AWC 天空のワルキューレ(前編)I つきかげ


        
#5090/5495 長編
★タイトル (CWM     )  00/ 6/22  13:28  (144)
天空のワルキューレ(前編)I                        つきかげ
★内容
 ブラックソウルは祭壇を見据えていた。
「王子、エリウス王子。隠れん坊遊びはそろそろ終わりにしないか?」
 エリウスは立ち上がると、あっさりブラックソウルの前へ出る。
「おひさ、ブラックソウル」
 エリウスはにこにこと機嫌よく笑いながら、歩み出る。手にはしっかりとノウトゥ
ングが提げられていた。無造作のように見えるが、左手にはいつでも剣を抜き打てる
ように静かな緊張を漂わせている。
「なんか、後ろにいっぱいいるけど?」
 龍騎士へ視線を投げるエリウスに、獣の笑みを浮かべたブラックソウルが応える。
「気にするな。それより残りの二人も呼んでやれよ、王子」
 エリウスはむくれ顔になる。
「僕は王子じゃないよ」
「なぜ?」
「トラウスはあんたたちが滅ぼしただろ。だから僕も王子を辞めたの」
 ブラックソウルはげらげら笑う。
「残念だが、王子。おれが王子になれないのと同様に、おまえは王子を辞めれない。
おまえが王子を辞めるには、ヌース神を滅ぼす必要があると思うな。おまえが王子で
あるのはトラウスのせいというより、神々の約定のせいだからな。諦めることだ」
 エリウスはつまらなそうに、言った。
「不自由だね」
「そういうものさ」
 エリウスは後ろに声をかける。
「バクヤ、ヌバーク、出ておいでよ」
 無言のままバクヤが歩み出す。その表情は落ち着いて見えるが、瞳の奥には抜き身
の刃を思わせる殺気があった。そしてその後ろには、ヌバークが立っている。
「おお、バクヤ・コーネリウスか。わざわざこんなところまで、おれを殺しにきてく
れたのか。光栄だね。それとその黒い嬢ちゃんは誰だい?」
 ヌバークは、ブラックソウルを全く無視して一歩前へ出る。その瞳に写っているの
は、ヴェリンダの姿だけであった。
「ヴェリンダ様」
 ヌバークは跪く。
「ヴェリンダ様でしょう。私はアルケミアの司祭、ヌバークと申します。助け手を求
めてここまで来ました。ヴェリンダ様、我らの王、ヴァルラ様を救うため、ご助力い
ただけませんか」
「黒き肌の僕よ」
 フードに隠されたヴェリンダの黄金の瞳は、凍てついた夜空に輝く星々のように冷
たい光を宿し、ヌバークを見る。
「おまえたちのことは、可愛く思っている、僕よ。しかし、今はおまえの願いを聞く
つもりはない」
 ヌバークは強い光を瞳にこめ、叫ぶように言った。
「あなたの弟君であられるヴァルラ様が、デルファイに閉じこめられているというの
にですか」
 ヴェリンダは短い沈黙の後、応える。
「ガルンの仕業ということか」
「ええ」
「いずれにせよ」
 ヴェリンダは冷たい声で語りかける。
「私が手を貸すつもりは無い。私は今、黄金の林檎へと続く道の途中にいる。それが
どういうことか、おまえにも判るだろう黒き肌の僕」
 ヌバークは黙ってヴェリンダを見つめ続ける。ブラックソウルはせせら笑いながら、
ヌバークに語りかけた。
「おれたちは、黄金の林檎を得るためガルンに会いに行く。そういうことだよ、嬢ち
ゃん」
「貴様が」
 初めてヌバークはブラックソウルを見た。その琥珀色に輝く瞳には嫌悪と憎しみが
混在した、狂乱の炎が潜んでいる。
「貴様が白き肌の家畜の分際で、ヴェリンダ様の夫となった下郎か」
 あはははは、とブラックソウルが笑う。
「そうだよ、嬢ちゃん。君の崇拝するヴェリンダの夫さ。君はおれにも礼をとるべき
だったね。ま、固いことを言う気はないが」
 ヌバークの回りで、魔道の力が揺らめく。そのあまりの凶悪さは、龍の吐く息を思
わせ、バクヤは思わず息を詰めてヴェリンダを見た。しかし、ヴェリンダは冷笑を浮
かべたまま、静観するつもりらしい。
 魔導師というものは、自身が魔力を持っている訳では無い。例えばラフレールのよ
うに龍の力を取り込むものもいれば、マグナスのように魔神と契約を結ぶ希有な例も
ある。
 しかし、そうした強大な魔法的存在を支配するケースはあまりない。ほとんどの魔
導師たちが契約を結ぶのは、精霊と呼ばれる存在であった。精霊は龍や魔神のように
人間以上に知性を持った存在とは違い、原始的な魔法生命体である。
 精霊を構成するのは、砂粒程度の大きさの粒子の集合であった。その個々の粒子が
持つ微細な力が集積され、発現される時には強力なものとなる。
 精霊に内在する能力は、自身の持つ属性によって限定された。そして、どういう属
性を持つ精霊と契約をするかは、魔導師の資質によって決まる。契約を行うというの
は、魔導師が自分の生命力を精霊に与えその見返りとして自身の精神的エネルギーを
物理的エネルギーに変換することであった。
 その物理的エネルギーの発現形態は、精霊の属性によって決定される。ヌバークが
契約を結んだのは、風の精霊であった。風の精霊はヌバークの精神エネルギーを空気
の振動に変換し、発現する。
 微細な粒子である精霊は、空気に浮かび祭儀場を満たしていた。精霊たちはヌバー
クの魔術的力を感じとり、まわりの空気を振動させ始める。
 龍騎士たちは、魔法が発現されることに気がついたようだ。無言のまま、自分たち
の周囲に結界を張り精霊の力が及ばぬようにする。龍騎士たちもまた、ヴェリンダと
同様に事の成り行きを見守るつもりらしい。
 祭儀場の中を、人間の可聴域を超えた音が満たしてゆく。空気に無数の微細な刃が
混入していくように、殺意が膨らんでいった。ブラックソウルは獣の笑みを浮かべて
いる。
「やってみなよ、嬢ちゃん。おれを殺したいのだろう」
 音が無数の刃と化し、ブラックソウルへ襲いかかる。超振動を起こした空気の固ま
りが、ブラックソウルめがけて無数に殺到した。
「馬鹿な」
 ヌバークは呟く。その、鉄の剣すら砕いたであろう強力な魔法的波動は、ブラック
ソウルの身体に触れた瞬間喪失した。ブラックソウルは何事もなかったように、笑み
を浮かべている。
「残念だね、アルケミアの魔導師。おれには魔法というものが、通用しない。おまえ
の隣にいるエリウス王子と同様にね」
 ヌバークは、膝をついた。力を消耗しすぎたせいだ。それでも憎しみを込めた瞳で
ブラックソウルを見つめ続けている。
「おまえも、王家のものだというのか」
「さあね。そいつはおれには判らん。とにかくおれを魔法で倒すつもりなら、魔族の
魔導師並の力が必要だよ」
 ブラックソウルはバクヤを見る。
「バクヤ・コーネリウス、おまえはどうだ?今からおれと遊ぶのか」
 バクヤは、静かな瞳でブラックソウルを見つめたまま言った。
「見物人が多すぎるな。おれ好みの状況ではないけどな」
「ふうん、ま、おれとしても楽しみは後にとっておきたいところだな。王子はどうす
るよ?」
 エリウスは何が面白いのかにこにこしながら、応える。
「僕を殺すつもり?」
「まさか」
 ブラックソウルは笑いを返す。
「トラウスの王子をなぜ殺さないといけない?できれば、おまえとはうまくやってい
きたい。何しろ占領後の統治というのは、軍事的な侵略の数倍難しいからな」
「へーえ」
 エリウスは嫌みな笑みを見せる。
「オーラの兵は僕を殺そうとしたよ」
 ブラックソウルは肩を竦める。
「おまえを見つけたら、手を出すなとは伝えている。しかし、万を越す軍勢だ。手柄
を欲しがるやつがいるのはしかたない。抵抗したから殺したといえばなんとかなると
思ってるからな、現場の兵士は。だが、そんなことは大した問題じゃないだろう。お
まえを殺せる剣士なんて、中原にはいないぜ」
「投降してもいいよ。条件が二つ」
 無邪気に微笑むエリウスを、ブラックソウルは苦笑しながら見た。
「なんだ、いってみな」
「まず、僕のつれを殺さないこと」
「バクヤとその嬢ちゃんだな。いいぜ。ただ、バクヤの左腕と、ヌバークの魔力は封
印させてもらうぞ。もう一つは?」
「天空城へ行ってみたいんだけど?」
 ブラックソウルは無言でエリウスを見つめる。
「なぜ?」
「別に。面白そうだし」
 ブラックソウルは苦笑した。
「とりあえずノウトゥングをおれに渡せ。そうすれば、おまえも連れていく」
 エリウスは無造作にノウトゥングを差し出した。ブラックソウルはそれを受け取る
と、ヴェリンダに目で指示する。ヴェリンダは歩み出ると、バクヤの腕に触れた。漆
黒の左手に、金色の魔法文様が浮かび上がる。バクヤは自分の左腕が、動かなくなっ
たことに気付く。
 ヴェリンダはヌバークの頭にも手を触れる。力を消耗したヌバークは、されるがま
まだった。ヌバークの額にも金色の魔法文様が刻印される。
 それを見届け、部屋の外へ向かうブラックソウルに、龍騎士ミカエルが声をかけた。
「おまえにしては、えらく手こずったように見えたが。気のせいだとは思うが、おま
えあの王子が苦手なのか?」
 ノウトゥングを左手に提げたブラックソウルは、肩を竦めた。
「気のせいだよ、ミカエル殿。それより、王子たち客人の護衛をよろしく頼む」





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