#5143/5495 長編
★タイトル (VBN ) 00/ 8/ 6 21: 3 (168)
お題>タイムマシン>「時間は終わる」(4) 時 貴斗
★内容
塔多教授
「もうすぐ四時ですね」と景徳が言った。
「ああ、分かってるよ」
途中で何度も、怪しまれない程度にうろついてみたが、二人を見つけ
ることはできなかった。人数が多すぎる。奥田のあせりは頂点に達して
いた。
「ええ、続きましてはY大学理学部の苅野先生の発表です」進行係の声
が響き渡る。「テーマは、時間移動の新方式についてです」
周囲がざわめいた。この時代の人間には、あまりにも奇妙な題目であ
るに違いないということは、奥田にも分かった。
壇上に苅野教授が現れた。奥田が見た写真よりも若いが、髪の色を除
けばそう変わらない。その時、講堂のドアが開く音がして、彼は首を後
ろにねじ向けた。
長身の、白髪頭の男が辺りを見回している。
「あ」思わず声を出してしまった。「おいでなすったぜ。塔多教授だ」
「グッドタイミングですね」
「バッドタイミングだ」
教授は、奥田達の脇を通って前へ歩いて行った。立ち止まり、辺りを
見回す。左腕をくの字に曲げた。胸元に手をあてているらしい。
「やべえ」つぶやいて、奥田は立ち上がった。駆け足にならないように、
しかしできるだけ速く、歩み寄っていく。
「塔多先生」声をおさえて話しかける。
ぎょっとした顔が、彼の方を向いた。教授にとって知らない人間から
声をかけられることは恐怖であるに違いない。
「いやあ、お久しぶりです。こんな所でお会いするとは思いませんでし
た」
教授の耳に口を近づけて、ささやく。
「その胸のバッチがレーザー銃だなんて、誰も気づかんでしょうなあ」
「はて、どこの大学の方でしたかな。よく覚えていないのですが」
奥田は塔多教授の横に立ち、ポケットに入れた手の、人差し指をのば
して彼の腰に突きつけた。
「外でお話しませんか。やっと会えたんですから」
歩きながら、腰を浮かせかけた景徳に言う。
「行こう。先生はご気分がよろしくないそうだ」
会場の隅で目を光らせている警備員を気にしながら、扉をくぐる。ク
ーラーの効いた室内から夏の余韻を残す屋外への気温の変化が、奥田の
額に一しずくの汗を流させる。
「物騒なものは、いただいときましょ」
奥田はポケットから右手を抜くと、教授のバッチをむしりとった。高
級そうな背広にごく小さな穴が開いた。
「君達は時間警察ではないな」と塔多教授は言った。
「どうしてそうお思いで?」
「銃を持っていない」
「今は持ってますよ」奥田はバッチを教授に向けた。「これ、高かったで
しょう。私も欲しかったんですが、二百万もするんで、あきらめました」
「逃亡者狩りか。君達はそんな事をして楽しいかね」
「楽しかあ、ありません。生活のためなんで」
「君はまぬけだな。人生は楽しむものだ。生きるためだけに生きるのは、
窮屈だろう」
奥田は少し、腹が立った。金のある奴が考えそうなことだ。
「金のない奴は、毎日飯食えるだけで満足なんですよ。なあ、景徳」
景徳は答えず、ひどく不愉快そうな顔をした。プライドを傷つけたか
な、と奥田は思った。
不可知論
奥田が手を上げると、黄色いタクシーが彼らの前に停まった。押しこ
むようにして教授を乗せ、両側からはさむ。
「秋葉原駅まで頼む」
車は軽快にスタートした。
「君達は、あれができて良かったと思うかね」塔多教授は苦虫をかみつ
ぶしたような顔で言った。
「あれ?」
「タイムマシンだよ。あんなものが広く一般に開放されたら、歴史はめ
ちゃくちゃになってしまう」
「そうさせないために、時間警察がいるんでしょ」奥田は、何を今更、
と思いながら言った。
「君は、人類が自らを取り締まることができるほど、完全だと思うかね?
少しのミスも許されないのだ。誰かが過ちを犯せば、あっという間に歴
史が変わってしまう。私達は今、人間か?」
「はあ?」
「ついさっきまで足は四本、目は三つあったかもしれないではないか。
そしてそれが本当の人間で、今の私達の姿は、誰かが太古の昔に戻って
種の進化にちょっとしたいたずらをした結果ではないと、どうして言え
るだろう。タイムマシンのせいで、何も信じられなくなってしまう。全
ての実存が意味を失う。君は誰かのおもちゃの歴史の中で暮らして、何
とも思わないのかね」
「一説によると、誰かが過去をいじると、その結果別の歴史が生じるけ
どそれは私達のとは別の世界で、我々には関係ないっていうじゃありま
せんか」
「我々がいるのがいじくられて生じた別世界の方ではないと、どうして
分かる?」
「あなたはひねくれた人だ。私達は生まれた時からこの世界にいる。小
さい頃からの記憶は、確かなものですよ」
「私はそう思わない。この世界は誰かがタイムマシンを発明したくらい
で壊れてしまうような、もろいものなのだ。君は、土星が本当にあると
思うかね」
「またとんちんかんな事を」
教授はあわれみに満ちた顔をした。
「土星の実物を見たのは誰かね。私達は写真でしか見たことがない。い
や、絵の方が多いかな。写真すらろくに見ていないのだ。ましてや実物
など見たことがない。その写真さえ、さまざまな画像処理をほどこして
こしらえたものだ。実物がああいう色や形をしているかどうか、分から
ない。君は幽霊かね」
奥田は答えず、首を横にふった。
「逃亡者狩りというのは、危険な仕事だろう? 今まで何度も危ない目
にあっているのではないかね。君は実は死んでいて、ここはこういう形
をしたあの世かもしれない。ただ君が気づいていないだけかもしれない
よ」
「あんたの言い分を聞いていると、どっちにしろこの世界は虚構である
かのようだ。タイムマシンとは関係ないでしょう」
「君は幽霊ではない。たぶんね。土星はあるだろう。おそらく。だがタ
イムマシンは話が別だ。幽霊か、土星は存在するか、それは自然の領域
だろう。神の領域といってもいい。だが歴史は、人間が簡単に変えられ
るようになってしまった。それは、許されざることだ」
帰還
「さ、降りて下さい」
塔多教授が外に出ると、奥田はすかさず腕をつかんだ。怒りを含んだ
目が彼に向けられた。
「私はここが気に入っているのだがね」
「先生の話を聞いて分かったんですが、先生はここにいるべきじゃない
でしょう」
「時間犯罪者で捕まっていない人間は、何人いるのかね。歴史はすでに
多くのバカ者によって汚されてしまった。私がここに残ろうと、残るま
いと、どうでもいいことだろう」
電化製品店が並ぶ通りを奥田と景徳とで教授をしっかり捕まえて歩く。
周囲の人間が好奇の目を注ぐ。
「君達はバカ者だ。人間は愚かだ」
「あんたも同じですよ」
目的地に到着した。店に入ると、あの店員が寄ってきた。
「いらっしゃいませ」
「トイレはどこですか。この人、気分が悪いそうなんですよ」と景徳が
言った。
「この先をまっすぐ行った所にありますので」
「これから、タイムマシンに乗るんだよ」教授は怒鳴った。
人々がいっせいに注目する。
「私も、この二人も、犯罪者だ! 誰か警察を呼べ!」
「飲み過ぎですよ、先生」奥田は笑みを浮かべて言った。「まったくこん
な早い時間から。歳のことも考えて、体をいたわらないと」
空き部屋に着いた。教授にバッチを突きつけ、はしごを降りさせる。
階段を降り、港へ入った途端、塔多教授は奥田達の手をふりほどこうと
もがいた。
「君は捕まえた人間がどうなるか、知っていてこんな商売をしているの
かね」教授は言い放った。
「知りませんねえ。歴史を変えちまうような悪人は、切り刻むなり、釜
茹でにするなり、好きにすりゃあいい」
「愚かだ。タイムマシンの発明は、科学の発展がもたらした恩恵だ。誰
も発明者を犯罪者だとは言わないだろう。だが、間違いだったのだ。過
去や未来に行けば、当然歴史に影響を与える。何もしなくても、行った
時点ですでに時間の流れにわずかなゆがみを生じさせてしまう。せっか
くタイムマシンができたのに、使うなというのかね? 私の結論は、タ
イムマシンの発明をなくしてしまうことだ。なぜ君達は邪魔するのだ」
教授はあばれるが、数々の荒波をくぐりぬけてきた奥田の方が、腕力
が上だった。
「捕まった人間は、起きている間中、あらいざらいしゃべらされるのだ。
歴史を変えるような事をしなかったか、何時何分何十秒に何をしたか、
その一秒後には何をしたか、詳細に聞かれるのだ。何度でも、何日でも。
だが、ついにその人間が歴史を変えなかったとは証明できない。当然だ
ろう。例えわずかでも変えているのだから! 政府に認められた者は罪
人ではなく、認められていない者は無条件で死刑だ。まあ、その前に発
狂して獄死するがね。理不尽だとは思わないかね」
「俺の知ったことか。俺は時間犯罪者を捕まえて政府に売り渡す。それ
でご飯を食べる。他に意味はない」
景徳がボートに上がり、腕を差し出しても、教授は乗ろうとしない。
奥田はバッチを突きつけてのぼらせた。
「私は帰らないぞ。どうせ未来に行くのなら、うんと遠くへ行って、人
間がもっとましになった時代へいく」
「ましになんかなりゃしませんよ。我々とこの時代の人間と、大差あり
まん。俺にはむしろ、悪くなったように思える」
「君はネガティブだな。人間は少しずつ、賢くなっていくのだ。未来の
未来のそのまた未来に、必ず人間がまともになった時代がある」
「いいかげんにして下さいよ。それともあんた、縛り付けられたいのか」