AWC お題>サイコロ(下) つきかげ


        
#5051/5495 長編
★タイトル (CWM     )  00/ 3/30  22: 9  (145)
お題>サイコロ(下)                                つきかげ
★内容
 Kは洗脳のスペシャリストであった。彼が実際に洗脳したのは三人の人間だ。その
者たちは、ユートピア塾という学習塾を造る。その学習塾に通っていた二十人の人間
が洗脳され、テロル活動を行った。
 ユートピア塾の塾生たちが標的にしたのは光ファイバーによって構築されるデジタ
ル通信網であった。もっと具体的にいえば、その通信網を収容する交換機及び交換機
をコントロールするコンピュータシステムをサイバーテロルの標的にしたのだ。
 そのサイバーテロルは成功し日本の基幹的な通信ネットワークは一週間の間麻痺し
た。
交換機をコントロールするコンピュータシステムにウィルスが仕掛けられた。そのウ
ィルスは交換機本体のシステムにも感染してゆく。全国で十ヶ所の電話局に塾生たち
は進入し、ウィルスを仕掛けた。それらの電話局の機能は麻痺した。ウィルスの駆除
には百人以上の技術者があたったが、破壊されたデータの復旧に一週間を要すことに
なる。
 銀行のオンラインシステムは停止し、株式取引も停止し、物流、在庫管理システム
も端末とホストの間のネットワークが麻痺することによって停止した。つまり日本の
経済活動は一週間の間停止したのだ。
 そのテロルによって受けた経済的損失は百兆円を超えた。それは直接的な被害であ
り、日本の国際的信用の失墜は日本の経済力を1960年代まで引き戻したともいわ
れる。
 それだけの事件を引き起こした塾生たちは、皆自殺した。その塾生たちの中に僕の
恋人もいたのだ。
 Kを僕が逮捕できたのは、偶然の積み重なりに過ぎない。Kは決して表だってテロ
ルに関与していなかったためだ。彼の洗脳した始めの三人がなぜか彼を裏切り、K自
身がその三人を殺すことがなければ、逮捕はできなかった。
 完璧なシナリオを書いたはずのKが逮捕されたのは、むしろ彼がそれを望んだため
と思われる。
 僕はダイスカップをテーブルに置いた。ゆっくりとそれを持ち上げる。サイコロの
示す目は1であった。壁にはめ込まれた液晶ディスプレイにドローの表示がでる。
 立会人は、Kにサイコロを振るよう指示した。Kはダイスカップを振りながら、再
び話し始める。
「偶然の本質というのを知っているかい?ま、量子力学から超能力の説明をするとい
う試みなんだがね。つまり、世界というのは観測されることによって始めて実在する
というのだが、ある意味世界は確率的に決定されるが、そこには人の意志が関与して
しまうということだ。極論すれば世界は蓋然的に決定されるのではなく、人の意志に
従う形で確率がコントロールされる。
 超能力の実験の中ではサイコロの目を自由にあやつれる人間が存在することを、証
明している。つまり意志の力にょって、確率を超えて望む世界の形態を選択できると
いうことだ。例えば」
 Kはサイコロを振った。出た目は、1である。
「こういうふうにね」
 Kは邪悪な笑みを浮かべた。
 僕は再びサイコロをダイスカップに入れて振り始める。Kは僕に語りかけた。
「おれの出すサイコロの目はユング心理学ふうにいえば、おそらくおれの属する世界
の人間たちの共通無意識が望んだ結果が現れると思っている。とても楽しいと思わな
いか?」
 僕は奇妙な確信を感じて、ダイスカップを置いてサイコロを顕わにする。出た目は、
1であった。これは、僕の中の確信を裏付けるものである。
 そして、Kもまた満足げな笑みを見せた。
「刑事さん、あんたもまた、あんたの属する世界の共通無意識に従ってサイコロの目
を出しているといってもいい」
 Kはダイスカップを振り始める。
「おれたちのやっていることは、二つの世界が行う互いの存続を賭けた争いの体現と
いってもいいだろう」
 僕は思わずKに訊いた。
「それは、秩序を維持するものと秩序を破壊するものの争いということか?」
 Kはげらげら笑いながら、サイコロを振る。出た目は、1であった。
 僕は再びサイコロをダイスカップに入れて振り始める。Kは喉の奥に笑いを残して
僕に話かけた。
「違うね。おれが代表しているのは神話的世界。そして刑事さん、あんたが代表して
いるのは近代だよ。決まってるじゃないか」
 僕はサイコロを振る。出た目は、1であった。
「これは偶然という神の声を聞こうとする試みだよ。刑事さん、あんたも判っている
と思うがおれはあんたに逮捕されるように仕組んだ。おれは、この状況を望んだんだ
よ」
 Kはサイコロを振った。出た目は、1である。
 僕はKに問いただす。
「つまり、全てはこの決闘を実現するために仕組んだというのか?あのサイバーテロ
ルや塾生の自殺を含めて」
 Kは頷く。
「これこそ神の降臨する瞬間だよ。おれたちの出しているサイコロの目は、通常の確
率からすると、すでにありえない状況になっている」
 僕はサイコロを振る。出た目は、1であった。
「おれたちは二つの世界の存亡を担っているからこそ、この状況がある」
 Kはサイコロを振った。出た目は、2だ。
 Kは不思議な笑みを見せる。
「どうやら決着の着くときがきたようだな。そうだろう」
 僕は、ダイスカップを振った。手が微かにふるえる。Kの言うとおりだ。僕の勝利
は確実なはずである。しかし、なぜか僕の中の不安も高まった。
「さあ、終わらせるがいい。刑事さん」
 僕はKの言葉に促されるようにダイスカップを置く。その瞬間、信じられないよう
なことが起こった。サイコロがカップからこぼれ、テーブルの上から転がり落ちたの
だ。
 僕は目の前が暗くなる。僕は顔を覆い、テーブルに俯せた。
 Kのヒステリックな笑い声が響いている。
 突然、僕の肩が叩かれ立会人が言った。
「さあ、あなたの勝ちです。立ち上がってください」
「そんな馬鹿な」
 そう呟くと、僕は顔をあげる。テーブルの上にはサイコロがあった。出ている目は
3だ。
「そんな馬鹿な」
 僕はもう一度呟く。Kは笑いながら言った。
「みろよ、この茶番。結局おれの試みは、こんな間抜けな幕引きになったわけだ」
「しかし」
 僕が何か言おうとするのを、黒いスーツの男が止める。
「これは始めから決まっていたことです。あなたがどんな目をだそうと、始めからあ
なたが勝つことになっていた。我々はKを生かせておくことに危険を感じている。彼
は洗脳のスペシャリストだ。我々は彼が裁判中に裁判官を洗脳する可能性すら考慮し
たのだ。
彼がたとえ刑務所の中にいても、彼を誰にも会わせないなどということは現行の法律
では不可能だ。我々は可能な限り合法的なやりかたでKを殺す方法を検討した。その
結果、君が現れたのだ」
 僕はテレビカメラを指さす。
「ジャッジは無作為に抽出された民間人のはずだ。彼らにも協力させたというのか?」
「ジャッジ?彼らはコンピュータで合成された画像を見ていたよ。始めからね。ここ
で行われたのはKのいう通り茶番劇に過ぎない」
 Kは立ち上がり、振り向いた。
「さあ、おれを殺すんだろう。さっさと終わらせたらどうだ?」
 警備員の一人がスタンロッドを抜く。それを振り上げると、叩きつけた。
 彼の隣に立つ警備員に向かって。
 さらに、二人の警備員がスタンロッドを抜く間もなく打ち倒される。僕の後ろで二
人の警備員がスタンロッドを抜いた。
「貴様!」
 後ずさり、逃げようとする黒いスーツの男もスタンロッドの電撃を受け失神した。
Kは満足げな笑みを浮かべ、警備員から拳銃を受け取る。スミス&ウェッソンのミリ
タリー&ポリスとよばれるリボルバーだ。これほどKに相応しくない名前の拳銃は無
い。
 Kは薄笑いを浮かべて引き金を引く。僕の後ろで二人の警備員が倒れた。
「全く、人殺しまでして刑務所に入った結果がこれだ。ああ、この人はおれの監獄の
看守をしていた人でね。何度か話す機会があったんだが、おれの思想に賛同してくれ
ておれの協力者になってくれたんだ」
「ここから逃げられると思っているのか」
「もちろん」
 Kは楽しげな笑みを浮かべ、裏切りものの警備員を伴って決闘場から出ていった。
 一人残った僕は、立ち上がる。
 足下にはあのサイコロがあった。
 出ている目を確認する。2だった。僕はそれを拾い上げる。

 僕は、結局精神病院に入ることになった。彼らは、できる限り合法的にことを進め
たいらしい。僕を殺すより精神病院に入れて社会的に抹殺するほうがコストもリスク
も少ないという結論が出たようだ。
 僕自身は正気を保っているつもりだが、僕の担当の医者が僕の症状を色々説明して
いるのを聞いているうちに、だんだん自信が無くなってきている。
 Kは時々僕に会いに来た。彼は自分の潜伏場所として、この病院を選んだようだ。
僕はKと色々な話をする。彼のいう三種類の人間が共存していた時代、神話の時代に
ついてなどの話だ。病院の中には図書館があり、色々な本を読む。Kの話に出てきた
カール・ポランニーなどの経済人類学者の本を読んでみたりした。
 Kと話しているうちに、不思議と穏やかな気持ちになることがある。自分でも、う
まくその時の気持ちを説明できない。彼は僕の恋人を殺し、日本を混乱に陥れた凶悪
なテロリストだけれど、あの地下での決闘以来なにか深いところで彼と繋がったよう
な気がする。
 僕は、あの時のサイコロをまだ持っていた。
 時々僕とKは、そのサイコロであの時の続きをする。
 負けた者が死ぬという暗黙の了解の元で。
 しかし、決着はまだつかない。





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