#5088/5495 長編
★タイトル (CWM ) 00/ 6/22 13:27 (174)
天空のワルキューレ(前編)G つきかげ
★内容
そこは煌びやかな祭儀場であった。
金、銀、朱に彩られた衣装を身につけた踊り手たちは華麗に舞い踊り、楽師たちは
華やかに見事な細工の施された弦楽器をかき鳴らす。その音と舞踏が鮮やかに合わさ
って一つの流麗な世界を構成していく様は、ある種の奇跡を見ている思いがある。
そして官能的な曲線を多用した装飾を施されている部屋の主座には、五組の男女が
腰を下ろしていた。それぞれのペアに対して一人づつ神官でもあり売笑婦でもある女
たちが、ついている。
彼女らは、中原の貴族たちであってもそうはいないだろうという程の、美貌の持ち
主であった。彼女らは妖艶に微笑み、主座のものたちに酒をつぎ語りかける。
この天上世界であるかのような饗宴が催されている部屋で、五組のものたちは全く
の無表情を保っていた。いや、あからさまに不機嫌さを顔に出している者すらいる。
「どうしました、皆さん」
主座のものたちに対面し、祭壇の前に腰を降ろしていた男、ブラックソウルがおど
けた調子で口を開く。傍らには例によってフードつきマントで顔を隠したヴェリンダ
が控えている。
「折角、オーラから出ることのない龍騎士の皆さんの為に、宴を催したというのに、
もっと楽しんで下さいよ」
「楽しんでいるさ、おれなりにな」
金色の髪の男が言った。頑強そうな肉体を持ち、荘厳な佇まいを持つ男である。そ
の男の後ろには、影のように静かな女が立っていた。
「それはなによりですよ、ミカエル殿」
「しかしな、」
ブラックソウルの言葉を切るように、ミカエルと呼ばれた男が言う。
「どうせ趣向をこらすなら、もう少し工夫してもいいんじゃないか」
「どういうことです」
ブラックソウルの問いに、ミカエルが陰鬱に笑いながら答える。
「神に捧げる宴には、供儀がつきものだろう。神にささげる生け贄がいるんじゃない
か、ブラックソウル」
ミカエルの青い瞳が、刃の輝きを放った。
「例えばだ。おまえの隣にいる魔族の女。そいつの首を掻ききるというのはどうだ」
ブラックソウルの笑みが一瞬凍り付く。そして笑いの仮面の下から、狼の笑みが立
ち現れてきた。ブラックソウルは喉の奥で笑いながら、手を叩く。
宴が中断される。ブラックソウルの無言の指示により、踊り手、楽師、女たちが引
き上げていった。
ヴェリンダは無言のまま座っている。フードで隠された顔は見ることができない。
しかし、真冬の冷気を思わす瘴気がマントの下から漂ってくるのは間違いなかった。
「いい冗談だったよ、ミカエル殿。龍騎士と呼ばれる者としては上出来だ」
「いえいえ」
ミカエルの隣に座った、銀色の髪の女性が口を開く。
「冗談ではないでしょう、ブラックソウル。私もミカエル殿と同じように、その魔族
の女王が放つ瘴気を楽しませてもらってましたよ。いつ、彼女が魔力を放ってくれる
のかわくわくしながらね」
銀色の髪の女は、穏やかな笑みを浮かべて語っている。その美しさは、聖母のよう
な静けさを持っており、見る者の心を落ち着かせてゆく。しかし、今の彼女は挑発的
に瞳を輝かせていた。
「ガブリエル殿、余興はもう終わりです」
「あら、そうなの。じゃあ、余興じゃなくてもいいのよ」
ブラックソウルの言葉に、ガブリエルと呼ばれた銀髪の女性が答える。
「そうブラックソウル君を困らせるものではないよ、ガブリエル」
黒髪の男がいった。彼も端正な顔で、詩人のように深く内面を見つめているような
瞳を持っている。
「ラファエル、私は別に彼を困らせている訳ではないわ。ただたんに、彼の立場を知
りたいだけ」
ラファエルと呼ばれた、黒髪の男は問いかけるような視線をガブリエルに向ける。
「私たちは魔族と戦うために、龍の血を受けた。ブラックソウル殿が私たちの助力が
必要というのなら、相応の生け贄を差し出すべきと思わない?」
「くだらない」
吐き捨てるように琥珀色の髪をした男が立ち上がる。鋭く光る瞳を持ち、その肉体
は引き締まり頑強であった。戦士の顔と身体を持つ男である。
「ブラックソウル、一体この茶番はなんだ。何がしたい?、おまえは。ミカエル、ガ
ブリエル、どうしておまえたちは、ブラックソウルのしかけた挑発に乗ってやるんだ。
意味がない、ここで行われた全てに。ブラックソウル、余興が終わったのならおれは
引き上げるぞ」
「もう少し待ちましょうよ、ウリエル殿」
そう、灰色の髪をした少年が、琥珀色の髪のウリエルへ声をかける。
「もうそろそろ、本題にはいるのでしょう、ブラックソウル殿」
灰色の髪をした少年は、大きく美しい瞳でブラックソウルを見る。その顔立ちと身
体は、エルフを思わせる繊細さがあった。
「いや、どうかな。ラグエル殿」
ブラックソウルは獣の笑みを浮かべて灰色の髪のラグエルを見る。
「おれからの出し物は済んだよ。こんどはあんた方龍騎士の皆さんの好きなやり方で
楽しんじゃあどうだい?ガブリエル殿が言ったように余興じゃなくてもいいしな」
「まあ、座れよウリエル」
ミカエルが口を開いた。その言葉には有無を言わせぬ力がある。ウリエルは、無言
で腰を降ろした。
「確かに、ウリエルの言う通りだな。ブラックソウル、おまえの挑発に乗ってもしか
たない。いいかい、おまえが知っている通りおれたちはおまえが嫌いだ。おまえが宴
を催したのはおれたちに、そう言わせたかったのだろう」
ブラックソウルは無言のまま笑っている。
「おまえも、本来おれたちの協力など受けたくないだろう。おまえはオーラ軍を見事
な手腕でコントロールしているが、おれたちはおまえの戦略にのる気は全くないから
な。おれたちは知ってのとおり魔族と戦うために編成された戦士団だ。神話の巨人が
甦っておまえが苦労しているのは判るが、魔族と手を結んだおまえをおれたちは認め
る気はない。そこでだ」
ミカエルは強烈な意志の力により、強い光を放つ瞳を真っ直ぐブラックソウルへ向
けた。
「今回おれたちがかり出されたのは長老たちの思惑もあったのだろうが、最終的にお
まえの意志がなければおれたちがここにいることは無いはずだ。おまえは、人を嘲弄
し怒らせた上で、コントロールしていくのが得意なのだろう。いいだろう、おまえの
手にとりあえずは乗ってやった。しかしな、ここまでだよ、ブラックソウル。これか
ら先はおまえの心理作戦とは別の駒が必要だ。言えよ。ブラックソウル。おれたちが
おまえのために手を貸すと判断した駒が何かを」
ブラックソウルは無言で笑みを浮かべたままだ。奇妙な間があった。ミカエルがそ
の瞳に戸惑いの色を浮かべた時、唐突にヴェリンダが口を開く。
「おまえたちは、魔族と戦うための戦士と言った」
龍騎士たちはヴェリンダに視線を集める。
「その通りだ」
ミカエルの答えに、ヴェリンダは静かに笑いながら答える。
「おまえたちが、戦士と呼ぶに値するほどのものかどうかはともかくとして、魔族と
戦うという望みは叶えられるよ」
「どういうことだ」
ミカエルの問いに、ヴェリンダは託宣を下す巫女のようにゆっくりと答えた。
「狂王ガルン。彼の者が甦った。その魂はもうすぐサフィアスに訪れる」
ミカエルの表情が凍り付く。ミカエルは飢えた者が食物に手を延ばす時の顔付きで
ヴェリンダに再び問う。
「いつだ、そのもうすぐとは」
「今宵」
ヴェリンダは歌うように言った。
「星々が巡りガルンの魂をフライア神の神殿へ誘う。星たちの瞬きのもと、おまえた
ちもガルンの魂とあえるだろうよ」
五人の龍騎士たちと、その後ろに佇む五人の女たち。彼らは言葉を失い、魔族の女
王を見つめていた。
「もしもそれが本当であれば」
ミカエルは呟くように後ろに佇む女に声をかける。
「今日まで生きながらえたかいがあるというものだな、ロスヴァイゼ」
ロスヴァイゼと呼ばれた女は、静かに頷いた。
「仰るとおりです、マスター」
天空城に夜が訪れた。無数の星が息を潜め見つめる元で、大きな棺桶がゆっくりと
動き始める。頑丈な蓋が静かにずれてゆき、やがて夜の闇より尚暗い深淵のような中
身が露呈した。
棺桶の中で蠢く闇は、次第に凝縮していく。影が星の光の中で自らの姿を取り戻す
ように、闇は人の姿へと収縮していった。天を巡る星たちの光が照らすその下で、人
の形を得た影は、ゆっくりと身を起こす。
無数の水晶の欠片が散りばめられたような星々の光を受け、影は立ち上がった。そ
して闇は目を開く。暗黒の宇宙を太陽の炎が切り裂くように、黄金の瞳が闇で造られ
た顔に出現した。さらに、夜明けの光が炎となって墜ちてきたように、闇色の影に金
色の髪が伸びてゆく。
しんとした夜の世界の中で、その立ち上がった闇は急速に人としての姿を整えてい
った。その姿は端正な美貌を持った少年のものになってゆく。
「待ち侘びましたよ、ガルン」
マグナスがガルンの背後より声をかける。その後ろには黒衣のロキと真白く輝く鎧
に身を包んだフレヤがいた。銀色の髪をした少年の姿を持つ老いた魔導師マグナスは、
ガルンの前に立つ。その二人はよく似ていた。ただ似ているのは姿形だけではあるが。
ガルンは、少年の顔に狂った獣の禍々しい笑みを見せる。
「なんの用だ。マグナス。今、おれにはおまえたちの相手をしている時間はないぞ」
マグナスはガルンとは対照的に、老人の笑みを浮かべて答える。
「時間がないですって。とんでもない。今こそ時はきたのですよ。ウロボロスの輪の
彼方にいるラフレールがあなたをアイオーン界の奥底から引き上げたのは、フレヤと
あなたを会わせるためでしょう。あなたが再び地上へ降りてきたのは、フレヤの道案
内をするためではなかったのですか」
ガルンは、けたたましく笑う。凶暴な光がガルンの黄金の瞳に宿る。
「ラフレールの思惑なぞ知ったことじゃねぇ。だいたいマグナス。おまえの思惑はな
んだ。かつての弟子であるラフレールに荷担したいのか?神々の約定を破棄するほど
おまえは狂っているのか?」
マグナスは、深いところで淀む水のように穏やかな笑みを崩さなかった。
「いいえ、私は傍観しているだけです。神々と同じように。それよりもガルン。あな
たが自分に与えられた役割を果たさぬのであれば、あなたに用は無いということにな
ります。もう一度アイオーン界の奥に戻りますか」
ガルンは舌打ちをした。
「戻るさ、いずれ。ただ、今じゃねぇ。客が揃っちゃいねぇだろう」
「フレヤ殿がいれば十分」
「いいや」
ガルンは、ふてくされたように笑う。
「魔族の女王も招くつもりだ」
マグナスは喉の奥で笑う。
「まだ未練があるのですか、かつての思い人に」
「うるせえ」
血に飢えた獣ののように凶暴な気をガルンは放つ。
「とにかくおれが地上へ戻った以上、混乱と殺戮の饗宴が必要だ。まずは魔族を掌握
する。そして再び魔族の軍勢が地上に死体の山を築くのさ」
「好きにすればいい」
氷河を渡る凍り付いた風を思わせる声で、フレヤが言った。
「私をラフレールと再び会わせた後でならばな」
「ふん」
ガルンはせせら笑いながら、フレヤを見る。
「そう待たせはしねぇよ。これからちょいと降りてくる。おまえの相手はその後だ、
最後の巨人」
「では、これからヴェリンダを招きにいくのか」
ロキの問いにガルンは冷笑で答えた。
突然、ガルンの瞳は光を失い、その身体は形を失い黒い水と化して地面に落ちる。
流動する影に戻ったガルンの身体は、不定形のまま棺桶へと戻ってゆく。ガルンの身
体であった影が棺桶の中に身を横たえた後、ゆっくりとその蓋が閉ざされていった。