AWC そばにいるだけで 48−2   寺嶋公香


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#5074/5495 長編
★タイトル (AZA     )  00/ 5/31   9:20  (198)
そばにいるだけで 48−2   寺嶋公香
★内容                                         16/06/13 23:47 修正 第3版
「あ、待って」
 きびすを返しかけた相羽を、純子は立ち上がって呼び止めた。
 流れがちょっと不自然になったかしらと悔やんだ純子だが、始めてしまった
ら、やめられない。結城を手で示しながら、紹介する。
「彼女、結城真琴さん。ここに入って、最初に友達になれた人よ」
「――ども。初めまして、結城さん。相羽って言います」
 軽く敬礼の格好をして、微笑んだ相羽。
 弁当箱を仕舞っていた結城は、どぎまぎした風に両手の指を絡め合わせてい
る。朱が差した顔色を気にするかのように、何度か肌を拭ってから、張りのあ
る声で答えた。
「これはご丁寧に、どうも」
 端で見ていて、純子は内心、こけそうになった。
(な、何て堅苦しい返事。マコらしくない感じがするよ)
 結城は机の縁に三つ指を突いて、深々とお辞儀をした。
「結城真琴です。よろしく〜」
 真面目なんだか、おどけているんだか、よく分からない。要するに、緊張で
固くなっているのだ。
「――結城さんて、園芸部か何かに入ってる?」
 相羽が唐突に言った。その視線が結城の手を捉えているのを見て取り、純子
は密かに笑い声をこぼす。
(ふふ、私と同じこと考えてる!)
 結城の方は、いきなりの質問にしばし惚けたように絶句したが、じきに立ち
直った。今度はリラックスした表情で、「この手は違うったら」と陽気に返し
た。
「純子のいた中学校って、みんな同じ連想をするのかしらね」
「そんなことあるはずないでしょ」
 ようやく普段の姿を見せた結城に、純子は安堵し、笑顔で答えた。

 純子は、相羽に対する自分の気持ちを結城へ言い出せないまま、下校時間を
迎えた。
(はぁー、だめだなぁ。一週間ぐらい置いてから、なんて思ったけれど、そん
なことしたらますます言い出しにくくなる気もする)
 先を歩く相羽と結城の後ろ姿をぼんやり眺めながら、ため息を何度もつく。
 相羽と知り合えた上に、話までできた結城は楽しそうだった。まだ緊張を若
干残しているものの、会話が弾んでいるのは結城も慣れてきた証拠だろう。
 相羽はと言うと、時折、純子の方をちらちらと肩越しに見やりながらも、結
城の話し相手になっている。主に相手の質問に答える形のようだ。
「すっずはっらさん、どったの?」
 殊更におどけた口ぶりで、唐沢が言った。隣を向くと、彼は首を傾げて、大
きく見開いた目で純子を捉えている。
「さっきからため息ばっかり。悩みごとでも?」
「――宿題、多いなあって。憂鬱だわ」
 とっさに答えたが、本日出された宿題の量は、これまでに比べると少ないと
言えた。今さら言い直しもきかないので、黙っておく。
「そうそう、多いよなあ。どうにかならんかね、あれは」
 話を合わせてきたのか、唐沢は手振りを交えながら、うんざりといった表情
をなす。
「俺なんか、授業について行くだけで精一杯だってのに、追い打ちをかけられ
たら、沈没しちまうよ」
「私にできるところなら、教えてあげる。今朝みたいに、遠慮せずに聞いて」
「おお、ありがたいお言葉。しっかし、ずっと頼りっ放しっていうのもなあ。
対策立てないと」
 眉間の辺りもみほぐし、唐沢は渋面を作った。
「何か名案、ないもんですかねえ?」
 純子に聞いた唐沢へ、相羽から突っ込みが入る。
「それって、結局頼ってるんじゃないか」
「まあ、きっかけぐらいは助けてもらっても、罰は当たるまい」
 妙に自慢げに胸を張った唐沢。笑いを誘う。
「私も段々きついな、勉強」
 結城が自然な感じで、話の流れに乗る。彼女は相羽を目で追い掛けながら、
ストレートに聞いた。
「相羽君は頭いいの?」
「……答えにくい質問だなあ」
 相羽が頭に手をやったのを見て、唐沢がすかさず言った。
「相羽クンは賢いぜ〜。体育や音楽とかも含めた全科目、すんばらしい。俺、
中学のとき、相羽センセーと呼んでたくらい」
「それ、やめろって」
 相羽の言葉を無視して、唐沢はその後も続けた。
(……『分からないことがあったら、相羽君に教えてもらえば?』)
 純子は、喉まで顔を覗かせていた台詞を、ぐっと飲み込んだ。首を横に振っ
て、反省する。
(こんなこと言うのは、無責任すぎる。せめて、相羽君への私の気持ちを、マ
コにも知ってもらってからにしなければ……もう手遅れの恋だけれども)
 駅に着くと、いつものように結城は陸橋をダッシュして渡っていく。今日も
間がよいのやら悪いのやら、じきに電車が入ってくる。
「じゃあねえ! 相羽君もこれからよろしくー」
「ばいばーい!」
 姿が見えなくなると全身から緊張が解けていく。そんな自分が、少し嫌いに
なる。早く好きになれるよう、努力しないと。
 電車を待つ間、相羽が聞いてきた。
「純子ちゃんは、結城さんとどういう風にして親しくなったの?」
「え?」
 不意をつかれた純子は、真っ直ぐ相羽を見返した。
「話をしてて感じたんだ。純子ちゃんと結城さんて、趣味とか嗜好とか、そん
なに重なってないみたいだったから、ちょっと気になってさ。よかったら、教
えてくれる?」
「うん、かまわない。マコから――結城さんから話し掛けてきたのよ」
 あらましを話す純子。相羽だけでなく、唐沢も興味ありげに聞いていた。
 やがて、純子達の乗る電車が定刻通り、やって来た。割に混んでいたが、こ
の駅で降りる人が多かったので、楽に乗り込めた。座席が一つだけ空いており、
周辺で立っている人はいない。
「純子ちゃん、座りなよ」
「そうそう、遠慮なしに」
 相羽と唐沢、双方から勧められたが、純子は固辞した。理由を問われたので、
少しはにかみながら教える。
「次の駅で、おばあさんが乗ってくるの。全然知らない人なんだけれど、八十
ぐらいかな」
「その人のため?」
 聞き返した唐沢はどことなく嬉しそうだ。
「ま、まあね。一駅だけ座って、譲るのって、何だか格好つけてるみたいでわ
ざとらしいし」
「さすが、おしとやかというか、慎ましいというか」
 唐沢は感心しきりであるが、相羽は案外冷めている。純子が視線を向けると、
短いためらいのあと、口を開く。
「それは格好つけてるんじゃないよ。格好いいことをしてるんだ。いいことを
やるんだからさ、周りの目を気にする必要なんてないと思う」
 純子は考えるため、しばらく黙り込んだ。唐沢がやや心配げに、覗き込む。
それから唐突に相羽に向き直った。
「相羽ー、おまえの言うことも正論かもしれんけどな、実際にやるとなったら、
やっぱり恥ずかしいもんだろうぜ」
「それは確かに、人それぞれだけどね」
 小声とはいえ口論を始めそうな二人の間に割って入り、純子は笑顔を見せた。
「じゃ、座ろうかな」
「――それがいいよ」
 相羽が微笑む。嬉しそうに。
 唐沢が窓の外を眺めながら、ぼそりと付け足した。
「でも、もう着いてしまうぞ」

           *           *

(やっと話せる状態に戻れたのはいいけれど)
 相羽は英文を書く手を止めて、物思いに耽った。
 まだ母は帰って来ていない。洗濯や風呂といった、自分のできる手伝いは皆
こなして、机に向かったのだが、いまいち身が入らない。
(純子ちゃんからどうやって聞き出そう)
 頭を痛めているのは、写真週刊誌のことである。
 掲載されたあの写真は、本当にデートの場面なのか。
(いや。別にデートでもかまわないけどさ。前にも、香村と二人で出かけたこ
とがあったんだし)
 重要なのは、あれがキスシーンなのかどうか。
 そして、純子が香村を好きなのか、という点に尽きる。
(多分、違う)
 懊悩して苦しんではいるが、相羽には何故か自信があった。
(純子ちゃん、髪を切りたがってたと、母さんが言ってたじゃないか)
 根拠に乏しいが、それでも自信がある。だから、相羽が心配しているのは、
実はそんなところにない。
(あの写真が出たのを逆に利用して、香村の奴、また何か考えてるんじゃない
だろうか)
 これこそ、相羽を悩ませる本命。かつて、香村の強引で大胆なやり方を目の
当たりにしているだけに、今回も不安は消えない。
(香村から映画出演の話を持ちかけられたらしいけれど、受けるのか? あの
写真を盾に何だかんだと理屈をこねて、純子ちゃんが断れないようにしていく
つもりなんじゃないか)
 この辺りになると、もはや相羽の完全なる空想だ。力ある根拠はない。
 ただ、恐竜展での琥珀の件を、未だにごまかそうとしているらしい香村を信
用する気になれない。それだけだ。
(去年、あれだけ言ってやったんだから、何らかの行動を起こすと思ったのに
な。うまくはぐらかしているのかな)
 はぐらかすだけならまだしも、口先三寸で純子を丸め込んで、琥珀を渡した
のはやはり香村だと印象付けてはいないだろうか――不安が拡大を始めた。
 相羽は頭を振った。立ち上がって、大きく伸びをする。
(直接には言いたくない。純子ちゃんが自分で気付いてほしい。香村は違うん
だ、と)
 思い出すのは、そのあとでいいから。

           *           *

 隣の席の女子から話し掛けられ、純子はお弁当の包みを解く手を止め、振り
向いた。
 その声を敢えて極端な形で文字にすれば、「涼原さん〜……ありがとう〜」
という風になるだろうか。とにかく、ゆったりと間延びしていて、つかみどこ
ろのない声音をしているのだ。
「な、何、淡島(あわしま)さん?」
「さっき、教科書、見せてくれた」
 淡島は相変わらずの調子で言った。この台詞も「さっき〜、教科書ぉ〜、見
せてぇくれた〜」となるのだが、鬱陶しくて非常に読みづらいと思われるので
普通に書く。
「あ、そのことなら」
 用件が分かって、何とはなしに、ほっとする純子。
「困ったときはお互い様よ。私が忘れたときは、頼りにするからね」
「それは、もちろん、そうする。でも、さっきのこと、ちゃんとお礼、言って
おきたかったから……ありがとう」
「ど、どういたしまして」
「それでは、私は購買に行かなければならないので、失礼します」
 立ち上がって、軽く会釈をすると、淡島は精巧な機械人形のように静かにタ
ーンをして、廊下へ通じる戸口に向かう。
(そう言えば、淡島さん、どこでお昼を食べてるんだろ? 教室で食べてるの
を見たことない)
 純子は、すでに前の席を陣取っていた結城に目を向けた。
 やり取りを見守っていた結城は、純子の表情から察したらしく、何も聞かな
い内に大きくうなずいた。
「淡島さんを追い掛けるのなら、すぐの方がいいと思うよ。ああ見えて、意外
と足速いから」
「え?」
「一緒に食べたいんでしょ? 私も付き合う」
「うん。よく分かるわね、マコ」
「見てれば分かる。さあ」
 結城に促され、純子はお弁当を持って席を離れた。
 廊下に出ても、淡島の姿はすでに見えなくなっていたが、食堂の購買に行く
のは分かっている。小走りで、食堂を目指した。
 昼休みの食堂は当然、大混雑を来しており、購買コーナーの前もおしくらま
んじゅうに近いものがある。
 でも、そのおかげで、淡島の姿を見つけるのは造作もなかった。
 純子と結城が静観していると、人混みから少し距離を置いて立っていた淡島
は、何かのタイミングを捉えたみたいに、急に動き、他の生徒の間にその細身
を滑り込ませる風にして、混雑をすり抜けていく。

――つづく





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