムを刻み始める。もちろんメトロノームの音に合
わせて正確に。
 彼女のパーカッションとしての腕はかなりいい。だから、多少練習をサボったとこ
ろでみんなに迷惑をかけるような事はないのだ。
 だからなのだろうか、誰も彼女のサボリを気にとめようとしない。
 そういえば、部活で彼女と親しげな子を見たことない。親友作りたがらないっての
は、本当なのかもしれない。でも、うちの部のように巨大な組織は、どこかのグルー
プに所属しないと孤立してしまう。
 彼女はそれが平気なんだろうか?

 ああだこうだと考えながら仕事をして、ようやく楽譜の整理が終わる。
 音楽準備室の戸を開けて、棚に楽譜をしまい込み、中にいる音楽教諭に挨拶をして
帰る用意をする。
「伊井倉さん、もう帰る?」
 わたしの帰り支度に気付いたのだろうか、橘さんがそう訊いてくる。
「うん。そうだけど」
「それじゃ、あたしも」
 そう言ってスティックを袋にしまうと、急いで音楽準備室に入り、すぐに出てきた。


 帰る方向が同じだという彼女と、途中まで一緒に下校することにする。
 普段あまり喋ることもないのに、なぜか彼女との会話は弾んだ。
 話すことといえば、たわいもない内輪話だけど。
「副部長も大変だよね。ほとんど雑用じゃん」
「ま、しょうがないじゃない。それが仕事だし」
「ブチョーの林田は何やってるの?」
「林田君はいろいろと忙しいんだよ」
 いちおうフォローを入れておく。彼も彼でいろいろと大変なんだから。
「井伊倉さんに仕事押しつけて?」
「楽譜の整理はわりと自主的な仕事だよ。後々、楽なようにって」
 嘘はついていない。だいたい私は夏休みの宿題とか、最初に手をつけちゃうタイプ
だから。
「でもさぁ、だいたい、もう引退の時期じゃないの? 運動部なんかはとっくに引き
継ぎ終わってるじゃん」
「引退するまでは手は抜けないでしょ」
「責任感強いっていうか、やっぱり伊井倉さんってやっぱ優等生だね」
 ズキっとココロが痛む。
「褒め言葉だと思うことしよっ」
 ちょっとリキ入れて思い込むことにする。
「嫌味のつもりはないけどな」
 わたしの表情を読みとったのか、橘さんはすかさずのフォローを入れてくれた。
「ありがと」
 深くは考えないようにして、感謝の言葉だけ告げる。
「そうだ!」
 彼女は何かを思いだしたらしく、スカートのポケットの中をごそごそと探りだした。
「どうしたの?」
 ポケットから出てきたのは、カードのようなもの。
「アンジェリッシュのケーキの無料サービス券、今日までだった」
 カードに書かれている店名のロゴを見て、それが何であるかがわかった。アンジェ
リッシュは、駅前にある制服がかわいいと評判のファミリーレストラン。特にケーキ
に力を入れているとだけあって、女の子には人気がある。常時10種類以上のケーキ
が置いてあり、季節ごとに数種類のケーキがプラスされるのだ。
「それ、どうしたの?」
 ケーキということでわたしの目は輝いていたかもしれない。
「知り合いにもらったの忘れてたみたい。ね? 伊井倉さん一緒にいかない? プラ
ス飲み物ぐらいは奢ってあげられるよ」




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