AWC そばにいるだけで 50−4   寺嶋公香


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#5123/5495 長編
★タイトル (AZA     )  00/ 7/31   9:59  (197)
そばにいるだけで 50−4   寺嶋公香
★内容                                         17/04/27 02:42 修正 第2版
 相羽が出発するまで見送った。
 自転車を片付け、父と一緒に家の中に入る。ドアを閉じ、鍵を掛けながら父
が言った。
「彼、いい青年になったな」
「うん――って、お父さん、何を言い出すの?」
 脱いだ靴を揃えていた純子は、思わず手を止め、父を見上げた。
「感じたままを言ったまでだよ」
「あ、相羽君は、前からいい人よ」
 玄関の明かりを常夜灯に切り換えて、ともにリビングへ入る。
 大きな木の机に向かって洋裁をしている母にただいまを言うと、「相羽君に
送ってもらったのね?」と問い返された。
「お母さん、聞こえてたんでしょ」
「おぼろげに。そうかあ、あの子が着いてくれてたら、安心だわ」
 物差しを持ったまま腕組みをし、うんうんと首を振る母。
(私一人だと、そんなに不安かしら。同い年なのに)
 不満に感じるも、表情には出さない。
 今はそんなことよりも、父の反応の方が気になっていた。
「母さんも、彼によい印象を持ってるんだ?」
「前からそうですよ。でも、『母さんも』と言いますと?」
「いや、何、信一君と久しぶりに会ったが、大きくなっていて、好青年という
雰囲気だった。ああっと、大きくなったというより、大人に近付いていたなあ」
「昔は、言動に身体が着いて来てない感じだったのが、ようやく相応になった
というところね。純子もそう思うでしょ?」
 いきなり話を振られて、とっさには返事できない。それでも、考えてみると、
自分が相羽に感じることと重なるので、肯定の意を答えた。
「それより、お母さんもお父さんも、私の友達のことを、批評するみたいな真
似、やめてよね」
「あら、どうして」
「だって、気になるじゃない。本人を前にして、思い出したら、どんな顔をし
ていいのか困る」
 拳に力を込めて説明すると、分かってもらえたのか、母も父も笑みを浮かべ
るだけで、話の方は切り上げられた。
 純子は息をつくと、相羽の先ほどの言動を思い出していた。
(格好つけちゃって……実際、様になってるよね。あれって、私が叱られない
ように、わざわざ引き返してきたんだ。あー、だめ。ますます、好きになって
しまうよ……)

           *           *

 その日、相羽が一人で下校していたのは、たまたまだった。
 逆に言えば、富井と井口にとっては好都合だった。決心した日が、この日と
重なって。
「あ、相羽君!」
 駅から出てしばらく歩いたところを呼び止められ、振り返る。と、富井と井
口が並んで立っているのを見つけた。二人揃って声を上げたらしく、相羽が気
付いたのを喜んでか、表情をほころばせている。
「――やあ、久しぶり」
 何と応じていいのか分からなかったので、とりあえず型通りの返事をした。
近付いてから、改めて尋ねる。
「井口さんも富井さんも、どうしたの、こんなところで。待ち合わせ?」
「ううん、そういうんじゃなくて」
 答えたのは井口。それから彼女は富井と顔を見合わせ、バトンタッチ。
「何となく、中学のときのみんなと、会いたいなぁと思ってさあ」
「へえ? それで、僕にも声を掛けてくれたの。友達として覚えてもらえてて、
嬉しいなあ、ははは」
 軽い調子で笑った相羽に対し、富井と井口は真剣な眼差しで、首を横に振っ
た。そして同じく真剣な口ぶりで。
「相羽君を待ってたんだ、私達」
「ん? どんな用事?」
「だから、お話ししたいなあって」
 相羽は頭に片手をやった。同じ高校の生徒達が後ろを通りすぎて行くのを感
じ、多少意識する。
「それじゃあ、どうしよう……あっちに喫茶店があるけど、校則が。家に一旦戻
っても?」
「いいよっ、待ってる」
 相羽とお茶ができるのがよほど嬉しいのか、富井が被せ気味に言った。井口
も続く。
「私達の方は、校則、全然問題ないから。相羽君の方こそ、時間いいの? 迷惑
だったら無理しなくて、別の日でかまわないわ」
 校則云々は本当のことを言っているのかどうか、相羽には判断つかない。とも
かく、早く家に戻るべく、足早に行動を開始しつつ、返事を残した。
「いや、いいよ」

 喫茶店の名は「セレス」だった。駅前という場所柄故か、かなりの席数を有
しており、喫煙スペースと禁煙スペースに別れている。相羽達は当然、禁煙席
に案内してもらった。四人席に、女子二人と向かい合う形で相羽は座った。
「相羽君て、本当に紅茶が好きだよね」
 注文を済ませたあと、富井が言った。富井も井口も、相羽と同じアイスティ
を頼んでいる。二人とも、それにケーキをプラス。
「親からの影響だよ。母さん、菓子作りが好きで、特にクッキーやスコーンが
得意でさ。そういうのに合う飲み物となると、紅茶が一番でしょ」
「じゃあ、舌も肥えてるよねー。あ、紅茶だから、鼻もかしら? 香りを嗅ぎ
分けるの。うふふふ、あはは」
 ころころと笑う富井。嬉しくて仕方がない様子だ。
 あとを継いで、井口が言った。
「でもさあ、紅茶にそれだけこだわっちゃうと、こうしてお店に来たときや、
他人の家に行ったときなんか、紅茶を飲むのがためらわれるんじゃない?」
「どうして?」
「だって、口に合わないのが出て来るかもしれない。自分の好みに入れ直すわ
けにもいかないしさあ」
「そこまで神経質なら、最初から頼まないよ、紅茶」
 相羽は苦笑混じりに答えた。その調子のまま、続ける。
「出された物は、残さず食べるのがモットーでして、はい」
「……じゃあさあ、お腹一杯で、あと少ししか入らないっていう状況を考えて
みて」
「うん?」
 井口の話に興味を覚え、テーブルの上で両手を組んだ相羽。
「そこへ二つの食べ物が持ち込まれるの。一つは、相羽君の大好物で凄くおい
しいけど、持って来た人は相羽君の大嫌いな人」
 井口がそこまで言うと、富井が「あ、分かったぁ」と声を高くし、割って入
ってきた。隣席の友達の二の腕辺りを突っつき、満面の笑みで。
「ね、ね、こういうことでしょ。もう一つは、相羽君の嫌いな食べ物で、もの
すごーく、この世の物とは思えないほどまずい。でも、持って来たのは相羽君
が大好きな人なのよね?」
「そうよ。その通り」
 井口は気を悪くした素振りもなく、相羽に目を向けた。
「相羽君なら、どっちを食べる?」
「どっちも食べない」
 間髪入れぬ返事。二人の女子は、ぽかんとしてしまった。
 相羽は今度は微苦笑を浮かべ、すまなさそうにトーンを落として、応じた。
「ごめんごめん。逃げたつもりはないんだ。ただ、井口さんの状況設定には、
どちらかを必ず食べなければいけない、という条件が抜けていたからね」
「あ、そうか。そうだったわ」
 頭をかくポーズの井口。
 そこへ注文した品々が届けられ、一時中断。ウェイトレスが去ってから、話
は再開された。
「じゃ、改めて聞くけれど、どちらかを食べなきゃいけないとしたら?」
「当然、好きな人が持って来てくれた食べ物。どんなにまずい食べ物でも、食
べられると思う」
 相羽の答に、井口と富井は顔を見合わせ、にこにこした。
 そこへ付け足す相羽。
「それに、嫌いな人が好物を贈ってくるなんて、怪しいじゃないか。毒でも入
っていたら、たまらない。あはは」
「……なーるほど」
 相羽のジョークに、富井は大真面目に反応した。感心しきりで、大きくうな
ずいている。
 相羽は参ったなと思いつつ、アイスティに口を着けてみる。予想よりも濃く
て、悪くはない。水もいい物を使っているような気がする。ただ、香りの乏し
さはいかんともしがたかった。
「ねえ、相羽君。緑星の授業って、やっぱり難しい? 高度?」
 井口の質問に、笑みを浮かべて答える相羽。
「はは、高度かどうかは何とも言えないけれど、中学のときと比べて、時間を
取られるようになったかな」
「ううーん、私達も宿題でしんどい思いしてるけれど、きっとそれとは次元が
違うのよね」
 高度とか次元とか、引け目を感じているのだろうか……と、相羽は余計なこ
とまで考えた。
 が、次の瞬間には、それは少々穿ち過ぎで、見当外れだと分かった。
 井口の目配せを受けて、富井が切り出した。
「相羽くーん、お願いがあるんだけれど、聞いてくれる?」
「……あの。内容も聞かない内は、返事しない主義なんですが」
「それじゃあ、言うけれど、勉強教えてほしい……」
「え?」
「昔みたいに、集まって、勉強会みたいなことしたいなあって。ねえ、久仁ち
ゃんも同じ意見なんだよね、ね?」
「そうそう。だめかな、相羽君?」
「ちょっと待った。いきなり言われたなあ」
 アイスティを飲むことで戸惑いを隠し、間を取る相羽。
「えっと、どういう感じを考えてるのかな。昔みたいにということは、他のみ
んなも呼ぶ? 唐沢とかも」
「ううん、そういうんじゃないのー」
 富井は首を横に激しく振った。やけにオーバーな仕種に見える。
「相羽君と私と久仁ちゃんだけ。だって……唐沢君とか緑星の人は、みんな頭
いいんだから、そんなにたくさんセンセーがいても、意味ないよぉ」
 理屈は通っているようだが、相羽は内心、首を傾げた。
(あれ? みんなで集まるのがメインじゃないのか? 純子ちゃんや町田さん
は当然、人数に入っているものと思ったんだけど、違うみたいだ。そう言えば、
四月になってから、あまり行き来がないって、純子ちゃんから聞いてたっけ。
でも、それぐらいのことで、疎遠になるものかなあ)
 疑問を覚えるも、口に出すのはためらわれる。それは、駅で待ち構えていた
二人の様子が、どことなく切羽詰まったものに見えたせいもあった。
「僕じゃなきゃ、だめ?」
 相羽がそう口にするや、二人は表情を曇らせた。富井が、素早く声を上げる。
「えー、相羽君がいいんだけどぉ」
「ひょっとして……嫌?」
 井口が上目遣いに聞いてくるのへ、相羽は急いで両手を振った。
「そうじゃないよ。ただ、時間が取れるかなと思って。実は、土曜と日曜はピ
アノに時間を割いててさ。悪いんだけれど、土日は時間取れそうにないんだ」
「そんなことなら……。もちろん、相羽君の都合のいい日でいいわ。私達が合
わせるから。ねえ、郁江?」
「当然!」
 張り切った返事をする富井。そのままの勢いで、相羽に聞いてきた。
「何曜日なら時間が空いてるの?」
「そりゃあ、月曜から金曜まで、学校が終わったあとは、空いてると言えば空
いてる……ただ、夜九時ぐらいになっちゃうよ」
 嘘偽りのないところを述べる。さらに付け加えるとしたら、折を見てアルバ
イトを始めようとさえ考えているのだ。恐らく、自由に使える時間は減ること
はあっても、増えることはしばらくないだろう。
 この答には、富井も井口もさすがに沈黙した。途方に暮れている。どんな打
開策・代案があるのか、見当もつかない、といった顔である。
 相羽は見ている内に、気の毒になってきた。何しろ、目の前の二人と来たら、
今日最初に出会ったときを雲一つない快晴の笑顔とするなら、今や暴風雪の中
へ投げ出された濡れ鼠なのだから。
「夏休みはどう? 休みに入れば、僕も多少は時間ができると思う」
 相羽が皆まで言い切らぬ内に、井口は表情を明るく回復させ、富井に至って
は叫び声を短く上げた。
「いい! それで全然いいよぉ!」
 相羽は、「全然いい」という風な言葉の使い方を気にする質なのだが、この
ときばかりは聞き逃すことにした。
 結局のところ、女の子に悲しい顔をされるのが、苦手なのだ。
「予定が決まったら、電話でも何でもいいから、教えてね!」
 富井も井口も、満面の笑顔に戻っていた。

           *           *


――つづく





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