AWC そばにいるだけで 45−5   寺嶋公香


        
#5032/5495 長編
★タイトル (AZA     )  00/ 2/29   2: 0  (197)
そばにいるだけで 45−5   寺嶋公香
★内容
 白沼はと言うと、相羽の片手を取って、何度か上下に振り、そして言った。
「おめでとう、相羽君っ」
「どうも。あっ、改めて――二人とも、おめでとう」
 さっきは落ち着いて言えなかったお祝いを、純子と白沼に伝える相羽。
「ありがとう!」
 二人ハーモニーみたいにそう応えてから、白沼一人が問い掛けを付け足した。
「ところで、さっき言っていたおみくじって何?」
 相羽、唐沢、そして純子の三人は顔を見合わせた。目で短く相談して、相羽
本人がことの次第を説明する。
 すると、白沼は笑い飛ばした。
「ばかばかしい。相羽君の成績で、そんなの気にする方がおかしいわ」
「いや、試験日に病気になるなんて可能性も」
 唐沢が口を挟む。白沼は「結果が出た今さら、がたがた言う必要もないでし
ょ」と簡単に切って捨てた。
「それより相羽君、もう一つ聞きたいことがあるんだけれど」
「何?」
「緑星に行く可能性は、あるのかしら。合格直後に尋ねるのもおかしいと思う
けれど、とっても気になるのよね」
「それは……」
 相羽は白沼からも純子からも視線を逸らし、斜め上を見つめる風にして考え
込む。長い沈黙が続いた。
(私の前で、行かないって言ったのに。それも二回も)
 純子は不満だった。よほど口に出して詰問しようかと考えたが、白沼の存在
を気にして思い止まる。
(どうしてはっきり言わないのよ? あのときの相羽君を信じたんだよ。うう
ん、信じたとかどうとかじゃない。あのときの相羽君は、絶対に嘘を言ってな
かった)
 自信がある。理屈なんかない。人を信じるとは本来、そういうことなのかも
しれない。
(もしかして、あれから何かあったの?)
 そうとでも思わなければ、人間不信に陥ってしまう。
「やっぱり、母さん達と相談しないと」
 答えた相羽は曖昧に笑っていた。明らかにごまかしていると分かるのだが、
無理矢理これ以上聞き出そうとしても無駄であることも分かっている。純子は
黙って、気持ちの矛を収めた。
(もう聞けない。相羽君が決めるのを、待つしかない)
 さっきまで喜びで膨らんでいたのが、しぼんでしまった。けれど不思議とだ
まされた気はしない。相羽を信じる。
 そんな思いの純子とは対照的に、白沼はストレートに感情を表現した。
「折角同じ高校に受かったんだから、一緒に行きましょうよ」
「今は、何とも、ね」
 相羽の反応は曖昧なままだった。
 唐沢が焦れたように、割って入った。
「そういう話は後回しにしてだな、これから合格祝いにどこか行かないか?」
「悪い。さっき言った通り、相談しないといけない。早く帰らなきゃ」
 即座に辞退する相羽。
「おいおい、そんなに急ぐ必要があるのかよ?」
「ある。牟田先生にもきちんと報告しなきゃいけないしな」
「そりゃそうだろうけど……」
 語尾を濁し、あきらめたように腕組みをした唐沢。
 白沼も不満そうに眉を寄せていたが、次にはもう笑っていた。人差し指を立
てて、相羽に提案する。
「だったら、私の車で送ってあげる。少しでも早い方がいいでしょ? 乗って
いって」
「……お願いしようかな」
 相羽は迷った風に視線をさまよわせてから、そう言った。
 唐沢は組んでいた手を頭の後ろに持って行き、天を仰ぎ見た。
「あーあ、しょうがない。涼原さんだけでも、暇つぶしに付き合ってよ」
「え……ごめんなさい。悪いんだけど、私、芙美達と待ち合わせしてるんだ。
だから、これから学校に」
「何と」
 一瞬、落胆の色も露に顔をしかめた唐沢だったが、すぐに立ち直る。
「そうか。芙美達も今日発表だったっけか。気にならなくもないから、俺も学
校に行こうかな。――ああ、ちょっと!」
 唐沢はつぶやきの途中で、白沼を呼んだ。
 そろそろ相羽と二人で歩き出そうかというところを呼び止められ、白沼は寝
起きみたいに不機嫌な顔で振り返った。
「何よ」
「俺達も乗せてもらえるとありがたいんですが」
 にこやかに表情を崩し、手もみのポーズをする唐沢。
 対照的に、白沼の表情は凍り付く。だが、ほんの短い間だった。相羽をちら
りと見やって、再び唐沢と純子の方を向いたときには、「いいわよ」と微笑ん
でいた。
「ありがてえっ。感謝感激雨あられ」
「大げさね。学校までなら、途中でしょ。これぐらいお安いご用よ」
「じゃ、気が変わらない内に出発を」
 校門目指して、相羽の背を押す唐沢。当然、白沼も歩き出した。
 純子は白沼を追い掛けて、お礼を言った。
「白沼さん、ありがとう。でも、本当にいいの?」
「……そんな風に言われたら、気を変えちゃうかもしれなくてよ」
 白沼は得意げに肩をそびやかした。

 中学校の校門前で下ろされた純子は、白沼らの乗る車の影が小さく、見えな
くなるまで見送った。
 気になる。
 相羽と白沼とが二人きり――運転しているのは白沼の母親だけれど――にな
ることについても、多少は気になるが、それ以上に、相羽がどんな進路選択を
しようというのか、気になってしまう。
「何してんの。早く入ろうぜ」
 唐沢の手が、肩をぽんと叩いた。振り返って、「うん」と元気を出してうな
ずいた。
「……唐沢君はさあ、どう思う?」
「どうって、何がさ」
 敷地内に入ると同時に、首を傾げる唐沢。
「相羽君がどっちの学校を選ぶかってこと」
「難しいな。所詮、他人事だしなあ。ただ、俺が相羽の立場だったら、つまり、
たとえばの話、テニス留学か緑星高校か、選べと言われたら、悩みはしても、
最終的には緑星を取るよ」
「ほんと?」
 唐沢が気遣って言ってくれてるような印象を受けたので、純子は確認を入れ
た。唐沢は当たり前のように、首を大きく縦に振った。
「ああ。本心から言ってる」
「どうして緑星を選ぶの? 教えてほしいな」
「相羽がどう考えてるかなんて、分かんねえぜ」
「そうじゃなくて、唐沢君が緑星を選ぶって言った理由よ」
「それは……」
 右手人差し指を髪の毛に突っ込み、ぽり、とひとかきした唐沢。純子の顔を
それとなく、しばし見つめる。
「うん?」
 勘付いた純子が、小首を傾げて見つめ返す。
 唐沢は急ぎ口調で答を示した。
「――知ってる連中がいるから、だな。やっぱり」
「ふうん」
 ややうつむき加減になり、相羽君もそう考えてくれたらいいな、と思った。
 そこへ、渡り廊下でたむろしていた町田達から声が掛かる。
「おや? 思ってたより早いわね! それに唐沢のばかまで一緒とは!」
「だーれが、ばかだ。言ってくれたな! 合格したぜ!」
 すかさず言い返すと、唐沢は、漫画のポパイかスーパーマンみたいな胸の張
り方をした。
「――まじ?」
 あとは絶句したかのように、町田は口元を片手で押さえた。
「こんな大事なことで冗談言うほど、おちゃらけてないぞ、俺」
「ふむ。そりゃそうだわ」
「どうだ、見直したか」
「……まあね。見直したわ。よくやったじゃないの」
 固い感じで笑って、町田はあとから追い付いた純子に視線を移した。そして
唐沢を指差しながら聞く。
「これが通るくらいだから、純子は当然、大丈夫ね」
「うん――みんなは?」
 純子が聞き返すと、町田、富井、井口の三人は一斉に、「無事、合格よ!」
と楽しげに応じた。
「きゃあ、やったね、みんな!」
 純子は短い距離を駆け出すと、三人に抱き付いた。
 町田達は最初、純子の反応を意外に感じたらしくて、目を丸くしたり、口を
ぽかんと開けたり、あるいは固く結んだ唇の奥でつばを飲み込んだりするだけ
で、声を出せないでいた。
「みんな、おめでとう! これで揃って高校生になれる!」
 続けざまの純子の話に、やっと三者三様の返事があった。
「あ、ありがと」
「純子もね、おめでとう」
「私達のことはいいからぁ、それよりも……相羽君はどうだったのぉ?」
 最後に尋ねた富井は、真っ直ぐ純子を見返してきた。
「みんなって言ったでしょ」
 純子は微笑し、肩をすくめた。
「当然、相羽君も含まれているんだから」
「やったぁ。さっすが、相羽君!」
 この場にいない相羽を、尊敬の眼差しで見つめる風の富井であった。大きな
目をくりくりさせて、口元がほころんでいる。
 井口もそこまではしないが、「凄いわねえ」とつぶやき、手を叩いて喜びを
表す。そして間を置かず、純子に質問を発した。
「それで、緑星に行くって言ってた? J音楽院の方は?」
「あのね、それが」
 状況をそのまま伝える。すると、富井と井口の二人だけでなく、町田までも
が肩を落とした。
「今日で分かると思ってたのに〜」
 富井は両手に拳を作って、地団駄を踏み出しかねない口ぶりだ。その台詞に
町田が待ったをかける。
「いや、私は、それはないと思ってたな」
「えー、どうして?」
「考えてもみなさいよ。緑星に受かった途端にどっち行くか決めるなんて、お
かしいでしょうが。もしも即決できたなら、それは緑星を選ぶって最初から決
めてたことになる」
「……そうか」
 井口と顔を見合わせ、ついでに両手もそれぞれ合わせて、合点の行った様子
でうなずく富井。
「でも、分かんないことには変わりないんだわぁ。緑星に行ってほしいなあ」
「そうよね。純子もそう思うでしょ?」
「え」
 井口に同意を求められた純子は、即答できずに胸元に手を当てた。心中を見
透かされたような気がして、背筋が伸びる。
 しかし井口は何ごともなかった口調で続ける。
「会い易さでは、断然、緑星高校だもんね」
「う、うん。そうなのよね。久仁香や郁江に頼まれた見張り役を果たすには、
J音楽院は遠すぎるわ」
 答えて、笑った。正直に言えないのが苦しい。
 井口が思い出した風に、人差し指を立てた。
「あ、そう言えば、白沼さんも受けたんだっけ。どうだったのか知ってる?」
「もちろん、合格してた」
「ふうん、そりゃそうよねえ」
「ああ、やっぱりぃ……」
 納得した井口に対して、富井はあからさまに残念がった。無論、白沼の合格
を残念がるのではなく、白沼が相羽と同じ高校に行く可能性を驚異に感じてい
るだけだが。
「何とか頑張ってね、純ちゃん」
「はあ……」
「俺も協力しようか」
 しばらく黙って聞いていた唐沢が、意地悪そうに笑みを浮かべながら言った。
面白がっているのがあからさまに窺える。
 それでも富井は、ストレートに頼んだ。
「ほんと? じゃ、唐沢君にもお願い。相羽君が誰ともカップルにならないよ
うに」
「はははっ。誰ともってのは、相羽が気の毒だ。ま、白沼さん一人ぐらいなら、
どうにかなるかな」
 その言葉が本気なのかどうか見極めようと、純子は唐沢の横顔をじーっと観
察した。全然分からなかった。

――つづく




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